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第二章 悪魔退治
50:疑惑(2) sideジェフリー
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「もしかして、夢遊病のことか?」
「ええ、そうですよ。もしかして読んでいないのですか?一応注意喚起の手紙は送ったのに」
「手紙?」
「念のため、シーズンに入る前には知らせておこうと思って手紙を送ったのですが」
「悪い、見ていないかもしれない。首都への移動準備でバタバタしていたから」
「もう!本当に、お兄様ってそういうところありますよね!全くもう!ミュリエルに送ると気にしそうだからと思って、気を利かせてわざわざお兄様に送ったのに」
「まあまあ、シルヴィア嬢。怒らないでください。突拍子もない噂なんてすぐに消えるものだし、夫人本人の姿を見れば噂なんて嘘だってわかるでしょう。ね、殿下?」
「そうだな、アルベルト。しばらくはやりづらいかもしれないが、そこは私たちでカバーして……、ってどうした?ジェフリー。顔が青いぞ?」
殿下は心配そうに俺の顔を見つめた。人の心配をするなんて、随分と丸くなったものだ。
「……夢遊病のことは誰にも話していない。父上すら知らない。知っているのはごく一部の使用人と母上だけだ。徘徊するミュリエルの姿を見てしまった使用人には緘口令を敷いている」
母上には首都に立つ前にようやく話した。彼女は首都で治療法を探そうとは言っていたが、まだどこにも相談すらしていないはずだ。
オーレンドルフの使用人たちも信頼できる者ばかりだし、何より彼らの教育係はあの有能すぎる執事、セバスチャンだ。
皆、採用されてから今日に至るまで、毎日のように使用人としての心得を指導されているわけで。彼の下で働いている人間なら、他人に内部事情をペラペラ話したら舌を切られて追放されることくらい理解しているはず。
俺がそう話すと、殿下たちは困惑した表情を浮かべた。
「あのミュリエルが夢遊病?」
「おい、それは事実なのか?」
「……はい。本人に自覚はないようなので、彼女も含めて他言無用でお願いします」
「ええ、もちろんですわ。お兄様」
「私ももちろん、他言するつもりなどないが……」
「なあ、ジェフリー。それならおかしくないか?何故その情報が出回る?」
「それは……」
「いるだろう、内通者が」
「……ああ、おそらく」
俺は俯き、目を閉じた。そして使用人の顔を次々と頭に思い浮かべた。
だが、信頼していただけに該当しそうな人物が思い当たらない。
「お兄様、どこの家のスパイか、検討はついているのですか?」
「おそらくはブラッドレイ侯爵家の者だと思う……」
俺はミュリエルの出生の秘密についてはぼかしつつ、3日前に起きたことを三人に話した。
そしてふと、気がつく。
何故、夫人はミュリエルが幸せだということを知っていた?
ミュリエルは社交界では未だ、不幸な子ども扱いだ。母上のミュリエルに対する態度も基本はツンケンしているから、彼女が母上に溺愛されているとは誰も思わないだろう。
加えてミュリエルはほとんど城から出ていない。故にミュリエルの城での生活を知る者は少ない。
なのにどうして夫人はヘレナを脅す時、『どうやら最近のミュリエルは幸せらしい』と言うことができたのか。
ヘレナのように領民に聞き込みをした可能性もあるが……、多分違う。
「かなり前から公爵家に入り込んでいた可能性があるな」
アルベルトは深刻そうに呟いた。
俺は今まで気付けなかった自分に苛立ち、舌を鳴らした。
「なあ、シルヴィア。ミュリエルは君に何か話していなかったか?」
「いえ、何も……」
「そうか。最近の君たちは頻繁に手紙のやり取りをしているから、もしかしたらと思っていたんだが」
あのミュリエルが困りごとを人に話すわけがないか。俺は小さくため息を漏らした。
シルヴィアはそんな俺を怪訝な目で見つめる。
「……あの、お兄様。何故あたしがミュリエルと手紙のやり取りをしていると思うのですか?」
「え?だってよく手紙を送ってくるじゃないか。綺麗な薔薇の封筒に入れて」
「薔薇?黄色いミモザじゃなくて?」
「え?ミモザ?」
「ミュリエルはミモザが好きだから、あの子に手紙を送る時はいつも黄色いミモザの花が描かれた封筒を使うのです」
「……え?」
「それにそもそも、あたしはミュリエルと手紙のやり取りなんてしていません。領地も遠くないから手紙でやり取りするより会って話す方が早いですし、急な用事とか、何か贈り物をする時くらいしか手紙なんて書きませんよ?」
「そう、なのか?でも……」
ミュリエルは過去に薔薇の封筒はシルヴィアからの手紙だと言っていた。その時は本当に仲が良いなとしか思わなかったのだが、アレは嘘だった?
俺はシルヴィアの目をジッと見つめた。彼女の瞳からは困惑しか窺えない。間違っても、嘘を言っているようには見えない。
「ジェフリー。夫人が手紙のやり取りをするようになったのはいつの頃だ?」
「去年の夏頃だ」
「夫人の夢遊病はいつから?」
「俺が初めて見かけたのは去年の、秋頃。ちょうど秋の長雨に見舞われたくらいの時期……」
「その手紙、確認したほうが良くないか?夫人の夢遊病と関係してるんじゃ……」
そうだとするなら、手紙の差出人は誰だ?
何のためにミュリエルに手紙を送った?
どんな内容が書かれていた?
ミュリエルは何故、その手紙を何度も受け取った?
そもそも、何故その手紙は何度もセバスチャンの検閲を突破できた?
内通者が何か画策したのか?
ダメだ。情報過多で頭がパンクしそうだ。
俺はノートをシルヴィアに返し、立ち上がった。
「帰る。確認せねばならないことが山ほどあるようだから」
「そうだな、その方がいい」
「お邪魔しました、殿下。シルヴィアもわざわざありがとう」
「待って、お兄様。あたしも行くわ」
「……君は王子妃教育があるんじゃないのか?」
「親友の一大事よ?教育なんて受けている場合じゃないわ。そうでしょ?殿下」
「うむ。そうだな。授業は調整させよう。アルベルト!」
「はっ!すぐに馬車の手配をいたします!」
アルベルトは急いで部屋を飛び出した。
「シルヴィア……、ありがとう」
「お兄様のためじゃないわ、ミュリエルのためよ」
「わかってる。でもありがとう。心強いよ」
俺はとても頼りになる従姉妹を持ったようだ。
礼を言われたのが恥ずかしいのか、シルヴィアは先に行けと手で俺を追い払った。
俺はすぐに部屋を飛び出した。
「ええ、そうですよ。もしかして読んでいないのですか?一応注意喚起の手紙は送ったのに」
「手紙?」
「念のため、シーズンに入る前には知らせておこうと思って手紙を送ったのですが」
「悪い、見ていないかもしれない。首都への移動準備でバタバタしていたから」
「もう!本当に、お兄様ってそういうところありますよね!全くもう!ミュリエルに送ると気にしそうだからと思って、気を利かせてわざわざお兄様に送ったのに」
「まあまあ、シルヴィア嬢。怒らないでください。突拍子もない噂なんてすぐに消えるものだし、夫人本人の姿を見れば噂なんて嘘だってわかるでしょう。ね、殿下?」
「そうだな、アルベルト。しばらくはやりづらいかもしれないが、そこは私たちでカバーして……、ってどうした?ジェフリー。顔が青いぞ?」
殿下は心配そうに俺の顔を見つめた。人の心配をするなんて、随分と丸くなったものだ。
「……夢遊病のことは誰にも話していない。父上すら知らない。知っているのはごく一部の使用人と母上だけだ。徘徊するミュリエルの姿を見てしまった使用人には緘口令を敷いている」
母上には首都に立つ前にようやく話した。彼女は首都で治療法を探そうとは言っていたが、まだどこにも相談すらしていないはずだ。
オーレンドルフの使用人たちも信頼できる者ばかりだし、何より彼らの教育係はあの有能すぎる執事、セバスチャンだ。
皆、採用されてから今日に至るまで、毎日のように使用人としての心得を指導されているわけで。彼の下で働いている人間なら、他人に内部事情をペラペラ話したら舌を切られて追放されることくらい理解しているはず。
俺がそう話すと、殿下たちは困惑した表情を浮かべた。
「あのミュリエルが夢遊病?」
「おい、それは事実なのか?」
「……はい。本人に自覚はないようなので、彼女も含めて他言無用でお願いします」
「ええ、もちろんですわ。お兄様」
「私ももちろん、他言するつもりなどないが……」
「なあ、ジェフリー。それならおかしくないか?何故その情報が出回る?」
「それは……」
「いるだろう、内通者が」
「……ああ、おそらく」
俺は俯き、目を閉じた。そして使用人の顔を次々と頭に思い浮かべた。
だが、信頼していただけに該当しそうな人物が思い当たらない。
「お兄様、どこの家のスパイか、検討はついているのですか?」
「おそらくはブラッドレイ侯爵家の者だと思う……」
俺はミュリエルの出生の秘密についてはぼかしつつ、3日前に起きたことを三人に話した。
そしてふと、気がつく。
何故、夫人はミュリエルが幸せだということを知っていた?
ミュリエルは社交界では未だ、不幸な子ども扱いだ。母上のミュリエルに対する態度も基本はツンケンしているから、彼女が母上に溺愛されているとは誰も思わないだろう。
加えてミュリエルはほとんど城から出ていない。故にミュリエルの城での生活を知る者は少ない。
なのにどうして夫人はヘレナを脅す時、『どうやら最近のミュリエルは幸せらしい』と言うことができたのか。
ヘレナのように領民に聞き込みをした可能性もあるが……、多分違う。
「かなり前から公爵家に入り込んでいた可能性があるな」
アルベルトは深刻そうに呟いた。
俺は今まで気付けなかった自分に苛立ち、舌を鳴らした。
「なあ、シルヴィア。ミュリエルは君に何か話していなかったか?」
「いえ、何も……」
「そうか。最近の君たちは頻繁に手紙のやり取りをしているから、もしかしたらと思っていたんだが」
あのミュリエルが困りごとを人に話すわけがないか。俺は小さくため息を漏らした。
シルヴィアはそんな俺を怪訝な目で見つめる。
「……あの、お兄様。何故あたしがミュリエルと手紙のやり取りをしていると思うのですか?」
「え?だってよく手紙を送ってくるじゃないか。綺麗な薔薇の封筒に入れて」
「薔薇?黄色いミモザじゃなくて?」
「え?ミモザ?」
「ミュリエルはミモザが好きだから、あの子に手紙を送る時はいつも黄色いミモザの花が描かれた封筒を使うのです」
「……え?」
「それにそもそも、あたしはミュリエルと手紙のやり取りなんてしていません。領地も遠くないから手紙でやり取りするより会って話す方が早いですし、急な用事とか、何か贈り物をする時くらいしか手紙なんて書きませんよ?」
「そう、なのか?でも……」
ミュリエルは過去に薔薇の封筒はシルヴィアからの手紙だと言っていた。その時は本当に仲が良いなとしか思わなかったのだが、アレは嘘だった?
俺はシルヴィアの目をジッと見つめた。彼女の瞳からは困惑しか窺えない。間違っても、嘘を言っているようには見えない。
「ジェフリー。夫人が手紙のやり取りをするようになったのはいつの頃だ?」
「去年の夏頃だ」
「夫人の夢遊病はいつから?」
「俺が初めて見かけたのは去年の、秋頃。ちょうど秋の長雨に見舞われたくらいの時期……」
「その手紙、確認したほうが良くないか?夫人の夢遊病と関係してるんじゃ……」
そうだとするなら、手紙の差出人は誰だ?
何のためにミュリエルに手紙を送った?
どんな内容が書かれていた?
ミュリエルは何故、その手紙を何度も受け取った?
そもそも、何故その手紙は何度もセバスチャンの検閲を突破できた?
内通者が何か画策したのか?
ダメだ。情報過多で頭がパンクしそうだ。
俺はノートをシルヴィアに返し、立ち上がった。
「帰る。確認せねばならないことが山ほどあるようだから」
「そうだな、その方がいい」
「お邪魔しました、殿下。シルヴィアもわざわざありがとう」
「待って、お兄様。あたしも行くわ」
「……君は王子妃教育があるんじゃないのか?」
「親友の一大事よ?教育なんて受けている場合じゃないわ。そうでしょ?殿下」
「うむ。そうだな。授業は調整させよう。アルベルト!」
「はっ!すぐに馬車の手配をいたします!」
アルベルトは急いで部屋を飛び出した。
「シルヴィア……、ありがとう」
「お兄様のためじゃないわ、ミュリエルのためよ」
「わかってる。でもありがとう。心強いよ」
俺はとても頼りになる従姉妹を持ったようだ。
礼を言われたのが恥ずかしいのか、シルヴィアは先に行けと手で俺を追い払った。
俺はすぐに部屋を飛び出した。
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