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61:嫌な予感(2)
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「紫のローブを手に入れたのか。似合うだろうなぁ。うん、さすがはリリアンだ」
「え、そこ?」
紫のローブを纏い、颯爽と戦場をかけるリリアンを想像したのか、ジェレミーはうっとりと宙を眺めた。直接的な表現は避けたつもりだが、それでも彼にとっては衝撃的な事実ばかりだっただろうに、この反応は予想外だったキースは唖然とした。
「なんだよ、その顔は」
「情緒がどうかしてますね」
「今更だろ。正直に言うなら別に母上の不貞の真偽も、その相手の正体もどうでもいい。それが明らかになったところでどうなるって言うんだよ。不義の子だからと処刑するのか?昔ならともかく今の俺はもう、そう簡単に死んでやる気はないぞ?」
「あ、当たり前です!」
「俺の出自がどうであれ変わらずに俺を愛してくれる人がいるから、俺は今更揺るがない」
今更真実が明らかになったとして、その事実で接する態度が変わるやつなど、はなからもうどうでもいい。そんな瑣末なことを気にして、どうでもいい奴らに心を割きたくはない。ジェレミーはハッキリとそう言い切った。
以前は自分の出自に強い嫌悪感と劣等感を持っていたのに、今の彼からはそれが感じられない。おそらくリリアンのおかげなのだろう。
(嬉しいけど、少し悔しいな)
キースは以前より自信に満ちた主君を見て少し寂しそうに笑った。これでもジェレミーをただのジェレミーとして見て接してきたつもりだが、自分では彼の認識を変えられなかったことが悔しいのだ。
「やはり愛には敵いませんね」
「何の話だよ」
「僕の片思いの話です」
「は?失恋でもしたのか?あ、別にお前の恋愛には興味ないから詳しく話すなよ」
「ひどっ!」
「それで?」
「……それで、とは?」
「リリアンは今どこに?」
「ああ、皇后宮です。確かめたいことがあるそうです。おそらくグレイス侯爵夫人に会いに行ったのではないかと」
「……一人で?」
「ええ、一人で」
「……」
「……え、何かまずいですか?」
「いや、まずくはないけと……、そうか、一人か……」
リリアンは強い。だが、一騎当千の兵というわけてはない。皇宮内で小隊以上の規模の兵を動かすことなど不可能だとは思いつつ、ジェレミーは胸騒ぎがした。
「仮に侯爵夫人が今回のことに何らかの形で関与していたとしても、ハイネ嬢の訪問は予告なしですし、向こうも対策が立てられない状況です。そんな状況で彼女がしてやられることなんてあるでしょうか?あの紫のローブを気まぐれにもらえるほどの方ですよ?」
「そう、だよな……。うん、そうだよな……」
「……」
「……悪い、何でもない。マクレーン領に行こう」
こういう心配は大体の場合、杞憂に終わる。ジェレミーは大丈夫だと立ち上がり、皆に移動する旨の指示を出した。
「殿下、行ってください」
移動するため、馬に乗ろうとしたジェレミーにキースは声をかけた。
ずっと不安げな顔をしているのがバレバレだったのだろう。キースは仕方がないなと肩をすくめた。
「……俺はシュナイダー卿の捜索を頼まれたんだ。他ならぬリリアンに」
「そうですね」
「リリアンは彼を大切に思っている。だから俺は彼を探さなきゃならない」
「ええ、そうですね」
「でも、俺が彼を見つけたいのはそれだけが理由じゃない」
ハイネ公爵邸に着いてすぐ、ジェレミーは手がかりを探すため、ベルンハルト・シュナイダーの部屋を見せてもらった。
整頓されていない煩雑とした部屋。しかし、その積み上げられた書物の量に、培養中の種子だけは整理整頓されているところに、作物の研究に対する熱意を感じた。
この国から、食べ物にありつけずに死んで行く人たちがいなくなるように。
そんな思いでずっと研究をしているらしい。ハイネ家の使用人は誇らしげに彼のことをそう話した。
「俺は、興味すら持たなかったのに……」
ずっと、死にたくて。でも無意味に死にたくなくて、せめて意味のある死を求めて魔獣討伐に赴いた。別に国のために戦ったわけじゃない。
リリアンがいなければ、きっと今も死を求めて森の奥深くを彷徨っていただろう。他人に興味ももたず、皇子としての役割など気に求めずに。
ジェレミーはギュッと拳を握った。
「キース、彼はこの国に必要だ」
「そうですね」
「俺は国のためにも、彼を探さねばならない」
「はい」
「だから、ここを離れるべきではない」
「……」
「……わかってはいるんだ。わかってはいるんだけど」
でも……。
「なあ、キース」
「はい、何でしょう」
「……ここの指揮、任せても良いか?」
ジェレミーはジッとキースの目を見つめて、困ったように笑った。それはどこか甘える子どものような表情だった。
この任は皇帝から与えられた任務。それを部下に押し付けて婚約者の元に向かうのはたぶん間違いだ。
わかってはいるのに、ジェレミーはどうしても彼女の身の安全を確認したくて仕方がない。
キースは初めて見る年相応の彼の姿に思わず笑みをこぼした。
随分と、人間らしくなったものだ。
「オペラのVIP席チケット2枚で手を打ちましょう。実は最近いい感じのレディがいるのです」
「……そういうのって自分の金でどうにかして誘うものだろう」
「僕の昇進を待ってたらレディが逃げます」
「仕方ないな。では特別にトラットリアのディナーもつけておいてやろう」
舌を出しておどけてみせるキースに、ジェレミーは予約半年待ちのレストランのディナーまで約束して彼と手を合わせた。
「これより、この場の指揮権はキース・クラインに移譲する!」
それだけ言い残すとジェレミーは馬に飛び乗り、帝都の方へと駆け出した。
彼の部下は何事かとキースに駆け寄る。
キースは気にするなとだけ伝え、すぐさまマクレーン伯爵領へと部隊を移動させた。
「さて、早いとこ見つけてあげないとな」
生きている可能性は限りなく低いだろう。だが諦めるわけにもいかない。
主君とその婚約者、二人に無事を望まれる彼を探し、キースは馬を走らせた。
「え、そこ?」
紫のローブを纏い、颯爽と戦場をかけるリリアンを想像したのか、ジェレミーはうっとりと宙を眺めた。直接的な表現は避けたつもりだが、それでも彼にとっては衝撃的な事実ばかりだっただろうに、この反応は予想外だったキースは唖然とした。
「なんだよ、その顔は」
「情緒がどうかしてますね」
「今更だろ。正直に言うなら別に母上の不貞の真偽も、その相手の正体もどうでもいい。それが明らかになったところでどうなるって言うんだよ。不義の子だからと処刑するのか?昔ならともかく今の俺はもう、そう簡単に死んでやる気はないぞ?」
「あ、当たり前です!」
「俺の出自がどうであれ変わらずに俺を愛してくれる人がいるから、俺は今更揺るがない」
今更真実が明らかになったとして、その事実で接する態度が変わるやつなど、はなからもうどうでもいい。そんな瑣末なことを気にして、どうでもいい奴らに心を割きたくはない。ジェレミーはハッキリとそう言い切った。
以前は自分の出自に強い嫌悪感と劣等感を持っていたのに、今の彼からはそれが感じられない。おそらくリリアンのおかげなのだろう。
(嬉しいけど、少し悔しいな)
キースは以前より自信に満ちた主君を見て少し寂しそうに笑った。これでもジェレミーをただのジェレミーとして見て接してきたつもりだが、自分では彼の認識を変えられなかったことが悔しいのだ。
「やはり愛には敵いませんね」
「何の話だよ」
「僕の片思いの話です」
「は?失恋でもしたのか?あ、別にお前の恋愛には興味ないから詳しく話すなよ」
「ひどっ!」
「それで?」
「……それで、とは?」
「リリアンは今どこに?」
「ああ、皇后宮です。確かめたいことがあるそうです。おそらくグレイス侯爵夫人に会いに行ったのではないかと」
「……一人で?」
「ええ、一人で」
「……」
「……え、何かまずいですか?」
「いや、まずくはないけと……、そうか、一人か……」
リリアンは強い。だが、一騎当千の兵というわけてはない。皇宮内で小隊以上の規模の兵を動かすことなど不可能だとは思いつつ、ジェレミーは胸騒ぎがした。
「仮に侯爵夫人が今回のことに何らかの形で関与していたとしても、ハイネ嬢の訪問は予告なしですし、向こうも対策が立てられない状況です。そんな状況で彼女がしてやられることなんてあるでしょうか?あの紫のローブを気まぐれにもらえるほどの方ですよ?」
「そう、だよな……。うん、そうだよな……」
「……」
「……悪い、何でもない。マクレーン領に行こう」
こういう心配は大体の場合、杞憂に終わる。ジェレミーは大丈夫だと立ち上がり、皆に移動する旨の指示を出した。
「殿下、行ってください」
移動するため、馬に乗ろうとしたジェレミーにキースは声をかけた。
ずっと不安げな顔をしているのがバレバレだったのだろう。キースは仕方がないなと肩をすくめた。
「……俺はシュナイダー卿の捜索を頼まれたんだ。他ならぬリリアンに」
「そうですね」
「リリアンは彼を大切に思っている。だから俺は彼を探さなきゃならない」
「ええ、そうですね」
「でも、俺が彼を見つけたいのはそれだけが理由じゃない」
ハイネ公爵邸に着いてすぐ、ジェレミーは手がかりを探すため、ベルンハルト・シュナイダーの部屋を見せてもらった。
整頓されていない煩雑とした部屋。しかし、その積み上げられた書物の量に、培養中の種子だけは整理整頓されているところに、作物の研究に対する熱意を感じた。
この国から、食べ物にありつけずに死んで行く人たちがいなくなるように。
そんな思いでずっと研究をしているらしい。ハイネ家の使用人は誇らしげに彼のことをそう話した。
「俺は、興味すら持たなかったのに……」
ずっと、死にたくて。でも無意味に死にたくなくて、せめて意味のある死を求めて魔獣討伐に赴いた。別に国のために戦ったわけじゃない。
リリアンがいなければ、きっと今も死を求めて森の奥深くを彷徨っていただろう。他人に興味ももたず、皇子としての役割など気に求めずに。
ジェレミーはギュッと拳を握った。
「キース、彼はこの国に必要だ」
「そうですね」
「俺は国のためにも、彼を探さねばならない」
「はい」
「だから、ここを離れるべきではない」
「……」
「……わかってはいるんだ。わかってはいるんだけど」
でも……。
「なあ、キース」
「はい、何でしょう」
「……ここの指揮、任せても良いか?」
ジェレミーはジッとキースの目を見つめて、困ったように笑った。それはどこか甘える子どものような表情だった。
この任は皇帝から与えられた任務。それを部下に押し付けて婚約者の元に向かうのはたぶん間違いだ。
わかってはいるのに、ジェレミーはどうしても彼女の身の安全を確認したくて仕方がない。
キースは初めて見る年相応の彼の姿に思わず笑みをこぼした。
随分と、人間らしくなったものだ。
「オペラのVIP席チケット2枚で手を打ちましょう。実は最近いい感じのレディがいるのです」
「……そういうのって自分の金でどうにかして誘うものだろう」
「僕の昇進を待ってたらレディが逃げます」
「仕方ないな。では特別にトラットリアのディナーもつけておいてやろう」
舌を出しておどけてみせるキースに、ジェレミーは予約半年待ちのレストランのディナーまで約束して彼と手を合わせた。
「これより、この場の指揮権はキース・クラインに移譲する!」
それだけ言い残すとジェレミーは馬に飛び乗り、帝都の方へと駆け出した。
彼の部下は何事かとキースに駆け寄る。
キースは気にするなとだけ伝え、すぐさまマクレーン伯爵領へと部隊を移動させた。
「さて、早いとこ見つけてあげないとな」
生きている可能性は限りなく低いだろう。だが諦めるわけにもいかない。
主君とその婚約者、二人に無事を望まれる彼を探し、キースは馬を走らせた。
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