【完結】狂愛の第二皇子は兄の婚約者を所望する

七瀬菜々

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53:神聖な会議室(3)

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 イライザ・ミュラーの罪は禁術である黒魔法を使用し、他人に成りすました事だ。
 禁術の使用はそれを企てただけでも極刑があり得るほどの重罪で、実際に使用したイライザは当然ながら死を免れることなどできない。
 キースから一通りの説明を受け、どよめく会議室で皇帝は頭を悩ませた。

「まあ、そういうわけだ、諸君。どう思う?」
「正直に申し上げるならば、信じがたい話です。黒魔法なんて」
「確かにミュラー家は過去に魔法師と婚姻を結んだこともありましたから、使用すること自体は可能でしょうが……」
「黒魔法は使えば心身共に瘴気に侵されます。誰がそんなリスクを冒してまで他人になりすますというのです。やはり自分も信じられません」

 使えば最後、それがバレようがバレまいが死を免れることはできない。
 英雄とまで呼ばれた男が、代償が重すぎるそれに手を出さねばならぬほどの理由とは一体何なのだろうか。考えるだけでも恐ろしい。

「気持ちはわかるが、信じられなくともそれが事実だ」
「魔法師長殿、彼はいつからベルンハルト・シュナイダーになりすましていたのですか?」
「現段階では不明です。精密な検査をすれば具体的にいつから黒魔法に手を染めていたのかはわかりますが、検査には身体的な負担がかなりかかりますので彼の怪我が回復するまでは……、難しいです」
「……す、すみません」

 暗にボコボコにしすぎたことを指摘されたリリアンは顔を伏せた。怒りで力がうまくコントロールできなかった自分の未熟さが恥ずかしいらしい。

「しかし、なぜシュナイダー家の次男になりすます必要があったのでしょうね?」
「確かにそうですね」
「ハイネ家に何か恨みでもあったのでは?その辺りはどうなのですか、公爵閣下」
「心当たりはないな。イライザとは彼が英雄と呼ばれるきっかけとなった大陸戦争でも共に戦った仲だ。少なくとも、彼が騎士を辞めるまで友好的な関係を築けていたと思っている」
「しかし、知らぬ間に恨みを買っていた可能性もあり得ますよね?彼は皇后陛下の苦しみを誰よりも近くで見てきた男ですから」

 皇后の心を壊した原因であるジェレミーを庇ってきたハイネ公爵のことをイライザは戦友と思ってるのだろうか、と暗にそう指摘してきたのはグレイス侯爵だった。
 ハイネ公爵はチッと舌を鳴らす。

「……仮に恨みを買っていたとしよう。しかし、だからどうした?私に恨みを持っていたら禁術の使用もやむを得ないとでも?」
「ハハッ。そういう意味で言った訳ではありませんよ」
「ではどういう意味だ?」
「ただ、解決の糸口になるかと思ってお聞きしたまでです。そう怖い顔をなさらないで、ね?」

 他意はない。そう言うグレイス侯爵だが、彼の発言で間違いなく、この場にいる人間に根本の原因がハイネ家にあるかも知れないという疑いを植え付けた。その空気感に教会の枢機卿たちはニヤリといやらしく口角を上げる。

「陛下、イライザ・ミュラー本人は何と言っているのですか?」
「完全に黙秘している。今は話す気がないらしい」
「それはそれは……、困りましたな」
「ああ、そうだな」
「やはり拷問にかけるしかないのでは?」
「それで吐く男ではないでしょう。いっそ彼への尋問は後回しにして、ひとまず魔塔の調査を優先してはどうでしょう。禁術は魔塔が管理しているはずですから」
「そうですね!禁術は一人では使えないものですし、生贄の準備も大変です。共犯者は確実に存在していると言って良いでしょう」
「……確かにそうだな」
「あ!もしや、魔塔にイライザの協力者がいるのでは?」
「おお!確かに、そう考えるのが自然かも知れませんな!」
「そのあたりはどうお考えですかな?ハイネ公爵閣下」

 わざとらしく声を大きくしてハイネ公爵に尋ねる枢機卿たち。
 ハイネ公爵は煩わしそうに眉を顰めた。

「いちいちこちらに話を振られても困る。魔塔は私の管理下にはない」
「……い、一応ご説明いたしますが、我々魔塔は研究機関であり、魔法師の管理と育成を行う教育機関です。公爵閣下はあくまでも魔塔に所属するその魔法師を率いて戦う将軍のお一人に過ぎません」
「しかし、魔法師長殿。閣下が魔法師を束ねる存在であるのは事実でしょう?魔塔への投資額はハイネ家がトップですし、魔塔は実質的に閣下の支配下にあるもの同然では?」
「いえ、決してそのようなことは……」
「私は魔法師の育成のために投資しているに過ぎないぞ。魔塔のやり方に口を出したこともなければ、魔塔を支配下に置いたつもりもないが?勝手な妄想で責任を押し付けないでいただきたい」

 どうしてもハイネ家に責任を取らせたいのが見え見えの教会側に、ハイネ公爵は苛立ちを隠せない。
 一方、自分たちの失態のせいで有力な支援者が糾弾されている状況に、魔法師長は焦っていた。
 皇帝はそんな空気が悪くなるばかりの状況を切り替えるべく、一呼吸置いて咳払いをした。
 主君の苛立ちと呆れを感じ取ったのか、場は一瞬で静まり返る。

「どうだろう、ここは魔塔の調査はハイネ公爵に任せてみようと思うのだが……。公爵、君なら身内だろうと犯罪者に容赦はしないだろう?」
「……しかし陛下。教会側あちらはそれで納得しないのでは?」
「信用ならないというのなら、教会の人間を数名派遣して合同で捜査すればいい。そうだろう?エイドリアン枢機卿」
「……仰せのままに」
「だそうだが?」
「……かしこまりました。では早急に調査いたしましょう」

 皇帝の有無を言わさぬ微笑みに、エイドリアンもハイネ公爵も苦笑いを浮かべながら頷いた。

 *

「……では、魔塔の調査はハイネ家と教会の合同チームで。行方不明のベルンハルト・シュナイダーの捜索についてはジェレミーに一任することにしよう。念のため魔法師も連れて行きなさい」
「はっ、仰せのままに」
「生贄にされた人間についてはヨハネスとグレイス侯爵に任せる。不自然な集団死がないか調べてくれ」
「はっ」
「かしこまりました」
「イライザの尋問については……、私がなんとかしよう」
「そうですね、父上にお任せするのが安心でしょう」

 イライザとは幼馴染の関係で付き合いが長い皇帝が自ら尋問する方が彼も心を開くだろう。皆もそれで納得し、ある程度全体の方針がまとまったところで、不意にリリアンが手を挙げた。
 そろそろ会議も終わろうと言うタイミングで、爵位を継承する権利も持たない小娘が図々しくも発言しようとしていることに周りは顔を顰める。しかし、皇帝は嬉しそうに目を細めた。

「何かな?ハイネ嬢」
「発言の許可を頂きたいのですが……」
「許可しよう」
「ありがとうございます、陛下。……もしよろしければ、一度だけで構いませんので私にイライザ・ミュラーの尋問をお任せいただけないでしょうか?」

 遠慮がちにそう求めたリリアン。もちろん自白させる術を持っているからこそ発言だが、貴族派の男たちは現実を知らない脳内お花畑のお嬢様を嘲笑った。

「はっはっは!さすがは閣下の娘さんだ。面白い冗談をおっしゃる」
「ハイネ嬢、尋問とはそう簡単なものではありませんよ」
「そうだぞ。話を聞かせてくださいと言って全て話してもらえるほど甘くはない」
「いやいや、侯爵様。ここは公女様にお任せしてはいかがですかな?自信がおありのようですし」
「重要な任務です。失敗は許されませんが、公女様ならうまくなさるでしょう。ねえ、公爵閣下?」

 万が一失敗しても、特に咎められることはない。ただ、ハイネ家の娘が自信満々に名乗りをあげ、結果を出せなかったという恥が残るだけだ。ならば憎きハイネ公爵には恥をかいてもらおう。
 ……と、いう魂胆が透けて見える貴族派の発言にリリアンは余裕の笑みを返した。そして皇帝の方を向き、決断を迫る。
 皇帝はハイネ公爵に目配せをしたが、彼は静かに頷いた。
 
「……良かろう。では一度君に任せてみよう、リリアン・ハイネ。何かわかったらすぐに教えてくれ」
「はい。お任せください、陛下」

 こうして、リリアンはイライザの尋問を担当することとなった。


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