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第一章 お姉様の婚約者
32:巻き込まれる(9) *side ジェフリー
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「……あ」
「どうした?」
「靴を忘れてきてしまいました」
「ああ、本当だ」
ミュリエルの足元を見ると、靴下は破れてボロボロになっていた。少し血も滲んでいる。
俺はすぐに靴を取ってくると、ホールへ戻ろうとした。
けれどミュリエルはそんな俺の袖をクイッと掴み、引き止める。そして両手を広げた。
「ミュリエル?」
「抱っこ」
「………………は?」
「私もアレして欲しいです」
ミュリエルが指を指す。その方向にはチェスター男爵令嬢を抱えて歩くアルベルトがいた。
「ひ、人の視線があるのだが」
「ダメですか?」
甘えるような声と上目遣いで俺をじっと見つめてくるミュリエル。可愛い。一体、その技はどこで覚えてきたんだ。
人目が気になる俺はしばらく悩んだ結果、仕方がないので彼女の望みを叶えてやることにした……、のだが。
「……わかっ」
「ミュリエル!」
「あ!グレン!」
俺の返事は駆け寄ってきたグレンによってかき消された。
「良かった、無事だったのですね!」
「ご心配をおかけしました」
「いえ、こちらこそ逸れてしまい申し訳ありませんでした。公子様も、すみませんでした」
「なぜ俺に謝る?」
「夫人を危険な目に遭わせてしまったので」
「君のせいではないだろう。君の方こそ無事で良かったよ」
「……あ、ありがとうございます」
グレンは意外そうな顔をして俺を見た。
何か変なことを言っただろうか。
「どうした?グレン」
「い、いえ。何でも」
「そうか?」
「それよりもミュリエル。靴はどうしたんですか?」
「実は中に忘れてきてしまって」
「なるほど。良ければ馬車までお運びしましょうか?」
「え?」
「………は?」
グレンは何でもないことのように言い、ミュリエルに近づいた。
どうしてそんなに、普通にできるんだ。血筋か?さすがはあのアルベルトの弟だ。
だがしかし、ここで彼に任せるわけにはいかない。
俺は咄嗟に後ろからミュリエルを抱き上げた。ミュリエルが驚いたように声を上げる。
「え、え?ジェフリー?」
「いい。俺が運ぶ」
「あ、そうですか?」
「馬車はどこだ?」
「ご案内します」
「あの、ジェフリー?急にどうしたんですか?」
「別に」
「何か怒ってます?」
「怒ってない」
そう。別に怒ってない。ただ少し悔しいだけ。
俺はミュリエルをギュッと抱きしめた。
すると、ミュリエルは俺の首に手を回し、答えてくれた。
「ジェフリー、ありがとう」
「何が……」
「お姫様抱っこ。嬉しい」
「…………それは良かった」
なんだろう。なんか、気恥ずかしい。
俺は顔が弛まないよう、眉間に力を入れた。
*
ミュリエルを馬車に乗せた後、俺はグレンを引き留めた。
グレンは何を言われるのかわかっているかのような、余裕の笑みを見せた。
「はい、何でしょうか」
「……諦めてくれ」
「何を?」
「ミュリエルを」
ひどく自分勝手な頼みだと思う。こちらから紹介しておいて、やっぱり俺のものだから手を出すな、なんて。勝手すぎる。普通ならあり得ない話だ。
でも俺は、どんなに最低なやつになったとしても、ミュリエルを手放したくはない。
「勝手なことを言っている自覚はある。だが……」
「友達ですよ」
「……え?」
「友達です。僕、人妻に手を出す趣味ないんで」
グレンは俺の目を見て、はっきりとそう言い切った。
「そ、そうか」
良かった。俺は心底安堵した。
だってもしグレンが本気でミュリエルを口説いてきたとしたら、俺は彼に勝てる自信などない。
「あ、そうだ。銃を返してもらえますか?兄さんが回収しておいて欲しいと」
「ああ、そうだったな。アルベルトにすまなかったと伝えてくれ」
「はい、わかりました」
俺は馬車の中にいたミュリエルから銃を受け取ると、それをグレンに渡した。
グレンはとても爽やかな笑顔で銃を受け取り、
そして、なぜか俺に向かって銃を構えた。
「なっ!?」
「僕、射撃が得意なんですよね」
「だ、だから何だよ」
「ミュリエルも射撃はそこそこできるらしいですね」
「は?」
「僕、こういう女性向けの恋愛物語とかも好きなんですよね」
「……」
「ミュリエルも好きみたいですね?」
「……何が言いたい?」
「僕たち、気が合うんです」
グレンは俺を小馬鹿にするように、クスッと笑みをこぼした。
「僕はミュリエルの友達ですけど、もし結婚するとなっても相性は悪くないと思うんですよね」
「……さっき、人妻には興味がないと言っていたじゃないか」
「人妻には、ね。人妻でなくなれば話は別です」
「…………それは脅しか?」
「せいぜい離婚されないように頑張ってくださいっていう激励ですよ」
グレンの目はしっかりと俺を見据えていた。これは忠告だとすぐに分かった。
二度と、こんなことをするなという忠告。次に同じようなことをすれば、今度は本当にもらって行くぞという忠告だ。
「……肝に銘じておく。俺の身勝手に巻き込んで悪かった」
俺はグレンに頭を下げた。
グレンは巻き込まれたこと自体は楽しかったので謝らないで欲しいと言ってくれた。
「人妻とお見合いとか、なかなか経験できないので。貴重な体験でした」
「君は変わっているな」
「ははっ。よく言われます」
グレンは、「ではまた」と軽く会釈をして去っていった。
「大人だなぁ……」
俺よりも年下なはずなのに、俺の方がだいぶ子どもだ。
俺は少し恥ずかしい気持ちになりながら馬車に乗り込んだ。
「どうした?」
「靴を忘れてきてしまいました」
「ああ、本当だ」
ミュリエルの足元を見ると、靴下は破れてボロボロになっていた。少し血も滲んでいる。
俺はすぐに靴を取ってくると、ホールへ戻ろうとした。
けれどミュリエルはそんな俺の袖をクイッと掴み、引き止める。そして両手を広げた。
「ミュリエル?」
「抱っこ」
「………………は?」
「私もアレして欲しいです」
ミュリエルが指を指す。その方向にはチェスター男爵令嬢を抱えて歩くアルベルトがいた。
「ひ、人の視線があるのだが」
「ダメですか?」
甘えるような声と上目遣いで俺をじっと見つめてくるミュリエル。可愛い。一体、その技はどこで覚えてきたんだ。
人目が気になる俺はしばらく悩んだ結果、仕方がないので彼女の望みを叶えてやることにした……、のだが。
「……わかっ」
「ミュリエル!」
「あ!グレン!」
俺の返事は駆け寄ってきたグレンによってかき消された。
「良かった、無事だったのですね!」
「ご心配をおかけしました」
「いえ、こちらこそ逸れてしまい申し訳ありませんでした。公子様も、すみませんでした」
「なぜ俺に謝る?」
「夫人を危険な目に遭わせてしまったので」
「君のせいではないだろう。君の方こそ無事で良かったよ」
「……あ、ありがとうございます」
グレンは意外そうな顔をして俺を見た。
何か変なことを言っただろうか。
「どうした?グレン」
「い、いえ。何でも」
「そうか?」
「それよりもミュリエル。靴はどうしたんですか?」
「実は中に忘れてきてしまって」
「なるほど。良ければ馬車までお運びしましょうか?」
「え?」
「………は?」
グレンは何でもないことのように言い、ミュリエルに近づいた。
どうしてそんなに、普通にできるんだ。血筋か?さすがはあのアルベルトの弟だ。
だがしかし、ここで彼に任せるわけにはいかない。
俺は咄嗟に後ろからミュリエルを抱き上げた。ミュリエルが驚いたように声を上げる。
「え、え?ジェフリー?」
「いい。俺が運ぶ」
「あ、そうですか?」
「馬車はどこだ?」
「ご案内します」
「あの、ジェフリー?急にどうしたんですか?」
「別に」
「何か怒ってます?」
「怒ってない」
そう。別に怒ってない。ただ少し悔しいだけ。
俺はミュリエルをギュッと抱きしめた。
すると、ミュリエルは俺の首に手を回し、答えてくれた。
「ジェフリー、ありがとう」
「何が……」
「お姫様抱っこ。嬉しい」
「…………それは良かった」
なんだろう。なんか、気恥ずかしい。
俺は顔が弛まないよう、眉間に力を入れた。
*
ミュリエルを馬車に乗せた後、俺はグレンを引き留めた。
グレンは何を言われるのかわかっているかのような、余裕の笑みを見せた。
「はい、何でしょうか」
「……諦めてくれ」
「何を?」
「ミュリエルを」
ひどく自分勝手な頼みだと思う。こちらから紹介しておいて、やっぱり俺のものだから手を出すな、なんて。勝手すぎる。普通ならあり得ない話だ。
でも俺は、どんなに最低なやつになったとしても、ミュリエルを手放したくはない。
「勝手なことを言っている自覚はある。だが……」
「友達ですよ」
「……え?」
「友達です。僕、人妻に手を出す趣味ないんで」
グレンは俺の目を見て、はっきりとそう言い切った。
「そ、そうか」
良かった。俺は心底安堵した。
だってもしグレンが本気でミュリエルを口説いてきたとしたら、俺は彼に勝てる自信などない。
「あ、そうだ。銃を返してもらえますか?兄さんが回収しておいて欲しいと」
「ああ、そうだったな。アルベルトにすまなかったと伝えてくれ」
「はい、わかりました」
俺は馬車の中にいたミュリエルから銃を受け取ると、それをグレンに渡した。
グレンはとても爽やかな笑顔で銃を受け取り、
そして、なぜか俺に向かって銃を構えた。
「なっ!?」
「僕、射撃が得意なんですよね」
「だ、だから何だよ」
「ミュリエルも射撃はそこそこできるらしいですね」
「は?」
「僕、こういう女性向けの恋愛物語とかも好きなんですよね」
「……」
「ミュリエルも好きみたいですね?」
「……何が言いたい?」
「僕たち、気が合うんです」
グレンは俺を小馬鹿にするように、クスッと笑みをこぼした。
「僕はミュリエルの友達ですけど、もし結婚するとなっても相性は悪くないと思うんですよね」
「……さっき、人妻には興味がないと言っていたじゃないか」
「人妻には、ね。人妻でなくなれば話は別です」
「…………それは脅しか?」
「せいぜい離婚されないように頑張ってくださいっていう激励ですよ」
グレンの目はしっかりと俺を見据えていた。これは忠告だとすぐに分かった。
二度と、こんなことをするなという忠告。次に同じようなことをすれば、今度は本当にもらって行くぞという忠告だ。
「……肝に銘じておく。俺の身勝手に巻き込んで悪かった」
俺はグレンに頭を下げた。
グレンは巻き込まれたこと自体は楽しかったので謝らないで欲しいと言ってくれた。
「人妻とお見合いとか、なかなか経験できないので。貴重な体験でした」
「君は変わっているな」
「ははっ。よく言われます」
グレンは、「ではまた」と軽く会釈をして去っていった。
「大人だなぁ……」
俺よりも年下なはずなのに、俺の方がだいぶ子どもだ。
俺は少し恥ずかしい気持ちになりながら馬車に乗り込んだ。
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