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67:聖女爆誕(4)

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 イライザが呆気に取られているうちに、ルウェリンばリリアンの背後に回った。そして怯えるクレアの手を掴み、出入り口まで急ぐ。

「貴様!!裏切るのか!」
「正しいの判断ね!」
「……うるさいわ」
「では、頼みましたよ。グレイス侯爵夫人」

 リリアンは二人を追いかけようとするイライザの前に立ち塞がると、大きく息を吸い、手元に意識を集中させた。
 そして叫び声を上げながら両手を広げるように一気に枷を引っ張る。
 リリアンの手枷の鎖が彼女の血と共に宙を舞った。過度に力を加えすぎたせいか手首は深く切れ、おそらく骨も折れただろう。だが想定の範囲内だ。

「……ゴリラ」
「誰がゴリラじゃい!」

 何事かと振り返ったルウェリンはあまりにもあり得ない光景に思わず声を漏らした。
 誰がゴリラかと返したが、自分でもゴリラかもしれないと少しばかりは思うリリアン。

「……思っていたよりも簡単に壊れるのね」

 イライザが普通の枷より弱いと言っていたが、これは弱すぎるだろう。改良が必要だ。

(まあ、とはいえ、この出血量……持って10分と言うところね)

    出血量が多く、意識を保っていられるのはせいぜい10分だ。
 それまでにイライザと仲間の魔法師を制圧しつつ、黒魔法の発動を阻止して生贄を救うとなると一番効率的な方法は……。

(アレね)

 かなり久しぶりに使うが、タイミングさえ間違わなければ問題はないだろう。
 リリアンは目を閉じた。

「おのれ、ルウェリン!待て!」

 イライザは枷を外したリリアンになど目もくれず、クレアを追う。
 魔法師たちを加勢しようと手を伸ばした。魔法で拘束しようとしているのだろう。
 リリアンはそれを浄化の魔法で無効化しつつ、イライザの背後から飛び蹴りを食らわす。
 体勢を崩したイライザは受け身をとりながら、それでも尚、クレアを追う。
 魔法師たちはリリアンの目がイライザに向かっている今だと、黒魔法の陣を書き終えた。
 使用者と対象者の名前を刻み、イライザがこちらに来るのを待つ。
 あとは対象者のクレアの血をこの陣に垂らし、次に使用者のイライザが血を垂らせば魔法陣は発動するという状態だ。
 魔法師はクレアの捕獲を急いだ。
 リリアンはそんな彼らを物理攻撃により制圧すると、魔法を用いて高速移動した。そしてイライザの首根っこを掴み、魔法陣の方へと投げた。
 投げられた衝撃で頬が切れたのか、彼の頬から顎を伝い………。

 気がつくと魔法陣に一滴の血液が落ちていた。

「うわああああ!」

 耳鳴りのようなキーンという大きな音とともに、地面が揺れた。魔法陣を中心にして神殿が崩れ始める。
 苦しみ出す生贄とイライザ。その隙にクレアたちは祈りの間を出た。

「き、貴様!リリアン・ハイネ!!」

 イライザは全身が引きちぎられるような痛みに耐えながらリリアンに手を伸ばした。
 だがリリアンに彼の手は届かない。
 リリアンは女神像や倒れた柱を足場にして、崩れ落ちた天井の隙間から外に出た。
 青空を背に、宙に浮かぶリリアン。空から辺りを見渡し、神殿の大きさを把握した。
 同時に帝国軍の旗を掲げた集団を視界の端に捉える。

(よし、あとは任せましたよ。お父様)

 心の中で父に後始末を託すと、リリアンは両手を広げた。
 手を広げた反動で、彼女の血液が神殿に撒き散らされる。

「リリアン・ハイネ!貴様、何をした!?」
「知らないの?黒魔法の魔法陣を不完全な状態で起動すれば、周囲を巻き込んで崩壊し始めるのよ。全てを地獄へ引き摺り込むようにね!」

 黒魔法の発動条件は使用者の血液。たが対象者であるクレアの血がない状態で、発動すれば不完全な魔法と見做され魔法陣は崩壊する。
 リリアンはこの瞬間を待っていたのだ。

「その場にある黒魔法を完全に浄化するには発動のタイミングで最上級の浄化魔法をぶつけるしかないからね」

 リリアンは宙に浮いたまま、祈るように手を組んだ。
 全神経を集中させ、綿密に術を編む。
 そして、小さく唱えた。祈りの言葉を。

「主よ、願わくば我に奇跡の力を与え給え。朝日の如き光を持って、全てを白く染め上げよ」

 次の瞬間、地響きがピタリと止まり、散らばったリリアンの血液から天に向かって光が伸びた。天へと伸びた光はやがて神殿を、いや帝都一体を優しく包み込む。
 まるで時が止まったようだ。
 苦しんでいた生贄は内側から全てが浄化されるような温もりを感じ、ただ呆然と空を眺めた。
 リリアンの白の軍服と相まって、光の粒子に包まれた彼女の姿はまるで聖女が空から降りてきたようで、人々の目にはとても神秘的なものに映った。

「3、2、1……浄化完了かな」

 辺りを見渡し、黒魔法の気配がないことを確認したリリアンはそこで集中を途切れさせた。
 フッと力が抜けた彼女は一気に地上へと落ちる。
 だが、彼女の体は地へはつかなかった。

「無茶をしすぎだよ、リリー」
「ジェレミー……?」

 リリアンは自分を抱きとめた、この場所にいるはずのない彼を見て驚いたように目を見開いた。

「どうしてここに?」
「嫌な予感がしたからね、全部キースに投げてきた」
「あんまりこき使ってると、田舎に帰ってしまうわよ?彼」
「大丈夫だ。あいつは何だかんだで俺のこと大好きだから」
「ふふっ、間違いないわね」
「さあ、もう休みな。あとは俺に任せて」
「うん、ごめん。ありがとう」

 ジェレミーはリリアンの瞼に軽くキスをした。
 リリアンは安心したのか、ゆっくりと目を閉じた。

「リリアン……。愛してるよ」

 だらんと力が抜けたリリアンをぎゅっと抱きしめるたジェレミーは、彼女を優しく寝かせ立ち上がった。
 そして振り返り、穏やかに笑う。
 死を告げる死神のように冷たいその微笑みに魔法師たちは命の終わりを覚悟した。

「楽に死ねると思うなよ?」

   
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