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4:納得できないダニエル
しおりを挟むリリアンが今後の生活に夢を膨らませている頃。
執務室に戻ったヨハネスは、イマイチ仕事に身が入らないのか、ぼーっとしてはダニエルに注意されていた。
「……好きだったのでは?」
仕事が捗らないのは、先ほど婚約の解消を告げたからだと思ったダニエルは単刀直入に尋ねた。
すると、ヨハネスは彼を睨みつけ、そして手元にあるペンをいじり始める。
「親愛だよ。ダニエルが思うような感情じゃない」
嘘をつけ、とダニエルは思った。
ヨハネスのリリアンを見る目が、明らかに妹を見る目と異なっていた。毎度でないが、時々…….いや、最近はかなり頻繁にそうだった。
彼の穏やかな微笑みの中に、隠し切れない激しい感情か孕んでいたことをダニエルは知っている。
「信じていないだろう。その顔」
「はい」
「即答かよ……。あのな、ダニエル。私はジェレミーの願いとリリアンの存在を天秤にかけて、ジェレミーを選んだんだ。つまり仮に私がリリーに恋情を抱いていたとしても、それは弟に勝るものではないということだ」
「そんなの、自分は認められません」
「認めないって……。お前に認めてもらう必要などないはずだが?」
「本当に譲るつもりですか」
「譲るってなんだよ。彼女は物じゃない。結局は本人たち次第だし、私はただチャンスをあげただけだよ」
「……チャンスを与えて差し上げる必要がどこにあるのですか? 殿下とハイネ嬢のこの6年を無駄にしてまでチャンスを与える意味とはなんですか?」
2年ほど前からヨハネスの護衛として主人とその婚約者を見てきたダニエルは、悔しそうに顔を歪めた。
リリアンはああ見えて皇后として必要な資質も家柄も持っている。そして何より、ヨハネスのことをよく理解している。
そんな貴重な存在を手放して、公国の姫を娶ることはヨハネスにとってメリットがないどころか、むしろマイナスだ。
それも表面上は皇位を争っている弟のためとなると、本当に解せない。
「殿下。あなたがハイネ嬢を手放すことはあなたのお立場を悪くするかもしれないのですよ」
「リリーの手を離しただけで立場が悪くなるようなら、私もそれまでの男というだけだ」
「殿下!」
「大きな声を出すな、ダニエル。心配しなくとも、姻戚関係がなくても問題ないくらいにハイネ公爵ともリリーとも良い関係を築いている」
「それは、そうですけど……」
何を言われても納得できない様子のダニエルは、ぎりっと奥歯を噛み締めた。
(今日はやけにしつこいな……)
ダニエルのそのまっすぐな金色の瞳はどこまでも澄んでいて、彼の口から出る言葉も、ただ主人を思い苦言を呈しているだけ。
それはヨハネスも充分に理解しているが、それでも彼はダニエルが少し面倒くさい。
「ダニエル。なぜお前はそんなにジェレミーを認めない?あいつは私のたった一人の弟だ」
「……」
「お前まであいつの血を疑うのか?」
「……正直に申し上げてもよろしいのならお答えします」
「いや、答えなくてもいい。むしろ答えるな」
その回答はもう、弟のジェレミーを皇族として認めていないと言っているようなものだった。
確かに、ジェレミーの容姿は母である皇后クレアには似ているが父である皇帝アルヴィンとは似ていない。顔立ちそのものは母にそっくりだが、髪色や瞳の色など、彼の中に父の存在をアピールする要素がないのだ。
加えて、微かにだが血によってのみ受け継がれるとされている魔力も有していることから、ジェレミーは『皇后クレアの不貞の子』と蔑まれてきた。
一度皇帝が大きな雷を落としてからは、表立ってそれを口にするものはいなくなったが、その噂のせいで周囲だけでなくジェレミー本人までもが自分を皇族として認めていない。
(どいつもこいつも、好き勝手言いやがって……)
魔力持ちについてはその説が有力だというだけで、完全にそうであると証明されたわけでもないし、過去には皇族に魔法師の家系の者を迎えいれたこともあるから、微かに魔力を有していたとしても不思議はない。それに、瞳の色だって、生まれたときは父と同じ色だったと聞いたことがある。
ヨハネスは両手で顔を覆うと、背もたれに体を預けて天を仰いだ。
ダニエルはどうにも血統主義のところがある。悪いやつではないし、真面目で実力もあるのだが、ヨハネスの側近としては些か頭が堅い。
能力には申し分なく、代々近衛騎士として皇家に尽くすミュラー家門の人間だからと側に置いてきたヨハネスだったが、こうもジェレミーを敵視していると色々と面倒だ。
(これから先も側に置いておくのなら、そろそろ指導をしておくべきか?)
ヨハネスは姿勢を正すと、ジッとダニエルを見据えた。
「お前はいつから私の決定に口を出せる身分になったんだ?」
腹に響くような、重い声が執務室に響く。
ダニエルは久しぶりに見た殺気を纏う主人に、さーっと顔が青くなった。
「……申し訳ありません。分を弁えぬ発言でした」
「ジェレミーは皇帝である父上と第一皇子である私が認めている皇族だ」
「はい」
「あいつはな、噂のせいでずっと自分を不義の子だと思い込み、ずっと身の程を弁えてきた。私や父がその必要はないと言っても、自分には皇族たる資格はないからと」
「……」
「……お前も知っているだろうが、ジェレミーは未来の話をしない。なぜだかわかるか?」
「……いいえ」
「未来なんて必要ないと思っているからだ」
自分なんていない方がいいと考えているのか、ジェレミーはまるで死に場所を探すように魔獣の討伐へと向かう。
わずか10歳の少年が、自ら志願して危険な魔獣討伐に行くほどに、彼はずっと死にたがっていた。
「リリアンはそんなあいつが初めて手を伸ばした人なんだ。初めて、彼女との『未来』の話をしたんだ。チャンスを与えてやりたくもなるだろう?」
「……そう、ですね」
「それに守るものを見つけたのなら、そう簡単に死のうとはしないだろ。あいつはそろそろ皇族としての自覚を持つべきだ」
たとえ女のためだろうと、弟が前向きに生きることを考えたのなら、それを応援したい。
ヨハネスは優しく、そして少し寂しそうな表情をして、素直にそう話した。
彼の話に納得したのか、ダニエルは深々と頭下げる。
「申し訳ありませんでした」
「……わかればいい。さあ、ジェレミーのところに行くぞ。もう帰ってきたみたいだ」
「はい……」
ヨハネスは落ち込んだ様子のダニエルの肩をポンと叩き、執務室を出た。
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