【完結】お姉様の婚約者

七瀬菜々

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第一章 お姉様の婚約者

20:親友の助言(2)

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 初夜、兄様は絶対に私のことを好きにならないと言った。
 多分私はその言葉に安心していたんだと思う。
 だから、何の躊躇いもなく兄様に好きだ好きだと言い続けることができたのだ。
  
 私はスッキリとした頭で過去のことを思い出しながら、今の悩みをシルヴィアに打ち明けた。
 人に話すことで頭の中が整理されることもあるというが、どうやら本当らしい。

「やっぱりね、って感じね」

 テーブルを隔てて向かいに座るシルヴィアは手に持っていたティーカップを置くと、私を見て鼻で笑った。
 そして2人がけのソファの背もたれに体を預けて腕を組む。とても態度が大きい。お義母さまが見たら、はしたないと怒ることだろう。

「いつかはこうなると思ってた」
「シルヴィアにはお見通しだったってこと?」
「まあね。だってお兄様も貴女もグラグラしていて危うかったもの」
「そう、なんだ……」
「しかしまあ、何というか……。フッ。可哀想なミュリエル」

 色んなものを背負い、侍女も連れずに単身で名家に嫁いで早5年。社交界デビューのために足りない教養を詰め込み、その傍らで好きでもない姉の婚約者に毎日毎日愛を語る姿は見ていてとても痛々しかった。
 シルヴィアは私の顔をじっと見つめて、挑発するようにそう言った。
 これはわざとだ。わざと私を怒らせようとしている。

「私は可哀想なんかじゃないわ」
「そう思いたいだけでしょ」
「違うもん」
「はいはい。それで?どうするの?」
「……え?」
「離婚よ。するの?しないの?」
「そ、それは……わからない」

 そんなに簡単に結論が出せる問題ではない。
 しかしそれ言うと、シルヴィアは何を迷うことがあるのだと笑った。
 その笑いは嘲笑にも受け取れた。

「お兄様は『もう、頑張らなくていい』と言ってくれた。ならばその言葉に甘えてしまえばいいじゃない。ミュリエルはもう頑張らなくてもいいのよ?」
「軽々しく言わないでよ。離婚ってそんなに簡単な問題じゃないでしょう?」
「どうして?」
「だって、この結婚は実質王命だし……」
「今はもう王権も安定しているわ。今更あなたたちの離婚ごときで揺るぐことはない」
「で、でも、私、離婚しても行くところないし……」

 離婚後、生家に戻る貴族女性も多いが、その大多数が『出戻り女』として生家では邪険に扱われている。
 おそらく、実家に戻ったら私も同じような扱いになるだろう。 
 二つ年下の弟が結婚して家督を継ぐ頃には、再婚を急かされ、年老いた男や悪評のある男の後妻にならざるを得ない未来が待っている。
 
「貴族社会から離れて一人で生きていくって選択肢もあるかもしれないけど……」
「朝起きてから夜寝るまで他人にお世話されてるやつが舐めたこと言うんじゃないわよ」
「…………」
「というか、お兄様が再婚相手を探してくれたんじゃないの?」
「もしかして、グレンのこと?」
「そう」
「あり得ないわ。彼とはお友達にはなれたけど、恋人にはなれないと思う。彼だってそう言っていたし」
「愛がなくても結婚はできるわよ」
「そ、それはそうだけど」
「現に、あなたはお兄様と愛のない結婚をしてきたじゃない。5年もの間」
「……兄様のことは好きよ」
「それは兄として、でしょう?」
「が、頑張れば……」
「頑張るの?好きになるために、また頑張るの?それ、意味ある?」
「……」
「5年よ?5年もの間、好き好き言い続けても恋愛対象にならなかったのなら、もう無理よ」

 シルヴィアは冷たく言い放ち、テーブルに置いてあるクッキーに手を伸ばした。
 そしてハート型のクッキーをわざわざ真ん中から半分に割る。まるで、私と兄様の関係が壊れたとでも言いたいみたいだ。
 私は悲しくなり、顔を伏せた。

「まあ、個人的にはわざわざ離婚しなくても、別居って形を取ればいいとは思うけどねぇ。貴族社会でも、夫婦が別居してお互いに愛人を持つと言うのはよくある話だし」
「別居……」
「あら、それも嫌なの?」
「別に嫌とは……」
「ねえ、逆に疑問なのだけれど、どうしてそんなに離婚を嫌がるの?何かと理由をつけて拒否して」
「……拒否してるわけじゃない」
「じゃあ離婚すれば?お兄様はあなたと一緒にいるのが辛いって言ったんでしょ?だったらそれが1番、にもなるんじゃない?」
「うん……。そうだね……」

 シルヴィアの言う通りだ。
 きっと私は兄様の気持ちに応えられない。だから兄様のことを想うのなら、彼の望み通りに別れるべきだだろう。

「決まりね。あなたの悩みもこれで解決」
「う、うん……」
「じゃあ、あたしはミュリエルにフラれて落ち込むであろうお兄様に友達でも紹介してあげようかしらねぇ」
「……え?」

 シルヴィアの言葉に驚いた私は顔を上げた。
 シルヴィアはそんな私を見て、また鼻で笑う。

「ハッ!何よ、その情けない顔は」
「シルヴィア……。それ本気?」
「ええ、本気よ。別にいいでしょう?離婚するんだから」
「いや、そうじゃなくて、シルヴィアに友達はいないでしょ?無理して嘘つかなくていいよ」
「なっ!?失礼ね!探せばいるわよ!」
「探さないといけない友達って何よ」

 探さないといけないのなら、それはもう友達ではないと思う。

「と、とにかく!お兄様にはまた別の相応しいご令嬢でも紹介しておくから、あなたは安心して離婚しなさいな」

 シルヴィアはふんっ、とそっぽを向いた。
 そうか。離婚するということは兄様が別の人と再婚するかもしれないということ。
 いや、かもしれない、ではない。彼の立場を考えるならば確実に再婚せねばならない。

「兄様が……、再婚……」
「嫌なの?お兄様の再婚」
「嫌……、じゃない。はず……」

 だって私は兄様のことが好きではないから。嫌じゃないはず。
 どうしてだか胸がモヤモヤする。
 私は首を傾げながら胸元をさすった。

「だあああああ!もう!」

 盛大に舌打ちをしたシルヴィアは急に声を荒げて席を立った。



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