【完結】お姉様の婚約者

七瀬菜々

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第一章 お姉様の婚約者

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 ヘレナ姉様が姿を消した。それは結婚式の当日の朝のことだった。
 世界で一番幸せな花嫁になれる日に、姉様は消えたのだ。
 ジェフリー兄様にもらった宝石たち持って、秘密の仲だった庭師の男と共に。

 あり得ない、前代未聞の大スキャンダル。
 挙式予定の教会の控室は混沌に包まれた。

『ふざけないで!どうしてくれるのよ!?』
『こんなこと……、信じられないわ!』
『この縁談は陛下が直々に調えられたものなんだぞ!?』
『今すぐあの女を、ヘレナを探しだせ!』
『申し訳ございません。申し訳ございません』

 飛び交う怒号に宙を舞う花瓶。
 額を床にこすりつけて謝罪する両親に、姉様の裏切りに怒り狂う公爵夫人とその親族。
 公爵閣下は父の頭を蹴り飛ばそうとする夫人を宥め、突然愛する人に裏切られた兄様は魂が抜けてしまったように部屋の片隅で項垂れている。
 当時12歳だった私は、床に散らばった花瓶の破片を集めながら、式の出席者リストを思い出してため息をこぼした。

 国王派筆頭であるオーレンドルフ公爵家と、教皇庁と強い繋がりを持つブラッドレイ侯爵家。不安定な情勢の中、王権の安定のために結ばれたこの結婚式には国王夫妻の他にも多くの高位貴族や隣国の大使が大勢集まっている。
 そんな結婚を直前になって反故にするなど、謀反の意があるととられても文句は言えないだろう。最悪の場合、家族全員絞首刑だ。 

 ーーーーけれど、多分、その最悪な事態は訪れない。

 私は集めた破片を使用人に渡し、難しい顔をして何かを決めあぐねている公爵閣下の前に立った。
 そして決断を迫るように、覚悟の微笑みを浮かべた。
 どう足掻いても、この場を切り抜ける策は一つしかない。
 閣下は額を抑えてしばらく悩んだ後、申し訳なさそうな顔をして私の前に跪いた。
 その行動に騒がしかった控室が、急に静まり返る。

『ミュリエル……』

 閣下は私の手を取り、自分の手で優しく包み込む。
 私は何を言わず、先ほどと変わらない淑女の微笑みを返した。

『この結婚はオーレンドルフ公爵家とブラッドレイ侯爵家の間で結ばれた、とても重要な契約だ。わかるね?』

 賢い君なら、これで伝わるだろう。閣下はそう言った。
 だから私はこう返した。

『不束者ですが、これからよろしくお願いいたします。お義父さま』

 と。

 この日、私は姉様の婚約者と結婚した。
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