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第一章 お姉様の婚約者
25:巻き込まれる(2) *side アルベルト
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抜けるような青空の下、俺の敬愛する出涸らし王子はお忍びで城下を訪れていた。
目的は王室御用達のスイーツ店ロアナのチーズケーキを買うためだ。
……王室御用達なのだから取り寄せればいいのにと思う。
「はあ。何故わざわざ買いに来る必要が?」
お前の買い物に何人が巻き込まれたと思っているのか。
予定になかった外出のせいで馬車の点検や身支度、公務の調整に警備の増員と、朝から城はてんやわんやだった。
今も街に溶け込んだ護衛がそこら中に潜んでいる。中には休日出勤を強いられたやつもいる。
「そうやって我儘ばかり言ってるから殿下の騎士団は志願者が少ないのです」
俺は行列に並ぶオズウェル殿下の後ろで小言を吐いた。
殿下はぶすくれた顔で振り返り、チッと舌を鳴らす。舌打ちとか、こいつ本当に王族か?まるで品がない。
「王族の護衛になることは名誉なことだろう」
「両陛下や第一王子殿下、王女殿下ならね」
「不敬だぞ!」
「はい」
「はい、じゃねーよ!認めるな!あー、もう決めた。お前はクビだ。絶対にクビにする」
「できるものならどうぞ。俺をクビにしたら、俺を慕って入団した奴ら全員辞めますよ」
騎士団の連中はほとんどがオズウェル殿下を慕っているわけではない。
自分で言うのもどうかと思うが、ほとんどの団員が俺の剣技に憧れて入団してきたのだ。
そう話すと殿下は不快そうに目を細めた。
「ふんっ。ナルシストが」
「殿下ほどでは」
「チッ」
「舌打ちはダメです。はしたないです」
「お前なんか嫌いだ」
「俺はそこそこ好きですよ」
「嘘をつけ。お前が私の味方だったことなど一度もないではないか」
「好いているからと言って味方であるとは限りませんよ?」
「……やっぱりお前は嫌いだ」
殿下はもう知らん、と俺に背を向けた。そうやってすぐ拗ねるのはやめたほうがいい。お前は幾つだとツッコミたくなる。
「でも本当に何故わざわざ買いに?」
「……だって、好きだと聞いたから」
「はい?」
「だーかーら!ロアナのチーズケーキ、好きだと聞いたから!今日の午後会う予定だし、用意しておこうかと思ってだなぁ!」
「……嘘でしょ」
まさかの返答に俺は目を剥いた。多分目玉が飛び出そうなほど大きく見開いていたんじゃないかと思う。
けれどこの反応も仕方がないだろう。
だってこの、気遣ってもらうのが当たり前で自分が誰かを気遣うなんて考えもしなさそうな男が、最近婚約したばかりのまだろくに話したこともない女のためにそんなことをするなんて思わないじゃないか。
「びっくりしすぎて心臓止まるかと思いました」
「な、何だよその反応は!こういうのは自分の足で買いに行ったほうが気持ちも伝わるだろう!?」
「気遣う方向性をだいぶ間違えていますし、婚約者のことを気遣えるのならば俺たちのことも少しは気遣って欲しいのですが……、とりあえずこの事は王妃様に報告しておきますね」
「何でだよ!」
「出涸らしが一ミクロンほど成長しましたよーって」
「おま、母上に向かって私のことを出涸らしと言うのはやめろよ。本当に首を飛ばされるぞ!?」
「冗談ですよ。俺の首を心配してくれるんですか?ありがとうございます」
「心配してない!」
「というか、出涸らし呼ばわりは注意しないんですね」
「注意しても言うだろうが、お前は!本当に不敬なやつだな!」
「はい」
「だから『はい』じゃねーよ!ほんと!お前と話しているとほんと疲れるわッ!!」
俺の揶揄いに我慢できなくなった殿下は、俺のコートの襟を掴んで捻り上げた。
だが俺は逆に、そんな彼の腕を掴んで捻り返す。
「いててててて!」
「きゃああああ!」
殿下の声と被せるように、東の方から悲鳴が聞こえた。
俺と殿下は顔を見合わせ、声のした方を見る。
「………アトワール劇場の方だな」
「え、劇場?」
「どうかしたか?」
「いえ、弟が今日劇を見に行くと言っていたものですから」
劇場で何があったのだろうか。俺は嫌な予感がした。
額には汗が滲み、動悸が激しくなる。
「いや、多分大丈夫だとは思うんですけどね。ちょっと気になると言いますか……」
「……はぁああああ」
俺の表情に何かを察したのか、殿下は深くため息をこぼした。
「行くぞ」
「え、でもせっかく並んで……」
「護衛の気がそぞろでは私の身が危ないからな。あと普通に国民の危機だし?」
殿下はスッと列を離れ、街に溶け込んでいた自身の護衛たちに目配せをして劇場の方へと駆け出した。
「殿下」
「何だよ」
「とってつけたように王族感出さなくていいっすよ」
「うるせぇ」
「でもまあ、ありがとうございます」
「おー」
だからこの人は嫌いになれない。
俺は主人の珍しい気遣いに感謝しつつ、劇場の方へと急いだ。
目的は王室御用達のスイーツ店ロアナのチーズケーキを買うためだ。
……王室御用達なのだから取り寄せればいいのにと思う。
「はあ。何故わざわざ買いに来る必要が?」
お前の買い物に何人が巻き込まれたと思っているのか。
予定になかった外出のせいで馬車の点検や身支度、公務の調整に警備の増員と、朝から城はてんやわんやだった。
今も街に溶け込んだ護衛がそこら中に潜んでいる。中には休日出勤を強いられたやつもいる。
「そうやって我儘ばかり言ってるから殿下の騎士団は志願者が少ないのです」
俺は行列に並ぶオズウェル殿下の後ろで小言を吐いた。
殿下はぶすくれた顔で振り返り、チッと舌を鳴らす。舌打ちとか、こいつ本当に王族か?まるで品がない。
「王族の護衛になることは名誉なことだろう」
「両陛下や第一王子殿下、王女殿下ならね」
「不敬だぞ!」
「はい」
「はい、じゃねーよ!認めるな!あー、もう決めた。お前はクビだ。絶対にクビにする」
「できるものならどうぞ。俺をクビにしたら、俺を慕って入団した奴ら全員辞めますよ」
騎士団の連中はほとんどがオズウェル殿下を慕っているわけではない。
自分で言うのもどうかと思うが、ほとんどの団員が俺の剣技に憧れて入団してきたのだ。
そう話すと殿下は不快そうに目を細めた。
「ふんっ。ナルシストが」
「殿下ほどでは」
「チッ」
「舌打ちはダメです。はしたないです」
「お前なんか嫌いだ」
「俺はそこそこ好きですよ」
「嘘をつけ。お前が私の味方だったことなど一度もないではないか」
「好いているからと言って味方であるとは限りませんよ?」
「……やっぱりお前は嫌いだ」
殿下はもう知らん、と俺に背を向けた。そうやってすぐ拗ねるのはやめたほうがいい。お前は幾つだとツッコミたくなる。
「でも本当に何故わざわざ買いに?」
「……だって、好きだと聞いたから」
「はい?」
「だーかーら!ロアナのチーズケーキ、好きだと聞いたから!今日の午後会う予定だし、用意しておこうかと思ってだなぁ!」
「……嘘でしょ」
まさかの返答に俺は目を剥いた。多分目玉が飛び出そうなほど大きく見開いていたんじゃないかと思う。
けれどこの反応も仕方がないだろう。
だってこの、気遣ってもらうのが当たり前で自分が誰かを気遣うなんて考えもしなさそうな男が、最近婚約したばかりのまだろくに話したこともない女のためにそんなことをするなんて思わないじゃないか。
「びっくりしすぎて心臓止まるかと思いました」
「な、何だよその反応は!こういうのは自分の足で買いに行ったほうが気持ちも伝わるだろう!?」
「気遣う方向性をだいぶ間違えていますし、婚約者のことを気遣えるのならば俺たちのことも少しは気遣って欲しいのですが……、とりあえずこの事は王妃様に報告しておきますね」
「何でだよ!」
「出涸らしが一ミクロンほど成長しましたよーって」
「おま、母上に向かって私のことを出涸らしと言うのはやめろよ。本当に首を飛ばされるぞ!?」
「冗談ですよ。俺の首を心配してくれるんですか?ありがとうございます」
「心配してない!」
「というか、出涸らし呼ばわりは注意しないんですね」
「注意しても言うだろうが、お前は!本当に不敬なやつだな!」
「はい」
「だから『はい』じゃねーよ!ほんと!お前と話しているとほんと疲れるわッ!!」
俺の揶揄いに我慢できなくなった殿下は、俺のコートの襟を掴んで捻り上げた。
だが俺は逆に、そんな彼の腕を掴んで捻り返す。
「いててててて!」
「きゃああああ!」
殿下の声と被せるように、東の方から悲鳴が聞こえた。
俺と殿下は顔を見合わせ、声のした方を見る。
「………アトワール劇場の方だな」
「え、劇場?」
「どうかしたか?」
「いえ、弟が今日劇を見に行くと言っていたものですから」
劇場で何があったのだろうか。俺は嫌な予感がした。
額には汗が滲み、動悸が激しくなる。
「いや、多分大丈夫だとは思うんですけどね。ちょっと気になると言いますか……」
「……はぁああああ」
俺の表情に何かを察したのか、殿下は深くため息をこぼした。
「行くぞ」
「え、でもせっかく並んで……」
「護衛の気がそぞろでは私の身が危ないからな。あと普通に国民の危機だし?」
殿下はスッと列を離れ、街に溶け込んでいた自身の護衛たちに目配せをして劇場の方へと駆け出した。
「殿下」
「何だよ」
「とってつけたように王族感出さなくていいっすよ」
「うるせぇ」
「でもまあ、ありがとうございます」
「おー」
だからこの人は嫌いになれない。
俺は主人の珍しい気遣いに感謝しつつ、劇場の方へと急いだ。
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