58 / 80
55:尋問(2)
しおりを挟む地下牢から地上に出たリリアンは早足で歩き出した。
月明かりに照らされた静かな石畳の回廊に軍靴の足音が響く。
「クライン卿。すぐにジェレミー殿下の元へ行きなさい」
「え、僕は殿下からあなた様の護衛を申し付けられているのですが……」
「自分の身くらい自分で守れるわ。それよりも殿下のお体を確かめることの方が大切よ」
「と、いいますと?」
「……イライザが言っていたでしょう?瞳の色なんて魔法でどうとでもできると」
確かに、幻覚魔法を使えば瞳の色を違う色に見せることは可能だ。けれどそれをするには常時魔法を使用し続ける必要がある。普通の魔法師ですら長時間の魔法の使用はエネルギー切れを起こす危険があるのに、魔力保有量が限りなくゼロに近いジェレミーがそれをするなんて不可能だ。
つまりもし仮にジェレミーの瞳が何かの魔法によって変えられていたのならば、それはただの幻覚魔法ではないということ。
「常時魔法を使い続ける方法はただ一つ、黒魔法に頼ることよ。生贄があれば不可能なことも可能にできるのが黒魔法だもの」
「……まさか、イライザはジェレミー殿下に黒魔法を使ったと?」
「わからない。でももしそうだとしたら色々と辻褄が合うのよ」
イライザが吐いた『ヨハネスと婚約していればよかったのに』という恨み言は、リリアンがジェレミーの側にいると都合が悪いということ。
彼の目的のためにリリアンがジェレミーのそばにいるのは好ましくないということ。
そしてリリアンが得意とするのは黒魔法とは相性最悪な浄化魔法。
「……私の浄化魔法で殿下の瞳の色が変わった事を考えると、この推測はほぼ間違いなくあたっているわ」
だからイライザはジェレミーとリリアンの仲を引き裂こうと画策したのだ。自身の悪事を暴かれないようにするためだけに、周囲の目とヨハネスの善意とジェレミーの劣等感を利用して。
……それをよりにもよって、リリアンの大切で大好きな幼馴染ベルンハルトの姿で。
「クソ……っ!」
領地に帰るといつも無愛想な顔で、けれど必ず到着時に出迎えてくれたベルンハルトの姿を思い出したリリアンは舌を鳴らした。
「ハイネ嬢……」
「もしジェレミー本人も預かり知らぬところで何かされているのなら危険だわ。だから……」
「……早いこと確かめないと、ですね」
リリアンの説明にキースは顔を顰めた。自分から使用したわけでなくとも、黒魔法の力を享受した者には等しく罰が与えられる。きっとジェレミーが気が付いていないだけで、彼の体も少しずつ瘴気に蝕まれている。
キースは自身の頬を叩き、気合いを入れた。
「最速で殿下の元へ向かいます」
「お願い。……あ、でもジェレミーには地下で見聞きしたことは言わないで」
「え?でも……」
「確信が持てないことで悩ませたくはないわ。全てに確信が持てたら私から皆に伝えます。とりあえず、魔塔の医師を同行させているはずだからその人の健診を受けろと伝えて。『リリアン・ハイネがそうして欲しいと言っていた』とでも言えば素直に聞くでしょ?」
「ははっ。殿下の転がし方を心得てますね」
「まあね。あと、もう一つ。マクレーン伯爵領を調べるようにとも伝えて。その話をした時の彼の反応が不自然だったから、何がある可能性が高い」
「承知しました。ハイネ嬢はこれからどうなさるのですか?」
「私は夜が明けたら皇后宮へ謁見要請を出すわ。確かめたい事があるの」
そう言うと、リリアンは手に持っていた紫のローブを羽織ってみせた。
それは魔法師の中でも一握りの人間しか着ることの許されない最上級魔法師であることの証。
(ヨハネス殿下と婚約して以降、昇進試験を受けていないはずだから、ライセンスは中級だったはずだけど……、ほんとこの人は怖いな)
キースはヨハネスの婚約者として出会った頃リリアンの姿を思い出し、身震いした。あの頃はふわふわとしたお嬢様にしか見えなかったのに。本人は意識していないのだろうが、猫被りもいいところだ。
「い、いつ試験を?」
「昨日よ。持っていると何かと便利かと思って、ダメ元で魔法師長様に欲しいってお願いしたの。で、無詠唱魔法を披露したら試験なしでもくれたわ。こういうのは言ってみるものね」
「……は、ははっ」
無詠唱なんて見せられたら誰だって認めざるを得ない。キースは苦笑するしかなかった。
「あまり無茶はしないでくださいよ?それ持ってたら何をしてもお咎めなし、というわけではないんですから」
「わかってるわよ。では、殿下のことをよろしく。クライン卿」
「お任せください!」
キースは深々と頭を下げ、ジェレミーの元へと走った。
9
お気に入りに追加
355
あなたにおすすめの小説

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。
そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。
相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。
トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。
あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。
ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。
そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが…
追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。
今更ですが、閲覧の際はご注意ください。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

キャンプに行ったら異世界転移しましたが、最速で保護されました。
新条 カイ
恋愛
週末の休みを利用してキャンプ場に来た。一歩振り返ったら、周りの環境がガラッと変わって山の中に。車もキャンプ場の施設もないってなに!?クマ出現するし!?と、どうなることかと思いきや、最速でイケメンに保護されました、

【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!
桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。
「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。
異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。
初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!
身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】
妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。

じゃない方の私が何故かヤンデレ騎士団長に囚われたのですが
カレイ
恋愛
天使な妹。それに纏わりつく金魚のフンがこの私。
両親も妹にしか関心がなく兄からも無視される毎日だけれど、私は別に自分を慕ってくれる妹がいればそれで良かった。
でもある時、私に嫉妬する兄や婚約者に嵌められて、婚約破棄された上、実家を追い出されてしまう。しかしそのことを聞きつけた騎士団長が何故か私の前に現れた。
「ずっと好きでした、もう我慢しません!あぁ、貴方の匂いだけで私は……」
そうして、何故か最強騎士団長に囚われました。

【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~
降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?
せいめ
恋愛
政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。
喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。
そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。
その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。
閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。
でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。
家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。
その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。
まずは亡くなったはずの旦那様との話から。
ご都合主義です。
設定は緩いです。
誤字脱字申し訳ありません。
主人公の名前を途中から間違えていました。
アメリアです。すみません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる