【完結】お姉様の婚約者

七瀬菜々

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第二章 悪魔退治

39:ラングハイムの港で(4)

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 抜けるような青空、忙しなく行き交う人々と、明るく飛び交う呼び込みの声。
 広場を彩る屋台のテントは年季が入っているが鮮やかで、何処からともなく聞こえてくる陽気な音楽は夏の海を思い出す。
 活気あふれる港町は私の存在など気にも留めない。それがとても心地よい。

「これが噂のラングハイムの朝市!?」

 気がつくと、私はうさぎのようにぴょんぴょんと跳ねていた。

「…….ふははっ!」

 はしゃぐ私を見て、ジェフリーが笑う。
 つられた私も、思い切り口を開けて笑った。

「楽しそうだな」
「はい!楽しいです!」
「まだ何も買っていないし、何も見ていないのに?」
「はい!何も買っていないし、何も見ていないのにです!どうしてだかわからないけど、この雰囲気だけで楽しいのです!」
「そうか。それは良かった」

 ジェフリーはスッと私の手を繋ぎ、今まで私を連れて来れなかったことを謝った。

「城に閉じ込めていたつもりはなかったのだが」
「ジェフリーは何も悪くないですよ。私は外に出たいなんて言わなかったし。それにもともと出不精なので社交以外で外出したいとも思いません」
「……嘘つき」
「嘘じゃないですよー。ジェフリーも引きこもりさんですから、一緒ですね?」

 似たもの同士、お似合いの夫婦だ。
 そう言うとジェフリーは私の頭を軽く小突いた。本当のことを言っただけなのに、ひどい。

「それにしても、今日はどうしてこちらに?」
「ああ。この間の劇場立てこもり事件の影響で一時的に港が封鎖されてただろ?」
「えーっと、確か武装集団がイシュラル王国からの不法入国者だったのですよね?」
「そうだ。この港から入国したことがわかったから、調査のために閉鎖されてたんだけど、調査が終わったからな」
「なるほど。様子が気になったから視察に来たと」
「そういうことだ。もうすぐシーズンに入るから王都に行かないといけないし。念のため」

 ……なるほど。ということは、本当にデートではなかったのか。
 私は「そっか」と呟き、肩を落とした。

「ミュリエル」
「何ですか?」
「ほら。あれ」
「あれ?」

 気落ちする私に気を遣ったのか、ジェフリーは広場中央に設けられたステージを指差した。
 そこでは踊り子が妖艶に舞っていた。

「わあ!綺麗ー!」

 こちらでは見かけない珍しい衣装に珍しい音楽に私は胸を高鳴らせる。

「何処の出身なのかしら?」
「南部寄りの顔立ちだから、もしかするとイシュラルの踊り子なのかもしれない」
「イシュラル……、例の国ですね」

 イシュラル王国は、我がベリトリア王国の南西側に位置する大陸の海側にある国だ。自由と平等を国是とするイシュラルは、この国とは違って本当にいろんなことが自由で、皆が皆、自分の心に正直に生きている。
 ベリトリアの貴族はイシュラルを蛮族だと下に見ているが、正直、私はかの国の人々が羨ましい。
 確かに自由という言葉を都合よく使う輩が多く、決して治安が良いわけではないのは事実だが、それでもここベリトリア王国の不自由さを知っていると、ついつい憧れてしまう。
 もしかして、姉様はイシュラルに渡ったのだろうか。
 ふと、そんな考えが頭をよぎった。考えても仕方のないことなのに。
 私はふるふると首を横に振り、そのどうでもいい考えを吹き飛ばした。

「随分と交流が盛んになりましたね」
「造船技術の発達のおかげで、大陸を行き来するのも楽になったからな」
「それはつまり、オーレンドルフのおかげということですか?」
「まさか。確かに投資はしたが、実際に作ったのは職人だ。金を出しただけで『我が家のおかげ』なんて言うのは傲慢だろう」
「ふふっ。さすがはオーレンドルフ家です」

 貴族としてのプライドはあるし、自分を一般市民と対等であるとは思っていないが、優秀な人間がいれば、たとえそれが元奴隷であっても能力を認めて投資する。それがオーレンドルフ家だ。
 ただ権力を笠に着て威張り散らす何処かの貴族とはわけが違う。私はそういうオーレンドルフが大好きだ。
 
「ジェフリー、だーいすき!」

  私はジェフリーの腕に抱きついた。

「おい、ひっつくな」
「いいじゃないですか。デートなんだし?」
「デートじゃない」
「デートって認めてくれたら離れます」
「じゃあ、デートで」
「え、ひどい」
「ははっ。冗談だよ」
「むうー!そんな意地悪なこと言うなら、兄様って呼びますよ」
「いや、それはずるくないか?」
「ずるくないですー。ね、兄様?」

 私がそう呼ぶとジェフリーは心底嫌そうな顔をした。軽い冗談のつもりだったのに、地雷だったのだろうか。
 ついこの間までそう呼んでいたから、そこまで嫌がるとは思わなかった。

「何を買えばいい?」
「え?」
「何を買えば兄様呼びをやめる?」
「そんなに嫌なのですか?」
「当たり前だろう」

 ようやく兄のポジションから抜け出せたのに、また戻りたくはない。ジェフリーはものすごく怖い顔をして、私の肩をガシッと掴んだ。
 焦りすぎではなかろうか。ちょっと怖い。私は鬼気迫る形相のジェフリーから目を逸らせた。
 すると、ちょうど目の前をローブのフードを深く被った背の高い女性が走り過ぎた。
 一瞬だけ見えた、蜂蜜色の長い髪と凛とした横顔に見覚えがあった。

「……姉様?」

 気がつくと私はジェフリーの手を振り払い、彼女を追いかけていた。






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