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39:期待していたから(1)
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ジェレミーがリリアンを連行した先は医務室ではなかった。
そこは皇族としてはシンプルな、ただ広いだけの第二皇子の寝室。
ジェレミーは乱暴に彼女を部屋の中に押し込むと、キースに『呼ばれるまで部屋に近寄るな』と釘を刺し、彼の静止も聞かずに鍵をかけた。
張り詰めた冷たい空気。リリアンは何度もジェレミーの名を呼ぶが彼には届かず、彼女はいつのまにかベッドに転がされていた。
「兄上が言うように、本当は……。君は俺から離れたいのか?」
リリアンに覆い被さるようにして、ジェレミーは問い詰める。低くて冷やかな声色に、鋭い目つきはあの日と同じだ。
あの日、リリアンが彼の告白をなかったことにしようとした日と同じ。
「そんなこと、思ってない」
「じゃあ、どうして兄上と話し込んでいたんだ?」
「ど、どうしてって、会えば話くらいするでしょ?皇族を無視するなんてできないし……」
本当はがっつり無視していたが、思わず嘘をついてしまったリリアンは無意識に目を逸らせた。
しかし、これが良くなかった。
ジェレミーは彼女の頭上でその細い両手首を片手で拘束すると、耳から頬、首筋を艶かしく撫でる。
リリアンは冷たい指先に体を震わせた。
「リリアン……。ねえ、リリー……」
「ジェレミー。手、痛い」
「ねえ、おかしいと思わない?無視できないなんて、そんなことないよね?だって君が兄上と婚約していた時は、兄上とのお茶の時間の前に俺が話しかけても『あとで』と言われていた気がするけど。今日は『あとで』とは言わなかったのか?」
「そ、それは……ヨハンに相談したい事があって……」
「相談?俺じゃなくて、わざわざ兄上に相談することって何だろう。破談の話かな?」
「だから違うってば!私は破談なんて望んでない!」
「その割にはさっき、ずっと兄上の後ろに隠れて、俺の方には来てくれなかったよね?」
「だって、それはヨハンが……」
「ほら、まただ」
「……え?」
「また、名前で呼んだ」
リリアンは気を抜くとすぐに、ヨハネスのことを愛称で呼ぶ。
ジェレミーは悔しそうに奥歯を鳴らした。
「……俺は最近の君の反応があまりにも可愛いから、君がようやく俺のことを好きになってくれたんだとと思っていたよ」
「ち、違っ……!」
違うなんては事ないのに、自分の気持ちが漏れていたことが恥ずかしく、リリアンは反射的に否定してしまった。
自分の失言に気づき、彼女は咄嗟に口を塞ぐ。
ジェレミーはそれをどう捉えたのか、顔を歪め、乾いた笑みをこぼした。
少しずつ、色んなことがすれ違い、噛み合わなくなっていく。
「ははっ……。そうだよな。違うよな。そんなことあるわけないのに。勝手に勘違いして、君にとってはさぞ気持ち悪かったことだろう」
「ちがっ!今のは違くて……。違くないけど、違くてっ!私は……」
「残酷だよね、リリアンは。俺のこと期待させておいて……。でも、残念。君がどう思おうとも、君は俺と結婚するんだ」
「ジェレミー、違うの!聞いて!」
「やだよ、聞きたくない」
何も聞きたくない。だって今、何を言われても信じられないから。
ジェレミーは強引に彼女の口を塞いだ。
(さっきはまるで、俺が悪者みだいたった……。まあ、間違っていないけど……)
ヨハネスがリリアンに好意を寄せていることは知っていた。
そしてその感情を彼が自覚していないことも知っていた。
でも兄にそのことを伝えず、彼が弟を哀れに思う感情を利用した。
そう、本当はあの日。ヨハネスが婚約の解消を提案したあの日。確かにやけ酒はしたが、ジェレミーは別に酔ってなどいなかったのだ。
今までわがままなど一つも言ったことのない自分が、『リリアンが欲しい』とわがままを言えばどんな展開になるか、ジェレミーはある程度予測できていた。
だから先程の兄の後ろに隠れるリリアンの姿を見て、思ってしまった。
ーーーーやっぱり、彼女には完璧な王子様のヨハネスの隣が似合う、と。
ずっと、嫌と言うほどに彼らが横に並ぶ姿を見てきたが、どう見てもお似合いだ。
太陽のように明るく周りを照らす彼女に、日陰で生きてきた自分は相応しくない。
初めからわかっていたことだ。だからこそ、その自覚があるからこそ、心は手に入らなくてもよかったはずだった。
それなのに……。
「俺のこと好きになってくれるって言ってたのに……」
ジェレミーは蚊の鳴くような声でつぶやいた。
リリアンが気持ちを返そうと努力してくれるから、期待した。
本当に両思いになれる気がしていた。
そんなこと、有りはしないのに。
「好きだよ、リリー。大好き。愛してる……ずっと、ずっと好きだよ……」
ジェレミーはリリアンの肩口に顔を埋めて、繰り返し愛を囁いた。
それは、今にも壊れてしまいそうなほどに切実で、とても悲しい声だった。
そこは皇族としてはシンプルな、ただ広いだけの第二皇子の寝室。
ジェレミーは乱暴に彼女を部屋の中に押し込むと、キースに『呼ばれるまで部屋に近寄るな』と釘を刺し、彼の静止も聞かずに鍵をかけた。
張り詰めた冷たい空気。リリアンは何度もジェレミーの名を呼ぶが彼には届かず、彼女はいつのまにかベッドに転がされていた。
「兄上が言うように、本当は……。君は俺から離れたいのか?」
リリアンに覆い被さるようにして、ジェレミーは問い詰める。低くて冷やかな声色に、鋭い目つきはあの日と同じだ。
あの日、リリアンが彼の告白をなかったことにしようとした日と同じ。
「そんなこと、思ってない」
「じゃあ、どうして兄上と話し込んでいたんだ?」
「ど、どうしてって、会えば話くらいするでしょ?皇族を無視するなんてできないし……」
本当はがっつり無視していたが、思わず嘘をついてしまったリリアンは無意識に目を逸らせた。
しかし、これが良くなかった。
ジェレミーは彼女の頭上でその細い両手首を片手で拘束すると、耳から頬、首筋を艶かしく撫でる。
リリアンは冷たい指先に体を震わせた。
「リリアン……。ねえ、リリー……」
「ジェレミー。手、痛い」
「ねえ、おかしいと思わない?無視できないなんて、そんなことないよね?だって君が兄上と婚約していた時は、兄上とのお茶の時間の前に俺が話しかけても『あとで』と言われていた気がするけど。今日は『あとで』とは言わなかったのか?」
「そ、それは……ヨハンに相談したい事があって……」
「相談?俺じゃなくて、わざわざ兄上に相談することって何だろう。破談の話かな?」
「だから違うってば!私は破談なんて望んでない!」
「その割にはさっき、ずっと兄上の後ろに隠れて、俺の方には来てくれなかったよね?」
「だって、それはヨハンが……」
「ほら、まただ」
「……え?」
「また、名前で呼んだ」
リリアンは気を抜くとすぐに、ヨハネスのことを愛称で呼ぶ。
ジェレミーは悔しそうに奥歯を鳴らした。
「……俺は最近の君の反応があまりにも可愛いから、君がようやく俺のことを好きになってくれたんだとと思っていたよ」
「ち、違っ……!」
違うなんては事ないのに、自分の気持ちが漏れていたことが恥ずかしく、リリアンは反射的に否定してしまった。
自分の失言に気づき、彼女は咄嗟に口を塞ぐ。
ジェレミーはそれをどう捉えたのか、顔を歪め、乾いた笑みをこぼした。
少しずつ、色んなことがすれ違い、噛み合わなくなっていく。
「ははっ……。そうだよな。違うよな。そんなことあるわけないのに。勝手に勘違いして、君にとってはさぞ気持ち悪かったことだろう」
「ちがっ!今のは違くて……。違くないけど、違くてっ!私は……」
「残酷だよね、リリアンは。俺のこと期待させておいて……。でも、残念。君がどう思おうとも、君は俺と結婚するんだ」
「ジェレミー、違うの!聞いて!」
「やだよ、聞きたくない」
何も聞きたくない。だって今、何を言われても信じられないから。
ジェレミーは強引に彼女の口を塞いだ。
(さっきはまるで、俺が悪者みだいたった……。まあ、間違っていないけど……)
ヨハネスがリリアンに好意を寄せていることは知っていた。
そしてその感情を彼が自覚していないことも知っていた。
でも兄にそのことを伝えず、彼が弟を哀れに思う感情を利用した。
そう、本当はあの日。ヨハネスが婚約の解消を提案したあの日。確かにやけ酒はしたが、ジェレミーは別に酔ってなどいなかったのだ。
今までわがままなど一つも言ったことのない自分が、『リリアンが欲しい』とわがままを言えばどんな展開になるか、ジェレミーはある程度予測できていた。
だから先程の兄の後ろに隠れるリリアンの姿を見て、思ってしまった。
ーーーーやっぱり、彼女には完璧な王子様のヨハネスの隣が似合う、と。
ずっと、嫌と言うほどに彼らが横に並ぶ姿を見てきたが、どう見てもお似合いだ。
太陽のように明るく周りを照らす彼女に、日陰で生きてきた自分は相応しくない。
初めからわかっていたことだ。だからこそ、その自覚があるからこそ、心は手に入らなくてもよかったはずだった。
それなのに……。
「俺のこと好きになってくれるって言ってたのに……」
ジェレミーは蚊の鳴くような声でつぶやいた。
リリアンが気持ちを返そうと努力してくれるから、期待した。
本当に両思いになれる気がしていた。
そんなこと、有りはしないのに。
「好きだよ、リリー。大好き。愛してる……ずっと、ずっと好きだよ……」
ジェレミーはリリアンの肩口に顔を埋めて、繰り返し愛を囁いた。
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