【完結】狂愛の第二皇子は兄の婚約者を所望する

七瀬菜々

文字の大きさ
上 下
69 / 80

66:聖女爆誕(3)

しおりを挟む


 コートを着込むように瘴気纏ったイライザは、エイドリアンの背から乱暴に短剣を抜き取ると次々と自分を騙した教会関係者を刺していく。
 短剣しか持っていなくともさすがは剣豪。的確に人の急所を狙っていく。
 神に祈りを捧げるはずの場所はあっという間に血に染まった。
 生贄にと集められた人々はもちろん、彼の味方であるはずのルウェリンすら、恐ろしくて声が出せない。

「魔塔の魔法師に協力してもらったのですか?」
「枷が魔封じのものから普通のものに代わったからね。脱出は楽だったよ」

 黒魔法の調査と銘打って牢を訪れた魔法師の一人が裏切り、イライザを連れ出したらしい。
 魔塔にエルデンブルク公国に教会。帝国の秩序はとうの昔に崩壊していたようだ。
 リリアンは奥歯を鳴らした。気付けなかっだ自分が腹立たしい。

「さあ、クレア様。こちらにおいでください」
「……い、いや!」

 クレアはぎゅっとリリアンにしがみついた。まるで子どものように。
 リリアンはクレアを安心させようと抱きしめ返した。

「待ってイライザ。どうするつもりなの?」
「どうするも何も、計画通りにするですよ。夫人」
「計画通りにって……」
「計画通りは計画通り。私とクレア様が永遠に共にいられるようにするんだ」

 イライザはそう言うとニヤリと笑った。
 イライザに加担する魔法師たちは、先程彼が殺した枢機卿らの遺体を引きずり、魔法陣に近づいた。
 そして彼らの血で作られた魔法陣に手を加え始める。
 生贄として集められた人々からは悲鳴が上がった。

「イライザ?な、何を……」
「どうせこの魔法陣は公国へとつながる転移魔法の類のものでしょう?だから書き換えるのですよ」
「何、に?」
「人の体を乗っ取る魔法に、ですよ。夫人?」

 イライザは両手を広げて、狂ったように甲高い声で笑う。

「今のところ、呪いをどうにかする術ありませんからね。理想はクレア様と愛を育みながら共に生きることだけど、それが叶わないのならせめてあなたの中で生き続けたい」

 さあ、クレア様。イライザはそう言ってクレアの方へと一歩ずつ、ゆっくりと歩き出した。
 ルウェリンはイライザが出したまさかの結論に、呆然とするしかない。

(どうしたものか)

 リリアンは目を閉じた。
 クレアを守りながらイライザと対峙するのは簡単ではない。
 しかしクレアを何処かに放置してイライザと向き合えば、彼女はすぐにあの裏切り者の魔法師たちに捕まるだろう。

(理想的なのは、一瞬でカタをつけること)

 方法がないわけではないが、どの方法を取ろうにもクレアの存在が邪魔だ。
 リリアンは一か八かにかけてみることにした。

「ルウェリン・グレイス!」

 リリアンの声が神殿に響く。
 ルウェリンはびくりの肩を跳ねさせた。
 イライザも警戒したのかピタリと足を止める。

「な、何よ」
「これだけの生贄と高度な黒魔法……。普通に考えれば魔法の発動と同時にこの神殿は崩壊するわ。きっとあんたは、瓦礫の下敷きとなって死ぬでしょうね」
「……なっ!」
「仮に生き延びたとしても、すぐに兵が来る。あんたのしたことは立派な反逆罪だし、捕まれば楽には死ねないわ」
「そ、そんなこと、覚悟の上よ」
「あんただけじゃないわよ。グレイス侯も息子のコールマン子爵もルーデウス卿も娘のオリビア嬢も、みんな道連れよ」
「………っ!?」

 反応からしてそこまでの想定をしていなかったのだろう。ルウェリンの顔が青くなる。
 その程度でよく覚悟の上などと言えたものだ。リリアンからは嘲笑が漏れた。

「あんたは確実に死ぬ。でも、もしもあんたが皇后様を無傷で外まで連れ出すことができれば、家族の身の安全について陛下に進言してやってもいい」
「な、何を……」
「私はこれでも紫のローブを持つ魔法師。加えてハイネ家の人間でジェレミー殿下の婚約者でヨハネス殿下の友人よ。そこそこに発言権は持つわ」
「それは……」

 リリアンが周りを巻き込み、グレイス家の慈悲を求めれば皇帝も耳を傾けないわけにはいかない。
 100%確実にうまく行くとは言えないが、それでも何もしないよりはマシだろう。
 リリアンはルウェリンに家族の安全の保証をちらつかせ、揺さぶりをかけた。
 イライザはルウェリンがそれを受け入れるわけがないと思っているのか余裕の表情だが、ルウェリンの反応を見る限り、見当違いなことをしているというわけでもなさそうだ。
 
「……あの」
「悪いけど、悩ませてやれる時間はないわ。5つ数えるうちに決めなさい」
「……わ、わたしは」
「公女様、何をおかしなことを言う?クレア様がいなくなれば夫人は陛下のそばにいられる。それなのに夫人がクレア様を守る理由がない」 
「……5」
「君も聞いたのだろう?グレイス夫人の愛する人はグレイス侯爵ではない」
「……4」
「夫人はアルヴィン陛下をずっと想ってきた。クレア様を彼から引き離そうと努力した」
「3……」
「そんな彼女が愛してもいない人のために動くはずがないだろう」
「……2」
「なあ、夫人?」
「……1」
「夫人?」
「……ごめんなさい、イライザ」

 ルウェリンば小さくつぶやくと、履いていたヒールを投げ捨て、走り出した。

「ゼロ」

 


しおりを挟む
感想 15

あなたにおすすめの小説

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。 そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。 相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。 トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。 あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。 ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。 そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが… 追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。 今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

キャンプに行ったら異世界転移しましたが、最速で保護されました。

新条 カイ
恋愛
週末の休みを利用してキャンプ場に来た。一歩振り返ったら、周りの環境がガラッと変わって山の中に。車もキャンプ場の施設もないってなに!?クマ出現するし!?と、どうなることかと思いきや、最速でイケメンに保護されました、

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!

桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。 「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。 異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。 初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!

身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】 妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。

じゃない方の私が何故かヤンデレ騎士団長に囚われたのですが

カレイ
恋愛
 天使な妹。それに纏わりつく金魚のフンがこの私。  両親も妹にしか関心がなく兄からも無視される毎日だけれど、私は別に自分を慕ってくれる妹がいればそれで良かった。  でもある時、私に嫉妬する兄や婚約者に嵌められて、婚約破棄された上、実家を追い出されてしまう。しかしそのことを聞きつけた騎士団長が何故か私の前に現れた。 「ずっと好きでした、もう我慢しません!あぁ、貴方の匂いだけで私は……」  そうして、何故か最強騎士団長に囚われました。

【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~

降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。

処理中です...