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34:ベルンハルトの手紙(2)
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「リリアン、他の手紙も確認して良いか?」
全ての手紙を古いものから順に机に広げたジェレミーは遠慮がちに尋ねた。冷静に考えれば、本人の許可なく手紙を改めるなど、褒められた行為ではないからだ。
だが、ジェレミーにとっての疑惑の人物であるイライザミュラーの弟子である男が、突然騎士になり皇宮に来たとなれば怪しすぎるのもまた事実。
リリアンは、先ほどのベルンハルトの発言は聞き流せないものだし、イライザの影響なのか、それとも別の奴らが何が吹き込んだのかを知れるかもしれないからこれは致し方ない、と頷いた。
そして手紙を確認すること小一時間。内容には特にこれといって不審な点は見当たらなかった。
イライザの出会ったいう1年ほど前から、微かに筆跡が変わっているようにも見えるが、騎士としての鍛錬が厳しく、手に豆でもできていたのだとすると多少の筆跡の変化はあり得るだろう。
「気になることと言えば、この頃から使用人のことを書かなくなってるわね。ベルンは使用人との仲が良かったから、私と仲の良かったメイドの話をかいてくれていたのに、1年ほど前からは書かなくなってる」
「確かに、本当に業務連絡という感じになってきているな」
1年前から、本当に必要最低限の業務連絡しか書いていない。
必要のないことを書くほど子どもではなくなったと捉えられなくもないが、何か理由があって書いていない可能性もある。だが、この変化に裏があるともないとも断言できない。
仕方がないのでリリアンは領地に連絡を取り、使用人たちからベルンハルトの話を聞いてみることにした。
「領地での様子がどうだったか、聞いてみる。返事はすぐにもらえるようにしておくから」
「ありがとう、リリアン」
「ううん。私も今日のベルンとの会話で、彼には違和感を感じているし、彼が何を考えているのか知りたいもの。……そして、知った上で二度とくだらないこと言えないよう、根性を叩き直してやるわ」
リリアンは拳を鳴らしながら頬を膨らませた。
可愛く怒っているが、リリアンが根性を叩き直すということはおそらくハイネ公爵家流なので、ほぼ拷問に近い。
ジェレミーは思わずフッと笑ってしまった。
「リリアンを怒らせると大変だな」
「そうよ? だからジェレミーも気をつけてね?」
「ははっ。こわいこわい」
冗談っぽく笑いつつ、ジェレミーはふと、リリアンに髪に手を伸ばした。コロコロと表情を変える彼女を可愛く感じたのだ。
すると、くすぐったかったのか、リリアンはビクッと体を硬らせた。ジェレミーは拒まれたと思い、すぐに手を引っ込める。
「……ごめん」
「き、き、きす?」
「……ん?」
「き、キスするの?」
「え?」
リリアンは俯いてもじもじと手元をいじり始めた。その銀髪から覗く耳は微かに赤い。
「ちょ、ちょちょ……、ちょっと待って。私、その、慣れてないし、心の準備というか……、そういうの、必要でしょ?」
「はあ……」
「ちょっと待って、落ち着くから!」
「う、うん……」
何を勘違いしているのだろうかと困惑するジェレミー。
スーハースーハーと深呼吸して息を整えたリリアンは、挑むような目をして顔を上げ、ぎゅっと目を瞑った。
「はい! どうぞ!」
「どうぞって……。え? していいの?」
「……え?」
「……え?」
「……」
「……ちがう、の?」
ゆっくりと目を開け、上目遣いでこちらを見てくるリリアンに、ジェレミーはこくりと頷いた。
自分の勘違いに気がついたリリアンは瞳を潤ませて、みるみる顔を赤くする。
耐えきれなくなったジェレミーはとうとう吹き出してしまった。そして彼女の腕を掴み、自分の方へと引き寄せる。
「違わない」
「あ、ジェレミー……」
「いい?」
「う、うん」
ジェレミーはリリアンの腰に手を当て、顔にかかった彼女の髪をそっと耳にかけた。
リリアンは彼の黄金の瞳に吸い寄せられるように、少し背伸びをする。しばらく見つめ合っていた2人は、静かに目を閉じた。
………が、しかし。
ここでそう簡単にキスをさせないのが、キース・クラインである。
予定より早くお使いを済ませたことを褒めてもらえるだろうと期待して執務室の扉を開けた彼は、リリアンの背中越しに見える主人と目が合った。
どうして自分はこんなにもタイミングが悪いのだろうか。キースはそういう星のもとに生まれた自分の運命を呪った。
「……」
「……」
緊張のあまり、キースが入ってきたことにリリアンが気づいていないのが不幸中の幸いと言うべきか。
ジェレミーは青い顔で固まっているキースに何も言うことなく、リリアンの耳を塞ぐようにして口付けた。
「んっ! んむぅ!?」
啄む程度のキスかと思っていたら、予想以上に深く口付けられ、リリアンは困惑のあまり目を見開いた。息が苦しくなり、ジェレミーから逃れようとするも、腰を抱く腕は力強く離れることができない。
合間で息継ぎをする間隔を与えつつも、身動ぐ彼女を離さない主人の姿に、キースはやっと察した。
(あ、出てけって言ってる)
殺意のこもった視線を向けられたキースは、ジェレミーから目を逸らさないようにしつつ、後退りする。
そして後ろ手でドアノブを握り、静かに部屋の外へと出ると、一切音を立てないように扉を閉めた。
でもどれだけ静かにしようとも、多分、後で殺されるだろう。
キースは泣きながら執務室を後にした。
「ぷはっ! ………ちょっと、ジェレミー!?」
ようやく解放されたリリアンはガクッとその場に崩れ落ちた。
ジェレミーはリリアンを抱き抱えると、ソファに移動する。そして彼女を膝の上に乗せたまま、後ろからキツく抱きしめた。
「ごめん。やりすぎた」
「本当にね!? 私、初心者なのよ! て、手加減してくれないと!」
「無理だよ。可愛すぎて自制が効かない。むしろ本当は今すぐ寝室に連れて行きたいくらいなのに、それを我慢してることを褒めて欲しい」
「なっ!」
「好きだよ。リリアン……」
ジェレミーはリリアンの頸にそっとキスすると、それからしばらく、彼女を抱きしめたまま穏やかな時間を堪能した。
結局、その日の逢引はリリアンだけが心の休まらない時間となった。
全ての手紙を古いものから順に机に広げたジェレミーは遠慮がちに尋ねた。冷静に考えれば、本人の許可なく手紙を改めるなど、褒められた行為ではないからだ。
だが、ジェレミーにとっての疑惑の人物であるイライザミュラーの弟子である男が、突然騎士になり皇宮に来たとなれば怪しすぎるのもまた事実。
リリアンは、先ほどのベルンハルトの発言は聞き流せないものだし、イライザの影響なのか、それとも別の奴らが何が吹き込んだのかを知れるかもしれないからこれは致し方ない、と頷いた。
そして手紙を確認すること小一時間。内容には特にこれといって不審な点は見当たらなかった。
イライザの出会ったいう1年ほど前から、微かに筆跡が変わっているようにも見えるが、騎士としての鍛錬が厳しく、手に豆でもできていたのだとすると多少の筆跡の変化はあり得るだろう。
「気になることと言えば、この頃から使用人のことを書かなくなってるわね。ベルンは使用人との仲が良かったから、私と仲の良かったメイドの話をかいてくれていたのに、1年ほど前からは書かなくなってる」
「確かに、本当に業務連絡という感じになってきているな」
1年前から、本当に必要最低限の業務連絡しか書いていない。
必要のないことを書くほど子どもではなくなったと捉えられなくもないが、何か理由があって書いていない可能性もある。だが、この変化に裏があるともないとも断言できない。
仕方がないのでリリアンは領地に連絡を取り、使用人たちからベルンハルトの話を聞いてみることにした。
「領地での様子がどうだったか、聞いてみる。返事はすぐにもらえるようにしておくから」
「ありがとう、リリアン」
「ううん。私も今日のベルンとの会話で、彼には違和感を感じているし、彼が何を考えているのか知りたいもの。……そして、知った上で二度とくだらないこと言えないよう、根性を叩き直してやるわ」
リリアンは拳を鳴らしながら頬を膨らませた。
可愛く怒っているが、リリアンが根性を叩き直すということはおそらくハイネ公爵家流なので、ほぼ拷問に近い。
ジェレミーは思わずフッと笑ってしまった。
「リリアンを怒らせると大変だな」
「そうよ? だからジェレミーも気をつけてね?」
「ははっ。こわいこわい」
冗談っぽく笑いつつ、ジェレミーはふと、リリアンに髪に手を伸ばした。コロコロと表情を変える彼女を可愛く感じたのだ。
すると、くすぐったかったのか、リリアンはビクッと体を硬らせた。ジェレミーは拒まれたと思い、すぐに手を引っ込める。
「……ごめん」
「き、き、きす?」
「……ん?」
「き、キスするの?」
「え?」
リリアンは俯いてもじもじと手元をいじり始めた。その銀髪から覗く耳は微かに赤い。
「ちょ、ちょちょ……、ちょっと待って。私、その、慣れてないし、心の準備というか……、そういうの、必要でしょ?」
「はあ……」
「ちょっと待って、落ち着くから!」
「う、うん……」
何を勘違いしているのだろうかと困惑するジェレミー。
スーハースーハーと深呼吸して息を整えたリリアンは、挑むような目をして顔を上げ、ぎゅっと目を瞑った。
「はい! どうぞ!」
「どうぞって……。え? していいの?」
「……え?」
「……え?」
「……」
「……ちがう、の?」
ゆっくりと目を開け、上目遣いでこちらを見てくるリリアンに、ジェレミーはこくりと頷いた。
自分の勘違いに気がついたリリアンは瞳を潤ませて、みるみる顔を赤くする。
耐えきれなくなったジェレミーはとうとう吹き出してしまった。そして彼女の腕を掴み、自分の方へと引き寄せる。
「違わない」
「あ、ジェレミー……」
「いい?」
「う、うん」
ジェレミーはリリアンの腰に手を当て、顔にかかった彼女の髪をそっと耳にかけた。
リリアンは彼の黄金の瞳に吸い寄せられるように、少し背伸びをする。しばらく見つめ合っていた2人は、静かに目を閉じた。
………が、しかし。
ここでそう簡単にキスをさせないのが、キース・クラインである。
予定より早くお使いを済ませたことを褒めてもらえるだろうと期待して執務室の扉を開けた彼は、リリアンの背中越しに見える主人と目が合った。
どうして自分はこんなにもタイミングが悪いのだろうか。キースはそういう星のもとに生まれた自分の運命を呪った。
「……」
「……」
緊張のあまり、キースが入ってきたことにリリアンが気づいていないのが不幸中の幸いと言うべきか。
ジェレミーは青い顔で固まっているキースに何も言うことなく、リリアンの耳を塞ぐようにして口付けた。
「んっ! んむぅ!?」
啄む程度のキスかと思っていたら、予想以上に深く口付けられ、リリアンは困惑のあまり目を見開いた。息が苦しくなり、ジェレミーから逃れようとするも、腰を抱く腕は力強く離れることができない。
合間で息継ぎをする間隔を与えつつも、身動ぐ彼女を離さない主人の姿に、キースはやっと察した。
(あ、出てけって言ってる)
殺意のこもった視線を向けられたキースは、ジェレミーから目を逸らさないようにしつつ、後退りする。
そして後ろ手でドアノブを握り、静かに部屋の外へと出ると、一切音を立てないように扉を閉めた。
でもどれだけ静かにしようとも、多分、後で殺されるだろう。
キースは泣きながら執務室を後にした。
「ぷはっ! ………ちょっと、ジェレミー!?」
ようやく解放されたリリアンはガクッとその場に崩れ落ちた。
ジェレミーはリリアンを抱き抱えると、ソファに移動する。そして彼女を膝の上に乗せたまま、後ろからキツく抱きしめた。
「ごめん。やりすぎた」
「本当にね!? 私、初心者なのよ! て、手加減してくれないと!」
「無理だよ。可愛すぎて自制が効かない。むしろ本当は今すぐ寝室に連れて行きたいくらいなのに、それを我慢してることを褒めて欲しい」
「なっ!」
「好きだよ。リリアン……」
ジェレミーはリリアンの頸にそっとキスすると、それからしばらく、彼女を抱きしめたまま穏やかな時間を堪能した。
結局、その日の逢引はリリアンだけが心の休まらない時間となった。
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