【完結】お姉様の婚約者

七瀬菜々

文字の大きさ
上 下
51 / 70
第二章 悪魔退治

49:疑惑(1) sideジェフリー

しおりを挟む

 首都に来て3日が過ぎた頃。俺は未だ目を覚まさないミュリエルを母上に任せて王宮へと向かった。シルヴィアに会うためだ。
 第二王子の婚約者となった彼女は今、王子妃としての教育がスタートしており、そう簡単に会うことができないらしい。
 故に俺は部屋に通されてから2時間、待ちぼうけを食らっている。
 だが、それ自体は別に構わない。想定の範囲内だ。
 想定外なのは……。

「何だよ、そんな目で見るな。不敬だぞ」

 この出涸らし王子が目の前に座っていることだ。
 オズウェル殿下は俺が「すみません」と謝ると、フンッとそっぽを向いた。子どもかよ。

「あの、殿下は何故ここに?」

 俺は彼の背後に立つアルベルトに視線を送りつつ尋ねた。
 アルベルトは呆れたように肩をすくめる。

「何故って、浮気を阻止するためだ」
「浮気?」
「婚約者が他の男と二人で会うなんて浮気だろう」
「いや、従姉妹ですが」
「従姉妹だろうが何だろうが、浮気は浮気だ!」

 心狭いな、こいつ。俺はどうしたものかとため息をこぼした。

「許してやってくれ、ジェフリー。最近のシルヴィア嬢は王子妃教育のせいで殿下のお誘いを断りがちなんだ。それなのにお前のためには時間を割くから妬いてるんだよ」
「なっ!?違っ!!」
「話の内容は他言しないよう、俺とシルヴィア嬢でしっかりと見張っておくから。まあ、そもそも殿下はシルヴィア嬢に嫌われるようなことはしないけどな」
「何言ってんだよ!黙れ、アルベルト!」

 顔を真っ赤にする殿下。まさかのまさかだ。

「うまくいっているようで何よりです……?」
「うるさい!」
「そこまで煩くしたつもりはありませんが……。殿下はシルヴィアを好いておられるのですか?」
「あー!!うるさいうるさいうるさーい!!」
「うるさいのは貴方ですっ!!」

 勢いよく扉が開く。見るとシルヴィアが腰に手を当て仁王立ちでこちらを睨んでいた。
 後ろの王宮侍女ははしたないと諌めるが、シルヴィアはそれを素直に聞くような女性ではなく。彼女はドカドカと大きな足音を立てて殿下の前まで来た。
 侍女は慌てて扉を閉める。こんな姿を人に見られるわけにはいかないのだろう。

「殿下、うるさいです!外まで声が聞こえていましたよ!」

 シルヴィアはソファに座る殿下をじっと見下ろし、威嚇する。
 すると殿下は素直にごめんなさいと謝り、小さくなった。
 え?どういうこと?

「何故貴方がここにいらっしゃるのですか、殿下」
「だって!……さ、最近、会ってくれないから」
「昨日も一昨日も、一緒にお茶しましたよね?」
「30分だけではないか!私はデートがしたいのだ!」
「できるわけないでしょう!?この過密スケジュールの中、一日30分、二日で1時間も貴方に付き合ってあげたのですから、それで満足してくださいよ!あたしは忙しいのです!」
「うう。悪かったよ。そんなに怒るなよぉ」

   シュンとする殿下と、その殿下に苛立つ従姉妹。これは一体……。
 俺が困惑していると、アルベルトはこっそりと近づいてきて耳打ちしてくれた。

 曰く、何度目かのデートの時、殿下はシルヴィアに『君は猫を被っているだろう?』と指摘したらしい。シルヴィアは出涸らし王子に自分のことを見抜かれ、ひどく驚いたそうだ。
 バカだと思ってたのに、と困惑する失礼極まりないシルヴィアに対し、殿下は『夫婦になるのだから、お互いに素を見せた方が今後が楽だろう』と提案した。
 殿下の提案を間に受けたシルヴィアは婚約破棄も覚悟の上で何重にも被っていた猫を剥がしたのだが、何故か結果はこの通り。殿下がシルヴィアに惚れ込んでしまったのだ。

 いや、何故に?

「殿下って昔から気の強い女が好きだろ?」
「……ああ、なるほど」

 俺はふと、ヘレナの顔を思い浮かべた。そういえば、殿下は彼女の勝気なところが好きだと言っていたっけ。
 
「まあ、仲が良さそうで良かったよ」

 実は結構心配していたのだが、可愛い従姉妹の結婚が思っていたより上手くいきそうで良かった。俺はほっと胸を撫で下ろした。 
 しかし、俺の安堵とは裏腹にシルヴィアは鬼の形相で俺を睨みつけた。
 
「ご機嫌よう!蛆虫!」
「蛆虫はやめろ。口が悪いぞ、王子妃」
「まだ王子妃じゃないので。なんならどうにかしてこの婚約をなかったことに出来ないかとすら考えているので」

 口の悪さが原因で婚約破棄されるなら本望だ、とシルヴィアは言い切った。
 チラリと殿下の方を見ると、彼女の発言にショックを受けたように涙目になっていた。誰だこいつ。こんな殿下を俺は知らない。

「それで?何の用です?」

 シルヴィアは殿下の横に座り、足を組んで偉そうにふんぞり返った。そしてお茶の用意を終えた侍女たちに目配せをして退出を促す。
 殿下の方を見て「まあいいか。使えるし」と呟いたのは……、うん、見なかったことにしよう。

「何のって、手紙に書いただろう」
「ミュリエルに関する噂を調べてほしい、でしたっけ?」
「そうだよ。わかってるんじゃないか」
「はあああああ!ったくもう!だから忠告したのに!」
「忠告?」
「もう!ほんとにもうもうもう!お兄様なんてもうよもう!」
「もうもう言うなよ。牛かよ」
「うるさいです。ミュリエルと同じこと言わないで」
 
 シルヴィアはチッと舌を鳴らすと太々しく、俺の方に一冊の小さなノートを投げた。
 ノートにびっしりと書かれていたのは貴族のゴシップ。どの家とどの家が対立関係にあるとか、この夫人は最近こんなことにハマっているだとか、そんな社交場で噂されている嘘が本当かわからない話が雑にメモされている。
 俺はノートをペラペラとめくりながら苦笑した。

「はは。さすがだな」

 シルヴィアには夜会で壁の花に徹し、社交界のありとあらゆる情報をかき集めるという悪癖がある。
 常々、その悪趣味な行動はやめろと言ってきたが、まさかここにきて役に立つとは思わなかった。

「調べたら、ミュリエルの噂は3ヶ月ほど前からありました。ただどの噂も信ぴょう性に欠けるもので、誰も相手にはしてなかったようです。下手に信じて公爵家の不興を買いたくはなかったのでしょう。でもそれが、ここ1週間くらいの間に一気に広まった。……クラウディア様がその噂は本当だと認めたから」

 シルヴィアはギリっと奥歯を噛み締めた。

「ミュリエルが姉を陥れてお兄様と結婚したって噂の方は当時の状況を知ってる人も多いし、有り得ない話だってみんな信じてないけど、狂疾の方は微妙。ただの噂とは違ってクラウディア様の話は妙にリアリティがあるから、信じてる人は少なくない」

 母上や王族が所属するコミュニティではその話題は一切出ないが、それ以外のところでは度々話題になっているそうだ。
 元々ミュリエルは、可哀想な結婚を強いられた少女として有名だった。加えて、基本的に母上のコミュニティの中でしか社交をしていないため、本人を知らない貴婦人たちからすれば狂疾を患っていると言われたら納得してしまうらしい。
 だが……。

「狂疾……?」

 俺は怪訝に眉を顰めた。
しおりを挟む
感想 24

あなたにおすすめの小説

愛しき夫は、男装の姫君と恋仲らしい。

星空 金平糖
恋愛
シエラは、政略結婚で夫婦となった公爵──グレイのことを深く愛していた。 グレイは優しく、とても親しみやすい人柄でその甘いルックスから、結婚してからも数多の女性達と浮名を流していた。 それでもシエラは、グレイが囁いてくれる「私が愛しているのは、あなただけだよ」その言葉を信じ、彼と夫婦であれることに幸福を感じていた。 しかし。ある日。 シエラは、グレイが美貌の少年と親密な様子で、王宮の庭を散策している場面を目撃してしまう。当初はどこかの令息に王宮案内をしているだけだと考えていたシエラだったが、実はその少年が王女─ディアナであると判明する。 聞くところによるとディアナとグレイは昔から想い会っていた。 ディアナはグレイが結婚してからも、健気に男装までしてグレイに会いに来ては逢瀬を重ねているという。 ──……私は、ただの邪魔者だったの? 衝撃を受けるシエラは「これ以上、グレイとはいられない」と絶望する……。

白い結婚がいたたまれないので離縁を申し出たのですが……。

蓮実 アラタ
恋愛
その日、ティアラは夫に告げた。 「旦那様、私と離縁してくださいませんか?」 王命により政略結婚をしたティアラとオルドフ。 形だけの夫婦となった二人は互いに交わることはなかった。 お飾りの妻でいることに疲れてしまったティアラは、この関係を終わらせることを決意し、夫に離縁を申し出た。 しかしオルドフは、それを絶対に了承しないと言い出して……。 純情拗らせ夫と比較的クール妻のすれ違い純愛物語……のはず。 ※小説家になろう様にも掲載しています。

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

彼女にも愛する人がいた

まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。 「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」 そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。 餓死だと? この王宮で?  彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。 俺の背中を嫌な汗が流れた。 では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…? そんな馬鹿な…。信じられなかった。 だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。 「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。 彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。 俺はその報告に愕然とした。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

【完結】さようなら、婚約者様。私を騙していたあなたの顔など二度と見たくありません

ゆうき@初書籍化作品発売中
恋愛
婚約者とその家族に虐げられる日々を送っていたアイリーンは、赤ん坊の頃に森に捨てられていたところを、貧乏なのに拾って育ててくれた家族のために、つらい毎日を耐える日々を送っていた。 そんなアイリーンには、密かな夢があった。それは、世界的に有名な魔法学園に入学して勉強をし、宮廷魔術師になり、両親を楽させてあげたいというものだった。 婚約を結ぶ際に、両親を支援する約束をしていたアイリーンだったが、夢自体は諦めきれずに過ごしていたある日、別の女性と恋に落ちていた婚約者は、アイリーンなど体のいい使用人程度にしか思っておらず、支援も行っていないことを知る。 どういうことか問い詰めると、お前とは婚約破棄をすると言われてしまったアイリーンは、ついに我慢の限界に達し、婚約者に別れを告げてから婚約者の家を飛び出した。 実家に帰ってきたアイリーンは、唯一の知人で特別な男性であるエルヴィンから、とあることを提案される。 それは、特待生として魔法学園の編入試験を受けてみないかというものだった。 これは一人の少女が、夢を掴むために奮闘し、時には婚約者達の妨害に立ち向かいながら、幸せを手に入れる物語。 ☆すでに最終話まで執筆、予約投稿済みの作品となっております☆

もう、愛はいりませんから

さくたろう
恋愛
 ローザリア王国公爵令嬢ルクレティア・フォルセティに、ある日突然、未来の記憶が蘇った。  王子リーヴァイの愛する人を殺害しようとした罪により投獄され、兄に差し出された毒を煽り死んだ記憶だ。それが未来の出来事だと確信したルクレティアは、そんな未来に怯えるが、その記憶のおかしさに気がつき、謎を探ることにする。そうしてやがて、ある人のひたむきな愛を知ることになる。

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

処理中です...