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26:リリアンのもう一人の幼馴染(2)
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「どうだった? 久しぶりにシュナイダー卿に会った感想は」
「感想? うーん。変わったなぁ、としか……」
「彼と最後に会ったのはいつ?」
「3年ほど前よ。基本引きこもりだから、会いにいかないと会えないの」
「それから3年間、連絡は取った?」
「手紙のやりとりならしていたわ」
「そうか」
ジェレミーは膝に乗せたリリアンの髪をいじりながら、宙を見つめて険しい顔をした。
彼の質問の意図も、なぜ自分が彼の膝の上に座っているのかも理解できないリリアンは頭にクエスチョンマークを浮かべたまま、首を傾げる。
「あのー、ジェレミー?」
「……手紙か」
「ん?」
「その手紙って保管してあるか?」
「大体は置いてあるかも」
「……そうか」
「え? そうか、って何?」
さっきから、『そうか』の3文字に隠された彼の本心が気になって仕方がない。
保管していたらまずいのだろうか。いや、嫉妬深い彼のことだ。もしかするとベルンハルトとの関係を疑っているのかもしれない。
リリアンは顔だけ振り返ると、ジェレミーの頬にチュッと口付けた。ジェレミーは頬を押さえ、目を丸くする。
「……え?」
「わ、私、別にベルンのことはなんとも思っていないからね!?」
「え?」
「だから、変な勘違いはしないようにっ! わかった!?」
顔を真っ赤にしながらも、しっかりと目を見てそう言い切ったリリアン。そんな彼女にジェレミーはフッと笑みをこぼした。
「俺、まだ何も言っていないのに」
「ふぇ?」
「何? 俺に誤解されたくなかったのか?」
「え? 誤解していたんじゃないの!?」
「違うよ。君とシュナイダー卿の間に何もないことなんて、わかっている」
曰く、この男はリリアンを取り巻く人物関係について、すでに調査済みらしい。
それは俗に言うストーカー的なものではないだろうか。リリアンはそう思いつつも、笑顔で誤魔化した。多分、突っ込んだらダメなやつだ。
「じゃあ、なんでベルンのことを聞くの?」
「んー。少し確かめたいことがあってね」
「確かめたいこと?」
「うん。リリアンはさ、ミュラー家門のイライザって知っているか?」
「確か2年ほど前に近衛を辞めた英雄でしょう? ミュラー卿の叔父にあたる人だっけ?」
ミュラー家門のイライザといえばミュラー家最強の騎士であり、かつての大陸戦争で帝国を勝利に導いた英雄。ヨハネスの護衛の前は皇后の護衛をしていたほどの優秀な男だ。
皇帝からの信頼も厚く、彼が突然『冒険者になる』と言い出した時は、皇帝もその側近たちも皆必死になって止めたらしい。
「その方がどうかしたの?」
「実は君の乳兄弟の推薦者はそのイライザなんだ」
「えーっ!? 本当に!?」
「ああ。兄上の話では彼はイライザ・ミュラーの推薦状を持って騎士団の入団試験を受けに来たらしい。そして、その推薦状の筆跡は紛れもなくイライザのものだったとか」
「信じられないわ。帝国最強の騎士と謳われたお方とベルンが知り合いなんて」
「俺も信じられない。まあ、冒険者として国内の各地を回っていたのなら、偶然出会っていてもおかしくはないんだが……」
帝国は広い。そんな都合よく彼に会い、ましてや彼に稽古をつけてもらえるなんて思えない。
ジェレミーは温室の机をトントンと指で叩き、難しい顔で思考を巡らせた。
「兄上は彼に全幅の信頼を置いているから、ベルンハルト・シュナイダーの推薦状については疑っていない。だが……」
「城を出てから消息がつかめていないのに、推薦状だけがここにあるのが不可解なのね」
「ああ。それに、俺はあの人をあまり信用していないんだ」
「……そうなの?」
「昔から、俺を見る目が少し怖くて」
イライザがこの城にいた頃、彼はジェレミーを見つけると実の息子を可愛がるかのようにその頭を撫で回していた。
けれどそのくせジェレミーを見つめる目に感情はなく、心から可愛がっているという風には見えない。幼かったジェレミーは、本心の読めない彼の笑顔がとても怖かったのだと言う。
そう話すジェレミーの声は少しだけ震えていた。
「俺のことを不義の子だとして嫌う人間は多くいたし、中には俺の味方のフリをして俺に攻撃を仕掛けてくる輩もいた。だから初めはイライザもその手のタイプなんだろうと思っていたんだが、それにしては何も仕掛けてこないし、とにかく気味が悪かったんだ」
「ジェレミー……」
「俺の中では彼は何を考えているのかわからない男だ。だから杞憂になるとしても、彼については調べておきたい」
「でも、どれだけ調べても何も出てこないのね。ベルンとの繋がりも、イライザ・ミュラー自身のことも」
「そういうこと」
「そして、何か手がかりでもあればとベルンと私の手紙を検閲したいと?」
「さすがだな、リリアン。なんでもお見通しだ」
「まあね!」
「はあ……。ほんと、こういうことに関しては鋭いのになぁ」
「な、何よ……。何が言いたいの?」
「別に? 男心には鈍いのにどうしてだろうなんて思ってないよ」
「絶対思ってる! ……まあ、いいわ。手紙ね、用意しておく」
「うん、ありがとう」
幼馴染との手紙を検閲されるだなんて、嫌悪感しかないだろうに。
それでもジェレミーの不安を取り除くために、迷うことなく手紙を渡すことを決めたリリアン。
これが無意識的にできてしまうのだから、本当にずるいとジェレミーは思う。
「……そういうとこ、好き」
ジェレミーはぎゅーっと抱きしめた。
リリアンはそんな彼の背中に手を回すと、ぽんぽんと背中をさする。
(……ああ。またバレたかな?)
本当は、説明の中に嘘を混ぜた。
イライザが信用できないのは、ただ何を考えてるのかがわからないというだけではない。
彼が『何も仕掛けてこなかった』、なんてことはなかった。
(何も言ってないのになぁ)
リリアンは、イライザとジェレミーの間に何があったのかは理解していないだろう。
だがそれでもジェレミーが彼を信用できないと言うだけではなく、心の底から恐ろしいと思っていることに気づき、こうして安心させようと背中をさすったりしてくるのだ。
やっぱりずるい。
こんなの、好きにならないわけがない。
ジェレミーはリリアンの髪を耳にかけると、もう一度小さく『好きだよ』とつぶやいた。
「感想? うーん。変わったなぁ、としか……」
「彼と最後に会ったのはいつ?」
「3年ほど前よ。基本引きこもりだから、会いにいかないと会えないの」
「それから3年間、連絡は取った?」
「手紙のやりとりならしていたわ」
「そうか」
ジェレミーは膝に乗せたリリアンの髪をいじりながら、宙を見つめて険しい顔をした。
彼の質問の意図も、なぜ自分が彼の膝の上に座っているのかも理解できないリリアンは頭にクエスチョンマークを浮かべたまま、首を傾げる。
「あのー、ジェレミー?」
「……手紙か」
「ん?」
「その手紙って保管してあるか?」
「大体は置いてあるかも」
「……そうか」
「え? そうか、って何?」
さっきから、『そうか』の3文字に隠された彼の本心が気になって仕方がない。
保管していたらまずいのだろうか。いや、嫉妬深い彼のことだ。もしかするとベルンハルトとの関係を疑っているのかもしれない。
リリアンは顔だけ振り返ると、ジェレミーの頬にチュッと口付けた。ジェレミーは頬を押さえ、目を丸くする。
「……え?」
「わ、私、別にベルンのことはなんとも思っていないからね!?」
「え?」
「だから、変な勘違いはしないようにっ! わかった!?」
顔を真っ赤にしながらも、しっかりと目を見てそう言い切ったリリアン。そんな彼女にジェレミーはフッと笑みをこぼした。
「俺、まだ何も言っていないのに」
「ふぇ?」
「何? 俺に誤解されたくなかったのか?」
「え? 誤解していたんじゃないの!?」
「違うよ。君とシュナイダー卿の間に何もないことなんて、わかっている」
曰く、この男はリリアンを取り巻く人物関係について、すでに調査済みらしい。
それは俗に言うストーカー的なものではないだろうか。リリアンはそう思いつつも、笑顔で誤魔化した。多分、突っ込んだらダメなやつだ。
「じゃあ、なんでベルンのことを聞くの?」
「んー。少し確かめたいことがあってね」
「確かめたいこと?」
「うん。リリアンはさ、ミュラー家門のイライザって知っているか?」
「確か2年ほど前に近衛を辞めた英雄でしょう? ミュラー卿の叔父にあたる人だっけ?」
ミュラー家門のイライザといえばミュラー家最強の騎士であり、かつての大陸戦争で帝国を勝利に導いた英雄。ヨハネスの護衛の前は皇后の護衛をしていたほどの優秀な男だ。
皇帝からの信頼も厚く、彼が突然『冒険者になる』と言い出した時は、皇帝もその側近たちも皆必死になって止めたらしい。
「その方がどうかしたの?」
「実は君の乳兄弟の推薦者はそのイライザなんだ」
「えーっ!? 本当に!?」
「ああ。兄上の話では彼はイライザ・ミュラーの推薦状を持って騎士団の入団試験を受けに来たらしい。そして、その推薦状の筆跡は紛れもなくイライザのものだったとか」
「信じられないわ。帝国最強の騎士と謳われたお方とベルンが知り合いなんて」
「俺も信じられない。まあ、冒険者として国内の各地を回っていたのなら、偶然出会っていてもおかしくはないんだが……」
帝国は広い。そんな都合よく彼に会い、ましてや彼に稽古をつけてもらえるなんて思えない。
ジェレミーは温室の机をトントンと指で叩き、難しい顔で思考を巡らせた。
「兄上は彼に全幅の信頼を置いているから、ベルンハルト・シュナイダーの推薦状については疑っていない。だが……」
「城を出てから消息がつかめていないのに、推薦状だけがここにあるのが不可解なのね」
「ああ。それに、俺はあの人をあまり信用していないんだ」
「……そうなの?」
「昔から、俺を見る目が少し怖くて」
イライザがこの城にいた頃、彼はジェレミーを見つけると実の息子を可愛がるかのようにその頭を撫で回していた。
けれどそのくせジェレミーを見つめる目に感情はなく、心から可愛がっているという風には見えない。幼かったジェレミーは、本心の読めない彼の笑顔がとても怖かったのだと言う。
そう話すジェレミーの声は少しだけ震えていた。
「俺のことを不義の子だとして嫌う人間は多くいたし、中には俺の味方のフリをして俺に攻撃を仕掛けてくる輩もいた。だから初めはイライザもその手のタイプなんだろうと思っていたんだが、それにしては何も仕掛けてこないし、とにかく気味が悪かったんだ」
「ジェレミー……」
「俺の中では彼は何を考えているのかわからない男だ。だから杞憂になるとしても、彼については調べておきたい」
「でも、どれだけ調べても何も出てこないのね。ベルンとの繋がりも、イライザ・ミュラー自身のことも」
「そういうこと」
「そして、何か手がかりでもあればとベルンと私の手紙を検閲したいと?」
「さすがだな、リリアン。なんでもお見通しだ」
「まあね!」
「はあ……。ほんと、こういうことに関しては鋭いのになぁ」
「な、何よ……。何が言いたいの?」
「別に? 男心には鈍いのにどうしてだろうなんて思ってないよ」
「絶対思ってる! ……まあ、いいわ。手紙ね、用意しておく」
「うん、ありがとう」
幼馴染との手紙を検閲されるだなんて、嫌悪感しかないだろうに。
それでもジェレミーの不安を取り除くために、迷うことなく手紙を渡すことを決めたリリアン。
これが無意識的にできてしまうのだから、本当にずるいとジェレミーは思う。
「……そういうとこ、好き」
ジェレミーはぎゅーっと抱きしめた。
リリアンはそんな彼の背中に手を回すと、ぽんぽんと背中をさする。
(……ああ。またバレたかな?)
本当は、説明の中に嘘を混ぜた。
イライザが信用できないのは、ただ何を考えてるのかがわからないというだけではない。
彼が『何も仕掛けてこなかった』、なんてことはなかった。
(何も言ってないのになぁ)
リリアンは、イライザとジェレミーの間に何があったのかは理解していないだろう。
だがそれでもジェレミーが彼を信用できないと言うだけではなく、心の底から恐ろしいと思っていることに気づき、こうして安心させようと背中をさすったりしてくるのだ。
やっぱりずるい。
こんなの、好きにならないわけがない。
ジェレミーはリリアンの髪を耳にかけると、もう一度小さく『好きだよ』とつぶやいた。
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