30 / 71
28:杞憂でありますように
しおりを挟む
ダニエルが部屋を出ると、すぐ近くでキースが待っていた。キースは人好きのする笑みを浮かべて『どうでした?』と声をかける。
「イライザ殿のことは自分も気になるもので。すみません、こんな探偵みたいな事をさせて」
「いや、こちらとしてもいずれ話を聞きたいと思っていたところだ。しかし残念ながら、新しい情報は何も出てこなかったな。公爵領にいたという事は把握していたし。まあ、まさかそこで弟子を取っているとは思わなかったが……」
「そうですか。それは残念です」
「ほんと、どこに行ったのやら……」
「有名人ですから、すぐに見つかりそうなものですけど、不思議ですね」
「まあ、あの方は強いから死んでいるということはないと思うが……」
「放浪癖のある身内がいると大変ですね」
「ははっ……。本当にな」
ダニエルはやれやれと肩をすくめた。そして『では、また』と彼が踵を返したところでキースが引き留める。
「あ、すみません。ついでに一つだけ良いですか?」
「ああ、何だ?」
「ミュラー卿から見て、ベルンハルト・シュナイダーはどうでしたか?」
「どう、とは?」
「いや、騎士の先輩であるミュラー卿から見て、彼に騎士が務まるのかと思いまして。ハイネ嬢の話だと数年前までは貧弱な男だったらしいですし……」
「あー、どうだろう。パッと見た限りでは貧弱とは無縁の体格に思えたが。雰囲気も最強の剣士と名高い叔父上にどことなく似て……ん? ああ、そうか!」
ベルンハルトの印象について話ながら、ダニエルはひとり、何かを納得した様に手を叩いた。
「どうかしましたか?」
「いや、シュナイダー卿と話していて妙な違和感があるから、何かと思っていたんだが、どうやら彼は叔父上に似過ぎているようだ」
「似過ぎている?」
「顔が、とかではなく、なんて言うのかな? ちょっとした仕草とか会話の間とかがそっくりなんだ」
「それはイライザ殿に指導を受けたから、ですかね?」
「おそらくはそうだろう。もしくは彼の中身が叔父上本人か、だな」
「ははっ。魔力もないイライザ殿が変身の魔法でも使ったというのですか? ミュラー卿でも冗談を言うのですね」
「どうやら、疲れているのかもしれない。最近殿下のサボりグセがひどいから」
「それはそれは、心中お察しいたします」
「はは……。君もな」
大変なのはお互い様だと、ダニエルは苦笑した。
「まあ、師匠があのイライザ・ミュラーなのだから心配する事はない。もし使い物にならなかったら私が鍛え直してやるから、連れて来れば良い」
「それもそうですね。ありがとうございます」
「では」
ダニエルは軽く頭を下げると、小走りで第一皇子の元へと帰って行った。
「うーむ……」
遠くなるダニエルの姿を眺めつつ、キースは考える。
イライザは今、どこに居るんだろうか。本当に気まぐれに弟子を取っただけなのだろうか。それとも何か企んでいるんだろうか。わからない。
「心配しすぎなのか?」
この胸騒ぎが杞憂で終われば良いのに。キースは頭を抱えてしゃがみ込んだ。
すると、通りすがりのメイドが怪訝な表情で声をかける。
「あのー、クライン卿? 大丈夫ですか?」
「え?ああ、大丈夫大丈夫。ははっ……」
キースは誤魔化すように笑いながら、すぐに立ちあがった。
見られていたとは思わず、恥ずかしさで顔が火照る。メイドの彼女はそんな彼をジーッと見つめた。
「ん? どうかした?」
「あ、いえ。クライン卿がこちらにいらっしゃるということは、大丈夫かなーと」
「何が?」
「実は先程休憩室から帰るときに皇后宮の侍女軍団が温室の方に向かっていらしたので、とりあえず急いで侍女の方に、今はジェレミー殿下がご使用中だということお伝えしたんです。そうしましたら、『もういないことは確認済みだから大丈夫』って、言われまして……」
「……え?」
「確認したのなら大丈夫かと、こちらに戻って来たんですけど、クライン卿がこちらにいらっしゃるということは、殿下ももう戻られてますよね?」
メイドの彼女は、良かったぁとホッとしたように胸を撫で下ろした。
だが、それとは反対にキースの額からは冷や汗が滲み出る。
体が一気に体温を奪われたように寒い。
「まずい……!」
「え……?」
「それ、何分前の事!?」
「ついさっきですけど……。え?まさか……」
「そのまさかだ! まだ殿下は温室だ!」
「そ、そんな! どうしよう! ご、ごめんなさい…。自分で確認しておけば良かったです!」
「後悔するのは後だ! とりあえず、君は急いでヨハネス殿下をお呼びして! 僕が温室に向かう! 急げ!」
「は、はい!」
キースは声を荒げ、メイドに指示を出した。メイドは焦るあまり足が絡まってコケそうになりつつも、急いでヨハネスの元に向かう。
キースも踵を返すと、全速力で温室へと向かった。
(まずいまずいまずい!)
普段は自分の宮から出ない皇后だが、たまにこうして気まぐれに外出する時がある。
その時、ジェレミーは彼女の視界に入らないように気を配るのが昔から暗黙のルールとなっていた。
(何であの人が、自分のことを見もしない母親のために気を使わねばならないんだよ!)
キースは回廊を駆け抜けながら、大きく舌打ちした。
皇后の精神の安全のためだが何だか知らないが、気まぐれに外出する彼女に合わせなければならないジェレミーは、いつも苦労している。
もし誤って顔を合わせるなんてことがあれば、ジェレミーは毎度毎度、皇后の侍女たちから心ない言葉を浴びせられる。
そして、自分の顔を見て取り乱す母親の姿に心を痛めるのだ。
「くそッ!」
おそらく、先程のメイドが声をかけた皇后宮の侍女は確認を怠ったのだろう。
事前に温室を使う事は伝えてあるはずだし、皇后のことを思うのなら確認するはずだ。
「外に護衛の騎士はいるが……」
彼らは皆、新人だ。このルールの重要性をどこまで理解しているかわからない。もし、親子なのだからと扉を開けてしまったらと考えるとゾッとする。
キースは自分の心配が杞憂に終わることを祈った。
「イライザ殿のことは自分も気になるもので。すみません、こんな探偵みたいな事をさせて」
「いや、こちらとしてもいずれ話を聞きたいと思っていたところだ。しかし残念ながら、新しい情報は何も出てこなかったな。公爵領にいたという事は把握していたし。まあ、まさかそこで弟子を取っているとは思わなかったが……」
「そうですか。それは残念です」
「ほんと、どこに行ったのやら……」
「有名人ですから、すぐに見つかりそうなものですけど、不思議ですね」
「まあ、あの方は強いから死んでいるということはないと思うが……」
「放浪癖のある身内がいると大変ですね」
「ははっ……。本当にな」
ダニエルはやれやれと肩をすくめた。そして『では、また』と彼が踵を返したところでキースが引き留める。
「あ、すみません。ついでに一つだけ良いですか?」
「ああ、何だ?」
「ミュラー卿から見て、ベルンハルト・シュナイダーはどうでしたか?」
「どう、とは?」
「いや、騎士の先輩であるミュラー卿から見て、彼に騎士が務まるのかと思いまして。ハイネ嬢の話だと数年前までは貧弱な男だったらしいですし……」
「あー、どうだろう。パッと見た限りでは貧弱とは無縁の体格に思えたが。雰囲気も最強の剣士と名高い叔父上にどことなく似て……ん? ああ、そうか!」
ベルンハルトの印象について話ながら、ダニエルはひとり、何かを納得した様に手を叩いた。
「どうかしましたか?」
「いや、シュナイダー卿と話していて妙な違和感があるから、何かと思っていたんだが、どうやら彼は叔父上に似過ぎているようだ」
「似過ぎている?」
「顔が、とかではなく、なんて言うのかな? ちょっとした仕草とか会話の間とかがそっくりなんだ」
「それはイライザ殿に指導を受けたから、ですかね?」
「おそらくはそうだろう。もしくは彼の中身が叔父上本人か、だな」
「ははっ。魔力もないイライザ殿が変身の魔法でも使ったというのですか? ミュラー卿でも冗談を言うのですね」
「どうやら、疲れているのかもしれない。最近殿下のサボりグセがひどいから」
「それはそれは、心中お察しいたします」
「はは……。君もな」
大変なのはお互い様だと、ダニエルは苦笑した。
「まあ、師匠があのイライザ・ミュラーなのだから心配する事はない。もし使い物にならなかったら私が鍛え直してやるから、連れて来れば良い」
「それもそうですね。ありがとうございます」
「では」
ダニエルは軽く頭を下げると、小走りで第一皇子の元へと帰って行った。
「うーむ……」
遠くなるダニエルの姿を眺めつつ、キースは考える。
イライザは今、どこに居るんだろうか。本当に気まぐれに弟子を取っただけなのだろうか。それとも何か企んでいるんだろうか。わからない。
「心配しすぎなのか?」
この胸騒ぎが杞憂で終われば良いのに。キースは頭を抱えてしゃがみ込んだ。
すると、通りすがりのメイドが怪訝な表情で声をかける。
「あのー、クライン卿? 大丈夫ですか?」
「え?ああ、大丈夫大丈夫。ははっ……」
キースは誤魔化すように笑いながら、すぐに立ちあがった。
見られていたとは思わず、恥ずかしさで顔が火照る。メイドの彼女はそんな彼をジーッと見つめた。
「ん? どうかした?」
「あ、いえ。クライン卿がこちらにいらっしゃるということは、大丈夫かなーと」
「何が?」
「実は先程休憩室から帰るときに皇后宮の侍女軍団が温室の方に向かっていらしたので、とりあえず急いで侍女の方に、今はジェレミー殿下がご使用中だということお伝えしたんです。そうしましたら、『もういないことは確認済みだから大丈夫』って、言われまして……」
「……え?」
「確認したのなら大丈夫かと、こちらに戻って来たんですけど、クライン卿がこちらにいらっしゃるということは、殿下ももう戻られてますよね?」
メイドの彼女は、良かったぁとホッとしたように胸を撫で下ろした。
だが、それとは反対にキースの額からは冷や汗が滲み出る。
体が一気に体温を奪われたように寒い。
「まずい……!」
「え……?」
「それ、何分前の事!?」
「ついさっきですけど……。え?まさか……」
「そのまさかだ! まだ殿下は温室だ!」
「そ、そんな! どうしよう! ご、ごめんなさい…。自分で確認しておけば良かったです!」
「後悔するのは後だ! とりあえず、君は急いでヨハネス殿下をお呼びして! 僕が温室に向かう! 急げ!」
「は、はい!」
キースは声を荒げ、メイドに指示を出した。メイドは焦るあまり足が絡まってコケそうになりつつも、急いでヨハネスの元に向かう。
キースも踵を返すと、全速力で温室へと向かった。
(まずいまずいまずい!)
普段は自分の宮から出ない皇后だが、たまにこうして気まぐれに外出する時がある。
その時、ジェレミーは彼女の視界に入らないように気を配るのが昔から暗黙のルールとなっていた。
(何であの人が、自分のことを見もしない母親のために気を使わねばならないんだよ!)
キースは回廊を駆け抜けながら、大きく舌打ちした。
皇后の精神の安全のためだが何だか知らないが、気まぐれに外出する彼女に合わせなければならないジェレミーは、いつも苦労している。
もし誤って顔を合わせるなんてことがあれば、ジェレミーは毎度毎度、皇后の侍女たちから心ない言葉を浴びせられる。
そして、自分の顔を見て取り乱す母親の姿に心を痛めるのだ。
「くそッ!」
おそらく、先程のメイドが声をかけた皇后宮の侍女は確認を怠ったのだろう。
事前に温室を使う事は伝えてあるはずだし、皇后のことを思うのなら確認するはずだ。
「外に護衛の騎士はいるが……」
彼らは皆、新人だ。このルールの重要性をどこまで理解しているかわからない。もし、親子なのだからと扉を開けてしまったらと考えるとゾッとする。
キースは自分の心配が杞憂に終わることを祈った。
5
お気に入りに追加
318
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ヤンデレ旦那さまに溺愛されてるけど思い出せない
斧名田マニマニ
恋愛
待って待って、どういうこと。
襲い掛かってきた超絶美形が、これから僕たち新婚初夜だよとかいうけれど、全く覚えてない……!
この人本当に旦那さま?
って疑ってたら、なんか病みはじめちゃった……!
彼氏に別れを告げたらヤンデレ化した
Fio
恋愛
彼女が彼氏に別れを切り出すことでヤンデレ・メンヘラ化する短編ストーリー。様々な組み合わせで書いていく予定です。良ければ感想、お気に入り登録お願いします。
ヤンデレ幼馴染が帰ってきたので大人しく溺愛されます
下菊みこと
恋愛
私はブーゼ・ターフェルルンデ。侯爵令嬢。公爵令息で幼馴染、婚約者のベゼッセンハイト・ザンクトゥアーリウムにうっとおしいほど溺愛されています。ここ数年はハイトが留学に行ってくれていたのでやっと離れられて落ち着いていたのですが、とうとうハイトが帰ってきてしまいました。まあ、仕方がないので大人しく溺愛されておきます。
お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
執着系逆ハー乙女ゲームに転生したみたいだけど強ヒロインなら問題ない、よね?
陽海
恋愛
乙女ゲームのヒロインに転生したと気が付いたローズ・アメリア。
この乙女ゲームは攻略対象たちの執着がすごい逆ハーレムものの乙女ゲームだったはず。だけど肝心の執着の度合いが分からない。
執着逆ハーから身を守るために剣術や魔法を学ぶことにしたローズだったが、乙女ゲーム開始前からどんどん攻略対象たちに会ってしまう。最初こそ普通だけど少しずつ執着の兆しが見え始め......
剣術や魔法も最強、筋トレもする、そんな強ヒロインなら逆ハーにはならないと思っているローズは自分の行動がシナリオを変えてますます執着の度合いを釣り上げていることに気がつかない。
本編完結。マルチエンディング、おまけ話更新中です。
小説家になろう様でも掲載中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる