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第一章 お姉様の婚約者
21:親友の助言(3)
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「まったくもう!本当にもう!もうったらもうよ!もうもうもうもうもうっ!!」
シルヴィアは牛のように『もうもう』言いながらドスドスと音を立てて歩き、私の隣に移動する。
そして勢いよくソファに腰掛けると、私の額を思い切り指で弾いた。
「いったぁ!?」
あまりの痛さに、私は額を抑える。
シルヴィアは目を丸くする私を見て、声を荒げた。
「流されてんじゃないわよ!この、おバカッ!」
「え?え?何?本当に何?」
「なーにが、みんなの期待に応えるため、よ!違うでしょ!?みんななんてそんな不特定多数のどうでもいい人のために、毎日毎日懲りもせずに好き好き言ってだわけじゃないでしょ!?貴女の『好き』はお兄様の心を軽くしたくて言ってたんでしょう!?婚約者に捨てられた悲しみと、ミュリエルを身代わりにした罪悪感とで押しつぶされそうなあの人の心を少しでも軽くしたくて、毎日好きだと言い続けて来たんでしょう!?」
「シ、シルヴィア?」
「自覚ないんだろうけど、貴女っていつも他人が望むように振る舞うわよね!おばさまの前ではおばさまが望むような可愛らしいミュリエルを、おじさまの前ではおじさまが好む賢いミュリエルを演じて!!」
「そんなこと……」
「そんなことあるの!何年友達やってると思ってんのよ!」
「ご、5年?」
「そうよ、5年よ!5年もあれば、貴女みたいなわかりやすいやつのことなんて全部お見通しなのよ!」
「シルヴィア……」
「いいこと!?貴女はいつも芯がないの!だからお兄様が『君の好きは勘違いだ。思い込みだ』って言えば好きじゃなかったのかなって揺らぐのよ!」
シルヴィアはものすごい剣幕で私を叱責する。
その表情は怒っているようで、泣いているようにも見えた。
「で、でも、私は兄様の言葉に納得してしまったわ。頑張らなくていいという言葉を聞いて、フッと体が軽くなったのを確かに感じた。それは兄様の言葉が正しかったことを示しているのではないの?」
「違うでしょ。それって、単に安心したからでしょう。貴女がいろんなものを背負っていたのは事実だし、それを1人で抱えていたのも事実。頑張らなきゃ頑張らなきゃってずっと気を張っていたところに、頑張らなくていいって言われたら、誰だって心が軽くなるわよ」
シルヴィアは私の頭を小突き、もう一度「おバカ」と言った。
今度の「おバカ」は優しい方の「おバカ」だった。
「そりゃあ、確かに貴女の好きは嘘っぽいわよ?好きという割には執着が見えないし、嫉妬とか含羞とかそういうものがまるでない。でもそれってその必要がなかったからでしょ?」
執着しなくても兄様はいつもそばにいて、嫉妬する相手はそもそも敵わないと思っている自分の姉で。
恥じらいは……、そもそも持ち合わせていない。
だから全力で、何の恥ずかしげもなく好きと連呼できるのだ。
「え、待って。流石に恥じらいは持ってる」
「持ってたら好きな人に、毎日毎日恥ずかしげもなく好き好き言えないわよ」
「ひどい」
「……本当、お兄様も貴女も難儀なものよね。罪悪感が邪魔をして、お互いのことがまるで見えていない。貴女にいたっては自分のことすら見えていないわ」
シルヴィアはしょうがない子と私の頭を撫でた。
シルヴィア曰く、私は姉の逃亡を見逃した罪悪感が邪魔をして、先に進むことを恐れているらしい。
潜在意識の中に、兄様を不幸にした自分が兄様に愛されていいわけがないという思いがあるらしい。
「自覚、ないんでしょ?」
「……うん」
「貴女は色々と歪んでいるわよね。どうしてそんな風になってるのかはわからないけれど、物事を考える時に自分を勘定に入れていない」
「そうかな」
「そうよ。だって、貴女は自分のことを幸せだ言うくせに、結局頭では他人の幸せばかり考えているじゃない」
「……そうなのかな」
「そういうの、直した方がいいわ。自分を幸せにできない奴は、結局は誰のことも幸せにできないのよ。もう少し利己的になるべきだわ」
「うん……」
「とりあえずあたしから言えることは一つ。自分の心はちゃんと自分で決めなさい。他人の言葉に流されてはダメよ」
これでわからないならもう知らない、とシルヴィアは話を閉じて向かいの席に戻った。
ブスッとした顔で紅茶を飲む彼女に、私は自然と笑みが溢れる。
「ありがとう、シルヴィア。好きよ」
「…………知ってる」
「へへっ。大好き」
「知ってるってば!」
シルヴィアは耳を赤くしてそっぽを向いた。
本当に素直じゃないんだから。
シルヴィアは牛のように『もうもう』言いながらドスドスと音を立てて歩き、私の隣に移動する。
そして勢いよくソファに腰掛けると、私の額を思い切り指で弾いた。
「いったぁ!?」
あまりの痛さに、私は額を抑える。
シルヴィアは目を丸くする私を見て、声を荒げた。
「流されてんじゃないわよ!この、おバカッ!」
「え?え?何?本当に何?」
「なーにが、みんなの期待に応えるため、よ!違うでしょ!?みんななんてそんな不特定多数のどうでもいい人のために、毎日毎日懲りもせずに好き好き言ってだわけじゃないでしょ!?貴女の『好き』はお兄様の心を軽くしたくて言ってたんでしょう!?婚約者に捨てられた悲しみと、ミュリエルを身代わりにした罪悪感とで押しつぶされそうなあの人の心を少しでも軽くしたくて、毎日好きだと言い続けて来たんでしょう!?」
「シ、シルヴィア?」
「自覚ないんだろうけど、貴女っていつも他人が望むように振る舞うわよね!おばさまの前ではおばさまが望むような可愛らしいミュリエルを、おじさまの前ではおじさまが好む賢いミュリエルを演じて!!」
「そんなこと……」
「そんなことあるの!何年友達やってると思ってんのよ!」
「ご、5年?」
「そうよ、5年よ!5年もあれば、貴女みたいなわかりやすいやつのことなんて全部お見通しなのよ!」
「シルヴィア……」
「いいこと!?貴女はいつも芯がないの!だからお兄様が『君の好きは勘違いだ。思い込みだ』って言えば好きじゃなかったのかなって揺らぐのよ!」
シルヴィアはものすごい剣幕で私を叱責する。
その表情は怒っているようで、泣いているようにも見えた。
「で、でも、私は兄様の言葉に納得してしまったわ。頑張らなくていいという言葉を聞いて、フッと体が軽くなったのを確かに感じた。それは兄様の言葉が正しかったことを示しているのではないの?」
「違うでしょ。それって、単に安心したからでしょう。貴女がいろんなものを背負っていたのは事実だし、それを1人で抱えていたのも事実。頑張らなきゃ頑張らなきゃってずっと気を張っていたところに、頑張らなくていいって言われたら、誰だって心が軽くなるわよ」
シルヴィアは私の頭を小突き、もう一度「おバカ」と言った。
今度の「おバカ」は優しい方の「おバカ」だった。
「そりゃあ、確かに貴女の好きは嘘っぽいわよ?好きという割には執着が見えないし、嫉妬とか含羞とかそういうものがまるでない。でもそれってその必要がなかったからでしょ?」
執着しなくても兄様はいつもそばにいて、嫉妬する相手はそもそも敵わないと思っている自分の姉で。
恥じらいは……、そもそも持ち合わせていない。
だから全力で、何の恥ずかしげもなく好きと連呼できるのだ。
「え、待って。流石に恥じらいは持ってる」
「持ってたら好きな人に、毎日毎日恥ずかしげもなく好き好き言えないわよ」
「ひどい」
「……本当、お兄様も貴女も難儀なものよね。罪悪感が邪魔をして、お互いのことがまるで見えていない。貴女にいたっては自分のことすら見えていないわ」
シルヴィアはしょうがない子と私の頭を撫でた。
シルヴィア曰く、私は姉の逃亡を見逃した罪悪感が邪魔をして、先に進むことを恐れているらしい。
潜在意識の中に、兄様を不幸にした自分が兄様に愛されていいわけがないという思いがあるらしい。
「自覚、ないんでしょ?」
「……うん」
「貴女は色々と歪んでいるわよね。どうしてそんな風になってるのかはわからないけれど、物事を考える時に自分を勘定に入れていない」
「そうかな」
「そうよ。だって、貴女は自分のことを幸せだ言うくせに、結局頭では他人の幸せばかり考えているじゃない」
「……そうなのかな」
「そういうの、直した方がいいわ。自分を幸せにできない奴は、結局は誰のことも幸せにできないのよ。もう少し利己的になるべきだわ」
「うん……」
「とりあえずあたしから言えることは一つ。自分の心はちゃんと自分で決めなさい。他人の言葉に流されてはダメよ」
これでわからないならもう知らない、とシルヴィアは話を閉じて向かいの席に戻った。
ブスッとした顔で紅茶を飲む彼女に、私は自然と笑みが溢れる。
「ありがとう、シルヴィア。好きよ」
「…………知ってる」
「へへっ。大好き」
「知ってるってば!」
シルヴィアは耳を赤くしてそっぽを向いた。
本当に素直じゃないんだから。
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