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ジェレミーの部屋を訪ねたヨハネスは、執務中の彼を横目に優雅に紅茶を飲んでいた。
嫌そうにしつつもちゃんと茶菓子まで出す当たり、律儀な弟だ。
「何しに来たんですか、兄上」
「話すことがあってな。サボりついでに来た」
「やっぱサボりか」
ジェレミーの呆れたような深いため息が室内に響いた。
ダニエルは気まずそうに窓の外を眺めるが、後頭部には非難の視線が突き刺さる。大方、『サボろうとする主人を諌めることも騎士の仕事だ』とでも言いたいのだろう。騎士の仕事は主人を守ることで仕事をさせることではない。
ダニエルと目があったキースは彼の『理不尽だ』という心の叫びに共感するように、うんうんと小さく頷いた。
「ジェレミー」
「はい、兄上」
「昨日、リリアンに会ったんだろ?」
「……あ、会いました」
「お前はいつ行動に移すつもりだ?私はてっきり昨日のうちに行動すると思っていたのだが……」
昨日、善は急げだと討伐帰りの報告すらもすっ飛ばしてリリアンの元に向かおうとしていたのに、いざ蓋を開けてみればまだ求婚をしていない事実にヨハネスは首を傾げる。
すると、ジェレミーは『聞きたくない』と言わんばかりに、耳を塞いで机に突っ伏してしまった。
「見込みゼロの求婚って意味があるのでしょうか。当たって砕けることがわかっているのに当たりに行くのはただの自殺行為ではないですか」
「お前、ひと月前は私に『後悔しても知りませんよ?』とか言っていたではないか」
「そんなことを言った自分に今後悔しています。恥ずかしい」
他の貴族令息よりは明らかに近い距離感に、当たり前のようにしてくるボディータッチの数々。そして心を許しているからこその砕けた言葉遣い。
長年婚約者として隣にいた兄の存在に勝つことができるとは思っていなかったが、それでも自分がリリアンの中で『特別な異性』の枠に入っているという自信はあった。
しかし、現実はやはりそう甘くはない。
実際にはリリアンの中のジェレミーはただの弟に過ぎなかった。
「俺が親しくしている令嬢なんてリリアンしかいないのに、そんな俺がじっと目を見つめて『リリアンのことが好……』まで言えば、何となく察しがつくと思いませんか…?」
「まあ、普通は察してくれるだろうな。普通は……」
ジェレミーは昨日のリリアンの爽やかな笑顔が脳裏に焼き付いて離れない。
まさか、『好きな人いるんでしょう? がんばってね』とあんなにも爽やかな笑顔で言われるとは思わなかったジェレミーは、すっかり自信を無くしていた。
あの時応援してくれたリリアンの言葉は紛れもなく本心で、ジェレミーに想い人がいることや、その人に求婚しようとしていることに対して、彼女が一ミリも心を動かされていないことは火を見るよりも明らかだった。
きっと彼女は、自分を弟としてしか見ていない。
ジェレミーはゴンゴンと机に額を打ちつけた。
「だ、大丈夫ですよ、殿下。きっとハイネ嬢はそもそも恋とか愛とか知らないタイプの人なだけです!」
「適当な言葉で慰められると余計に悲しくなるからやめろ、キース」
「適当じゃないですよ! だって、ハイネ嬢は6年共にしたヨハネス殿下との婚約もあっさり解消したのでしょう!?」
「そうらしいな」
「それってつまり、ハイネ嬢はヨハネス殿下のことすら特に何とも思って来なかったということです!」
だから、きっとリリアンは恋愛のれの字も知らない恋愛化石なだけで、ジェレミーだけが眼中にないわけではないとキースは言う。
果たしてそれは慰めになっているのだろうか。
キースの言葉に、紅茶が吹き出しそうになったヨハネスはゴホゴホとむせ返った。
「……おい。まさかの流れ弾が飛んできたぞ、ダニエル」
「さすがはクライン卿ですね。見事に地雷を踏み抜いてくる。うん、さすがです」
「絶妙に傷口がえぐられる」
「彼は事実を言ったまでですよ」
「その事実が辛いのだ」
たしかに何とも思われていなかった。
彼女は帝国一の色男を何とも思っていなかった。
だがそれを他人から指摘されるとやはり辛い。ヨハネスはその心情を誤魔化すように紅茶を飲み干すと、ジトッとした目でジェレミーを見る。
「で?どうするんだ?ジェレミー。諦めるのか?」
「諦めません! せっかくいただいたチャンスですから」
「なら行動を起こせ。あまり長くは待てないぞ。公国とのこともある。1週間以内には決着をつけてもらわねばならん」
「はい」
正直、たったの1週間で彼女に男として意識してもらう自信はない。
しかし、それ以上待つこともできそうにない。
ジェレミーは勢いよく立ち上がると、キースに行政官を呼んでくるように命じた。
キースはすかさず廊下に走る。
「兄上、明日からしばらく公務をサボります」
「こら、堂々とサボる宣言をするな」
「急ぎの仕事は今日中に処理しますので、何かあれば対応お願いします」
心底嫌そうな顔をする兄に、ジェレミーはキリッとした顔で敬礼した。
ヨハネスは数秒悩んだが、やはり可愛い弟の頼みだ。結局は仕方がないと彼の数日分の仕事を請け負うことにした。
こうして、翌日からジェレミー・フォン・ベイルが兄の元婚約者の家に通い詰める日々が始まった。
嫌そうにしつつもちゃんと茶菓子まで出す当たり、律儀な弟だ。
「何しに来たんですか、兄上」
「話すことがあってな。サボりついでに来た」
「やっぱサボりか」
ジェレミーの呆れたような深いため息が室内に響いた。
ダニエルは気まずそうに窓の外を眺めるが、後頭部には非難の視線が突き刺さる。大方、『サボろうとする主人を諌めることも騎士の仕事だ』とでも言いたいのだろう。騎士の仕事は主人を守ることで仕事をさせることではない。
ダニエルと目があったキースは彼の『理不尽だ』という心の叫びに共感するように、うんうんと小さく頷いた。
「ジェレミー」
「はい、兄上」
「昨日、リリアンに会ったんだろ?」
「……あ、会いました」
「お前はいつ行動に移すつもりだ?私はてっきり昨日のうちに行動すると思っていたのだが……」
昨日、善は急げだと討伐帰りの報告すらもすっ飛ばしてリリアンの元に向かおうとしていたのに、いざ蓋を開けてみればまだ求婚をしていない事実にヨハネスは首を傾げる。
すると、ジェレミーは『聞きたくない』と言わんばかりに、耳を塞いで机に突っ伏してしまった。
「見込みゼロの求婚って意味があるのでしょうか。当たって砕けることがわかっているのに当たりに行くのはただの自殺行為ではないですか」
「お前、ひと月前は私に『後悔しても知りませんよ?』とか言っていたではないか」
「そんなことを言った自分に今後悔しています。恥ずかしい」
他の貴族令息よりは明らかに近い距離感に、当たり前のようにしてくるボディータッチの数々。そして心を許しているからこその砕けた言葉遣い。
長年婚約者として隣にいた兄の存在に勝つことができるとは思っていなかったが、それでも自分がリリアンの中で『特別な異性』の枠に入っているという自信はあった。
しかし、現実はやはりそう甘くはない。
実際にはリリアンの中のジェレミーはただの弟に過ぎなかった。
「俺が親しくしている令嬢なんてリリアンしかいないのに、そんな俺がじっと目を見つめて『リリアンのことが好……』まで言えば、何となく察しがつくと思いませんか…?」
「まあ、普通は察してくれるだろうな。普通は……」
ジェレミーは昨日のリリアンの爽やかな笑顔が脳裏に焼き付いて離れない。
まさか、『好きな人いるんでしょう? がんばってね』とあんなにも爽やかな笑顔で言われるとは思わなかったジェレミーは、すっかり自信を無くしていた。
あの時応援してくれたリリアンの言葉は紛れもなく本心で、ジェレミーに想い人がいることや、その人に求婚しようとしていることに対して、彼女が一ミリも心を動かされていないことは火を見るよりも明らかだった。
きっと彼女は、自分を弟としてしか見ていない。
ジェレミーはゴンゴンと机に額を打ちつけた。
「だ、大丈夫ですよ、殿下。きっとハイネ嬢はそもそも恋とか愛とか知らないタイプの人なだけです!」
「適当な言葉で慰められると余計に悲しくなるからやめろ、キース」
「適当じゃないですよ! だって、ハイネ嬢は6年共にしたヨハネス殿下との婚約もあっさり解消したのでしょう!?」
「そうらしいな」
「それってつまり、ハイネ嬢はヨハネス殿下のことすら特に何とも思って来なかったということです!」
だから、きっとリリアンは恋愛のれの字も知らない恋愛化石なだけで、ジェレミーだけが眼中にないわけではないとキースは言う。
果たしてそれは慰めになっているのだろうか。
キースの言葉に、紅茶が吹き出しそうになったヨハネスはゴホゴホとむせ返った。
「……おい。まさかの流れ弾が飛んできたぞ、ダニエル」
「さすがはクライン卿ですね。見事に地雷を踏み抜いてくる。うん、さすがです」
「絶妙に傷口がえぐられる」
「彼は事実を言ったまでですよ」
「その事実が辛いのだ」
たしかに何とも思われていなかった。
彼女は帝国一の色男を何とも思っていなかった。
だがそれを他人から指摘されるとやはり辛い。ヨハネスはその心情を誤魔化すように紅茶を飲み干すと、ジトッとした目でジェレミーを見る。
「で?どうするんだ?ジェレミー。諦めるのか?」
「諦めません! せっかくいただいたチャンスですから」
「なら行動を起こせ。あまり長くは待てないぞ。公国とのこともある。1週間以内には決着をつけてもらわねばならん」
「はい」
正直、たったの1週間で彼女に男として意識してもらう自信はない。
しかし、それ以上待つこともできそうにない。
ジェレミーは勢いよく立ち上がると、キースに行政官を呼んでくるように命じた。
キースはすかさず廊下に走る。
「兄上、明日からしばらく公務をサボります」
「こら、堂々とサボる宣言をするな」
「急ぎの仕事は今日中に処理しますので、何かあれば対応お願いします」
心底嫌そうな顔をする兄に、ジェレミーはキリッとした顔で敬礼した。
ヨハネスは数秒悩んだが、やはり可愛い弟の頼みだ。結局は仕方がないと彼の数日分の仕事を請け負うことにした。
こうして、翌日からジェレミー・フォン・ベイルが兄の元婚約者の家に通い詰める日々が始まった。
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