【完結】お姉様の婚約者

七瀬菜々

文字の大きさ
上 下
26 / 70
第一章 お姉様の婚約者

25:巻き込まれる(2) *side アルベルト

しおりを挟む
 抜けるような青空の下、俺の敬愛する出涸らし王子はお忍びで城下を訪れていた。
 目的は王室御用達のスイーツ店ロアナのチーズケーキを買うためだ。
 ……王室御用達なのだから取り寄せればいいのにと思う。

「はあ。何故わざわざ買いに来る必要が?」

 お前の買い物に何人が巻き込まれたと思っているのか。
 予定になかった外出のせいで馬車の点検や身支度、公務の調整に警備の増員と、朝から城はてんやわんやだった。
 今も街に溶け込んだ護衛がそこら中に潜んでいる。中には休日出勤を強いられたやつもいる。

「そうやって我儘ばかり言ってるから殿下の騎士団は志願者が少ないのです」

 俺は行列に並ぶオズウェル殿下の後ろで小言を吐いた。
 殿下はぶすくれた顔で振り返り、チッと舌を鳴らす。舌打ちとか、こいつ本当に王族か?まるで品がない。

「王族の護衛になることは名誉なことだろう」
「両陛下や第一王子殿下、王女殿下ならね」
「不敬だぞ!」
「はい」
「はい、じゃねーよ!認めるな!あー、もう決めた。お前はクビだ。絶対にクビにする」
「できるものならどうぞ。俺をクビにしたら、俺を慕って入団した奴ら全員辞めますよ」

 騎士団の連中はほとんどがオズウェル殿下を慕っているわけではない。
 自分で言うのもどうかと思うが、ほとんどの団員が俺の剣技に憧れて入団してきたのだ。
 そう話すと殿下は不快そうに目を細めた。

「ふんっ。ナルシストが」
「殿下ほどでは」
「チッ」
「舌打ちはダメです。はしたないです」
「お前なんか嫌いだ」
「俺はそこそこ好きですよ」
「嘘をつけ。お前が私の味方だったことなど一度もないではないか」
「好いているからと言って味方であるとは限りませんよ?」
「……やっぱりお前は嫌いだ」

 殿下はもう知らん、と俺に背を向けた。そうやってすぐ拗ねるのはやめたほうがいい。お前は幾つだとツッコミたくなる。

「でも本当に何故わざわざ買いに?」
「……だって、好きだと聞いたから」
「はい?」
「だーかーら!ロアナのチーズケーキ、好きだと聞いたから!今日の午後会う予定だし、用意しておこうかと思ってだなぁ!」
「……嘘でしょ」

 まさかの返答に俺は目を剥いた。多分目玉が飛び出そうなほど大きく見開いていたんじゃないかと思う。
 けれどこの反応も仕方がないだろう。
 だってこの、気遣ってもらうのが当たり前で自分が誰かを気遣うなんて考えもしなさそうな男が、最近婚約したばかりのまだろくに話したこともない女のためにそんなことをするなんて思わないじゃないか。

「びっくりしすぎて心臓止まるかと思いました」
「な、何だよその反応は!こういうのは自分の足で買いに行ったほうが気持ちも伝わるだろう!?」
「気遣う方向性をだいぶ間違えていますし、婚約者のことを気遣えるのならば俺たちのことも少しは気遣って欲しいのですが……、とりあえずこの事は王妃様に報告しておきますね」
「何でだよ!」
「出涸らしが一ミクロンほど成長しましたよーって」
「おま、母上に向かって私のことを出涸らしと言うのはやめろよ。本当に首を飛ばされるぞ!?」
「冗談ですよ。俺の首を心配してくれるんですか?ありがとうございます」
「心配してない!」
「というか、出涸らし呼ばわりは注意しないんですね」
「注意しても言うだろうが、お前は!本当に不敬なやつだな!」
「はい」
「だから『はい』じゃねーよ!ほんと!お前と話しているとほんと疲れるわッ!!」

 俺の揶揄いに我慢できなくなった殿下は、俺のコートの襟を掴んで捻り上げた。
 だが俺は逆に、そんな彼の腕を掴んで捻り返す。

「いててててて!」
「きゃああああ!」

 殿下の声と被せるように、東の方から悲鳴が聞こえた。
 俺と殿下は顔を見合わせ、声のした方を見る。

「………アトワール劇場の方だな」
「え、劇場?」
「どうかしたか?」
「いえ、弟が今日劇を見に行くと言っていたものですから」

 劇場で何があったのだろうか。俺は嫌な予感がした。
 額には汗が滲み、動悸が激しくなる。

「いや、多分大丈夫だとは思うんですけどね。ちょっと気になると言いますか……」
「……はぁああああ」

 俺の表情に何かを察したのか、殿下は深くため息をこぼした。

「行くぞ」
「え、でもせっかく並んで……」
「護衛の気がそぞろでは私の身が危ないからな。あと普通に国民の危機だし?」

 殿下はスッと列を離れ、街に溶け込んでいた自身の護衛たちに目配せをして劇場の方へと駆け出した。

「殿下」
「何だよ」
「とってつけたように王族感出さなくていいっすよ」
「うるせぇ」
「でもまあ、ありがとうございます」
「おー」

 だからこの人は嫌いになれない。
 俺は主人の珍しい気遣いに感謝しつつ、劇場の方へと急いだ。


 
しおりを挟む
感想 24

あなたにおすすめの小説

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

思い出してしまったのです

月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。 妹のルルだけが特別なのはどうして? 婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの? でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。 愛されないのは当然です。 だって私は…。

偽りの愛に終止符を

甘糖むい
恋愛
政略結婚をして3年。あらかじめ決められていた3年の間に子供が出来なければ離婚するという取り決めをしていたエリシアは、仕事で忙しいく言葉を殆ど交わすことなく離婚の日を迎えた。屋敷を追い出されてしまえば行くところなどない彼女だったがこれからについて話合うつもりでヴィンセントの元を訪れる。エリシアは何かが変わるかもしれないと一抹の期待を胸に抱いていたが、夫のヴィンセントは「好きにしろ」と一言だけ告げてエリシアを見ることなく彼女を追い出してしまう。

愛しき夫は、男装の姫君と恋仲らしい。

星空 金平糖
恋愛
シエラは、政略結婚で夫婦となった公爵──グレイのことを深く愛していた。 グレイは優しく、とても親しみやすい人柄でその甘いルックスから、結婚してからも数多の女性達と浮名を流していた。 それでもシエラは、グレイが囁いてくれる「私が愛しているのは、あなただけだよ」その言葉を信じ、彼と夫婦であれることに幸福を感じていた。 しかし。ある日。 シエラは、グレイが美貌の少年と親密な様子で、王宮の庭を散策している場面を目撃してしまう。当初はどこかの令息に王宮案内をしているだけだと考えていたシエラだったが、実はその少年が王女─ディアナであると判明する。 聞くところによるとディアナとグレイは昔から想い会っていた。 ディアナはグレイが結婚してからも、健気に男装までしてグレイに会いに来ては逢瀬を重ねているという。 ──……私は、ただの邪魔者だったの? 衝撃を受けるシエラは「これ以上、グレイとはいられない」と絶望する……。

【完結】王太子殿下が幼馴染を溺愛するので、あえて応援することにしました。

かとるり
恋愛
王太子のオースティンが愛するのは婚約者のティファニーではなく、幼馴染のリアンだった。 ティファニーは何度も傷つき、一つの結論に達する。 二人が結ばれるよう、あえて応援する、と。

私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです

こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。 まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。 幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。 「子供が欲しいの」 「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」 それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。

愛を求めることはやめましたので、ご安心いただけますと幸いです!

風見ゆうみ
恋愛
わたしの婚約者はレンジロード・ブロフコス侯爵令息。彼に愛されたくて、自分なりに努力してきたつもりだった。でも、彼には昔から好きな人がいた。 結婚式当日、レンジロード様から「君も知っていると思うが、私には愛する女性がいる。君と結婚しても、彼女のことを忘れたくないから忘れない。そして、私と君の結婚式を彼女に見られたくない」と言われ、結婚式を中止にするためにと階段から突き落とされてしまう。 レンジロード様に突き落とされたと訴えても、信じてくれる人は少数だけ。レンジロード様はわたしが階段を踏み外したと言う上に、わたしには話を合わせろと言う。 こんな人のどこが良かったのかしら??? 家族に相談し、離婚に向けて動き出すわたしだったが、わたしの変化に気がついたレンジロード様が、なぜかわたしにかまうようになり――

そんなにその方が気になるなら、どうぞずっと一緒にいて下さい。私は二度とあなたとは関わりませんので……。

しげむろ ゆうき
恋愛
 男爵令嬢と仲良くする婚約者に、何度注意しても聞いてくれない  そして、ある日、婚約者のある言葉を聞き、私はつい言ってしまうのだった 全五話 ※ホラー無し

処理中です...