【完結】お姉様の婚約者

七瀬菜々

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第一章 お姉様の婚約者

11:絶対はない(1)

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 世の中に、絶対はない。
 絶対にあり得ないと思っていることも、案外普通に起きたりする。
 そう、例えば。

 夫が、友人の弟と自分の妻のお見合いをセッティングしたりとか。


「今日はお会いできて光栄です。夫人」
「こちらこそ、お会いできて嬉しゅうございます」
 
 スキップしたくなるような気持ちの良い午後。
 暖かな日差しの中、果実のような甘い香りがする花に囲まれた兄様自慢の素敵な庭園で、私は必死に笑顔を作った。
 けれど上手く笑えていたかはわからない。
 いや、多分笑えていなかったのだろう。唇の端が引き攣っているのが自分でもわかるし、何より目の前の彼、グレン・バレンシュタインが困ったように笑っているのだから。

「あの、夫人。僕は……」
「どうぞ、ミュリエルとお呼びください。せっかく知り合えたのですし、仲良くしましょう?あ、どうせなら私もグレンとお呼びしてもよろしいかしら?」
「それは……、もちろんです。けれど、良いのですか?このままここに居ても」
「……何がですか?」
「何がって、本当は気づいておられるのでしょう?」
「……」
「これってお見合いですよね?」
「…………」
「兄から紹介したい人がいると言われてここに来ましたが、まさか人妻とお見合いをさせられるとは思いませんでした」
「い、いやですわ、グレン。別に、今日のこのお茶会がお見合いだと明言されたわけでは……」
「明らかにティーセットや茶菓子が二人分しか用意されておらず、年長者が『あとは若い二人で』とよくある台詞を残してどこかへ行ってしまう状況は見合い以外にないと思うのですが……」
「………………」

 何も言い返せない。
 私はテーブルに置かれた二人分しか用意されていないティーセットを見つめて、顔を伏せた。
 自然と笑みが溢れる。ああ、この笑みはどうしようもなく虚しい時に無意識に出てくる笑みだ。
 最近は急激に距離が近づいていた気がしていただけに、今日のこれはかなりきつい。
 もしかすると、この間感じた胸騒ぎはこれを予知していたのかもしれない。

「夫人……。良ければ僕が抗議してきましょうか?」
「……ありがとうございます、グレン。けれど、大丈夫です。兄様もアルベルト卿もしばらくしたら戻ると仰っていましたし……。ごめんなさい。嘘です。やっぱり大丈夫じゃないです。へへっ」
「無理して笑わないでください」
「……あはは。すみません」

 笑顔を作る私にグレンは哀れみの視線を向けた。
 今の私は、自分でもわかるくらいに可哀想なので、その目はやめてと言う気力さえわかない。

 ーーー見合い、か

 私は品定めをするかのように、まじまじとグレンを見つめた。
 アルベルト卿とよく似た髪色と顔つきをしているが、王宮勤めの彼よりも擦れておらず、誠実な雰囲気がある。派手さはないが品がある。
 家柄も悪くないし、次男坊だから裕福な生活は期待できないかも知れないが、きっと彼となら自由で平穏で結婚生活が送れるだろう。
 上流階級の派手な割には窮屈な生活が苦手な私にとって、グレン・バレンシュタインは間違いなく優良物件。理想的な結婚相手だ。
 だからこそ、こんな風に厳選した男性を紹介されると、私は確信せざるを得ない。
 兄様は私と別れるつもりなのだ、と。
 まったく。ご丁寧に次の結婚相手まで用意して。親切なことだ。
 
「ふぅ……」
 
    なんだか、疲れた。色々考えることに疲れた。
 私は姿勢を正し、ちょっと投げやりな気持ちで、グレンに提案した。
 
「ねえ、グレン」
「はい、何でしょう」
「良ければお見合いを続けませんか?どうせこのまま二人を待っていても暇ですし、あなたとは恋人に離れないけれど良い友人になれそうな気がするのです」
「困った身内を持つもの同士、気が合うってことですか?」
「ええ、まあ」
「奇遇ですね。実は僕もそう思っていました」
 
 グレンは私の提案に、ニッと口角を上げた。ノリがいい。
 
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