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第二章 悪魔退治
49:疑惑(1) sideジェフリー
しおりを挟む首都に来て3日が過ぎた頃。俺は未だ目を覚まさないミュリエルを母上に任せて王宮へと向かった。シルヴィアに会うためだ。
第二王子の婚約者となった彼女は今、王子妃としての教育がスタートしており、そう簡単に会うことができないらしい。
故に俺は部屋に通されてから2時間、待ちぼうけを食らっている。
だが、それ自体は別に構わない。想定の範囲内だ。
想定外なのは……。
「何だよ、そんな目で見るな。不敬だぞ」
この出涸らし王子が目の前に座っていることだ。
オズウェル殿下は俺が「すみません」と謝ると、フンッとそっぽを向いた。子どもかよ。
「あの、殿下は何故ここに?」
俺は彼の背後に立つアルベルトに視線を送りつつ尋ねた。
アルベルトは呆れたように肩をすくめる。
「何故って、浮気を阻止するためだ」
「浮気?」
「婚約者が他の男と二人で会うなんて浮気だろう」
「いや、従姉妹ですが」
「従姉妹だろうが何だろうが、浮気は浮気だ!」
心狭いな、こいつ。俺はどうしたものかとため息をこぼした。
「許してやってくれ、ジェフリー。最近のシルヴィア嬢は王子妃教育のせいで殿下のお誘いを断りがちなんだ。それなのにお前のためには時間を割くから妬いてるんだよ」
「なっ!?違っ!!」
「話の内容は他言しないよう、俺とシルヴィア嬢でしっかりと見張っておくから。まあ、そもそも殿下はシルヴィア嬢に嫌われるようなことはしないけどな」
「何言ってんだよ!黙れ、アルベルト!」
顔を真っ赤にする殿下。まさかのまさかだ。
「うまくいっているようで何よりです……?」
「うるさい!」
「そこまで煩くしたつもりはありませんが……。殿下はシルヴィアを好いておられるのですか?」
「あー!!うるさいうるさいうるさーい!!」
「うるさいのは貴方ですっ!!」
勢いよく扉が開く。見るとシルヴィアが腰に手を当て仁王立ちでこちらを睨んでいた。
後ろの王宮侍女ははしたないと諌めるが、シルヴィアはそれを素直に聞くような女性ではなく。彼女はドカドカと大きな足音を立てて殿下の前まで来た。
侍女は慌てて扉を閉める。こんな姿を人に見られるわけにはいかないのだろう。
「殿下、うるさいです!外まで声が聞こえていましたよ!」
シルヴィアはソファに座る殿下をじっと見下ろし、威嚇する。
すると殿下は素直にごめんなさいと謝り、小さくなった。
え?どういうこと?
「何故貴方がここにいらっしゃるのですか、殿下」
「だって!……さ、最近、会ってくれないから」
「昨日も一昨日も、一緒にお茶しましたよね?」
「30分だけではないか!私はデートがしたいのだ!」
「できるわけないでしょう!?この過密スケジュールの中、一日30分、二日で1時間も貴方に付き合ってあげたのですから、それで満足してくださいよ!あたしは忙しいのです!」
「うう。悪かったよ。そんなに怒るなよぉ」
シュンとする殿下と、その殿下に苛立つ従姉妹。これは一体……。
俺が困惑していると、アルベルトはこっそりと近づいてきて耳打ちしてくれた。
曰く、何度目かのデートの時、殿下はシルヴィアに『君は猫を被っているだろう?』と指摘したらしい。シルヴィアは出涸らし王子に自分のことを見抜かれ、ひどく驚いたそうだ。
バカだと思ってたのに、と困惑する失礼極まりないシルヴィアに対し、殿下は『夫婦になるのだから、お互いに素を見せた方が今後が楽だろう』と提案した。
殿下の提案を間に受けたシルヴィアは婚約破棄も覚悟の上で何重にも被っていた猫を剥がしたのだが、何故か結果はこの通り。殿下がシルヴィアに惚れ込んでしまったのだ。
いや、何故に?
「殿下って昔から気の強い女が好きだろ?」
「……ああ、なるほど」
俺はふと、ヘレナの顔を思い浮かべた。そういえば、殿下は彼女の勝気なところが好きだと言っていたっけ。
「まあ、仲が良さそうで良かったよ」
実は結構心配していたのだが、可愛い従姉妹の結婚が思っていたより上手くいきそうで良かった。俺はほっと胸を撫で下ろした。
しかし、俺の安堵とは裏腹にシルヴィアは鬼の形相で俺を睨みつけた。
「ご機嫌よう!蛆虫!」
「蛆虫はやめろ。口が悪いぞ、王子妃」
「まだ王子妃じゃないので。なんならどうにかしてこの婚約をなかったことに出来ないかとすら考えているので」
口の悪さが原因で婚約破棄されるなら本望だ、とシルヴィアは言い切った。
チラリと殿下の方を見ると、彼女の発言にショックを受けたように涙目になっていた。誰だこいつ。こんな殿下を俺は知らない。
「それで?何の用です?」
シルヴィアは殿下の横に座り、足を組んで偉そうにふんぞり返った。そしてお茶の用意を終えた侍女たちに目配せをして退出を促す。
殿下の方を見て「まあいいか。使えるし」と呟いたのは……、うん、見なかったことにしよう。
「何のって、手紙に書いただろう」
「ミュリエルに関する噂を調べてほしい、でしたっけ?」
「そうだよ。わかってるんじゃないか」
「はあああああ!ったくもう!だから忠告したのに!」
「忠告?」
「もう!ほんとにもうもうもう!お兄様なんてもうよもう!」
「もうもう言うなよ。牛かよ」
「うるさいです。ミュリエルと同じこと言わないで」
シルヴィアはチッと舌を鳴らすと太々しく、俺の方に一冊の小さなノートを投げた。
ノートにびっしりと書かれていたのは貴族のゴシップ。どの家とどの家が対立関係にあるとか、この夫人は最近こんなことにハマっているだとか、そんな社交場で噂されている嘘が本当かわからない話が雑にメモされている。
俺はノートをペラペラとめくりながら苦笑した。
「はは。さすがだな」
シルヴィアには夜会で壁の花に徹し、社交界のありとあらゆる情報をかき集めるという悪癖がある。
常々、その悪趣味な行動はやめろと言ってきたが、まさかここにきて役に立つとは思わなかった。
「調べたら、ミュリエルの噂は3ヶ月ほど前からありました。ただどの噂も信ぴょう性に欠けるもので、誰も相手にはしてなかったようです。下手に信じて公爵家の不興を買いたくはなかったのでしょう。でもそれが、ここ1週間くらいの間に一気に広まった。……クラウディア様がその噂は本当だと認めたから」
シルヴィアはギリっと奥歯を噛み締めた。
「ミュリエルが姉を陥れてお兄様と結婚したって噂の方は当時の状況を知ってる人も多いし、有り得ない話だってみんな信じてないけど、狂疾の方は微妙。ただの噂とは違ってクラウディア様の話は妙にリアリティがあるから、信じてる人は少なくない」
母上や王族が所属するコミュニティではその話題は一切出ないが、それ以外のところでは度々話題になっているそうだ。
元々ミュリエルは、可哀想な結婚を強いられた少女として有名だった。加えて、基本的に母上のコミュニティの中でしか社交をしていないため、本人を知らない貴婦人たちからすれば狂疾を患っていると言われたら納得してしまうらしい。
だが……。
「狂疾……?」
俺は怪訝に眉を顰めた。
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