【完結】狂愛の第二皇子は兄の婚約者を所望する

七瀬菜々

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6:ジェレミーの好きな人(2)

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 最速で討伐の報告を終えたジェレミーは、皇帝のお茶の誘いをさりげなくかわして謁見室を後にした。
 何か急ぎの用事でもあるみたいに早足になる主人を追いかけつつ、幸薄めの第2皇子付き護衛兼補佐官キース・クラインは深いため息をこぼす。彼の胡桃色の瞳にはうっすらと疲労の痕が見えた。

(ハイネ嬢のところに行くのかな?嬉々としている)
  
 表情には出ていないが妙に浮き足立っているところを見ると、間違い無いだろう。
 ジェレミーは討伐が終わるといつも、リリアンの元を訪れる。それは第一皇子の婚約者になる前は自身も浄化の魔法師として討伐軍に加わっていた彼女に、討伐の話を聞かせるためだ。
 
(普通は血生臭い魔獣討伐の話など聞きたがらないのに……)
 
 軍人家系で育ったせいだろうか。変わった人だ。そういう面だけで言えば、ジェレミーとお似合いなのかも知れない。
 キースは回廊を闊歩するジェレミーの後を追いながら、第一王子宮の青い屋根を見上げた。

(リリアン・ハイネ、か……)

 荒くれ者が多い魔法師を束ね、魔獣討伐軍の魔法師部隊を率いるハイネ公爵の娘で、彼女自身も魔塔が認めた『瘴気の浄化』が行える貴重な魔法師であり、そして………第一皇子の婚約者。
 今日、婚約を解消したと聞いたがキースはまだ状況がうまく飲み込めていない。

(あの日から、ひと月が経ったくらいか?)

 キースの記憶が正しければ、ことの発端はひと月ほど前の夜のこと。
 その日は、新たに友好条約を結んだエルデンブルク公国の公女とベイル帝国の第二皇子ジェレミーとの婚約話が持ち上がった日だった。
 皇帝から婚約の話を聞かされたジェレミーは、珍しく兄であるヨハネスを巻き込んでヤケ酒をしていた。
 普段は酒など滅多に飲まない人だから、キースが気がついたときにはかなり泥酔状態にあった。
 だからうっかり口を滑らせてしまったのだろう。ジェレミーは兄ヨハネスに、言ってしまった。

 『リリアンと結婚できる兄上はずるい』と。
 『自分もリリアンと一緒になりたい。リリアンの隣に立って生きてみたい』と。

 ヨハネスがもっと話してみろと彼のグラスに酒を追加したせいもあり、そこからはもう、タガが外れたみたいに今まで隠していた感情を洗いざらい暴露した。
 
 ずっと前からリリアンが好きだったこと。
 本当は自分がリリアンと婚約したかったこと。
 リリアンの隣に立てる兄が憎く感じること。
 兄の隣で笑うリリアンを腹立たしく思うこと。
 こんな、持ってはいけない感情を持ってしまった自分に対する嫌悪感と罪悪感で心が押しつぶされそうなこと。
 
 ジェレミーの語るリリアンに対する感情はあまりにも重たくて熱くて歪んでいて粘着質で、決して綺麗だとは言えない想いだった。
 けれど、それはジェレミーが初めて自分の素直な気持ちを吐露した瞬間でもあった。
 
 ヨハネスはいつも無表情で澄ましている弟が、実はこんなに激しい感情を持っているのだと知れて嬉しかったのかも知れない。
 彼女への思いを抑えきれないジェレミーに対してこう話した。

 『リリアンに心を残した状態で公女と婚約させるわけにはいかない。だから、一度だけチャンスをやろう』と。

 幸いにも、公女はヨハネスとの婚約を望んでおり、婚約を代わってやる事はできる。そして、ヨハネスとリリアンは恋仲ではない。
 そう言って、ヨハネスは『リリアンに婚約の解消を持ちかけ、もし彼女が承諾したら、求婚をしてみろ』と提案した。
 
 もちろん、ジェレミーは二人の中を引き裂きたいわけじゃないと拒否した。
 酔いが回っているだけで、流石に兄とその婚約者の関係を邪魔するつもりはなかったらしい。
 しかしヨハネスはジェレミーがこのまま何もしないで、ただリリアンを思い続けるのは二人にとっても、彼女や公女にとっても良く無いと言った。

 魔法を使える人間が生まれにくくなった昨今。魔法師を束ねるハイネ公爵家の力は絶大だ。
 無いとわかっていても、彼らが皇家に牙を剥くことがないよう、保険のために人質としてその娘を皇室に取り込むことは情勢を考えれば不可避。
 つまりリリアン・ハイネは現状、二人の皇子のうちのどちらかと婚約しなければならない。

 だから、もしリリアンがジェレミーに求婚されて頷かなければ、婚約の解消を発表せずに元鞘に収まる。
 逆にジェレミーの気持ちに応える気があるのなら、本当に自分との婚約を解消し、そのままジェレミーが婚約すればいい。
 ヨハネスはそう、ジェレミーに話した。

「これって、結構最低な提案だよなぁ。普通に考えれば」

 キースはポツリと呟く。
   これはリリアンの気持ちを無視した皇子たちの身勝手な賭けだ。  
 ジェレミーの求婚が受け入れられなければ、無駄にリリアンの心をかき乱しただけになってしまう。リリアンを思うのなら提案すべきでない。
 そしてまた、リリアンを思うなら、ジェレミーもまた承諾すべきではなかった。これまで我慢してきたのだから、これからも我慢して、気持ちを押し殺せば良い話だ。できない話じゃない。
 そもそも皇子の結婚なんてそんなものだ。
 
「なんか、結局殿下のプロポーズがうまくいってもいかなくても、ハイネ嬢は皇子妃の立場から逃れられないわけだし……」
「『二人の皇子に振り回されて、ハイネ嬢をかわいそうに』って?」
「そうですねぇ。今頃、自由な未来に思いを馳せているだろう彼女をのことを思うと、本当にかわいそうだとおも…い、ま………す?」

 気がついたら足を止めていたキースは目の前に現れた主人に驚き、女子のような悲鳴を上げた。
 『きゃー』という野太い声が皇城の回廊にこだまする。
 尻餅をつく彼を見下ろし、ジェレミーは冷めた声色で言い放った。

「考えが口から漏れてるぞ」
「えっ!? いつから!?」
「『結構最低だよな』あたりから」
「ヒィ! ごめんなさいごめんなさい!」

 まさか心の声が漏れているとは思わなかったキースは、顔面を真っ青にして瞬時に土下座した。
 土下座までのその素早さはジェレミーも感心するほどだった。

「そんなに謝らなくても大丈夫だぞ。俺が最低なのは本当だし」
「ヒィ! 殿下が優しい! 怖い! 優しいと逆に怖い!」
「お前、俺のことをなんだと思っているんだ。怒るぞ」
「ヒィ! 怒らないでくださいぃ! 死にたくない!」
「殺しはしない」
「殺し『は』ってところがまた怖いです! 殺しはしないが、殺さない程度には痛めつける気だ!」
「冗談だよ。そんなに怖がるな。まあ、お望みなら拷問してやらなくもないが、どうする?」
「望んでないですぅ!!」
 
 ジェレミーがにっこりと笑うとキースは頭を抱えて丸くなった。
 そういう反応をされると、まるでジェレミーが悪魔みたいに映ってしまう。本当に失礼なやつだ。

「キース、あまり縮こまると俺がいじめているみたいじゃないか」
「あら?いじめているのではないの?」

 小さくなるキースに声をかけていると、今度はジェレミーが後ろから声をかけられた。 
 彼がその可愛らしい声のする方に顔を向けると、そこにいたのはリリアン・ハイネ。

 彼の愛おしい人だった。
 
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