【完結】狂愛の第二皇子は兄の婚約者を所望する

七瀬菜々

文字の大きさ
上 下
5 / 80

3:リリアンのこれから

しおりを挟む

 ふかふかのベッドに皺一つないシーツ。豪奢な調度品に高級な絨毯と家具。そして花瓶に生けられたロイヤルガーデンの薔薇。
 部屋に戻ったリリアンは、実家の公爵邸にある自室の3倍はある皇城の客室を眺めて、小さく息を吐き出した。

「この部屋ともお別れね」

   『もうすぐ成婚だし、そろそろ城においでよ!』という皇帝の軽い一言で1年ほど前から城に住むことになったが、第一皇子の婚約者でなくなった今、彼女がこの部屋にいる理由はない。
 リリアンはベッドに飛び込むと、特に名残惜しむこともなく、それはそれは驚くほどアッサリと、荷物をまとめるように侍女のケイト・シュナイダー伯爵夫人に伝えた。
 
「お嬢様! そんな、荷物をまとめるだなんて、どうしてっ!?」
「家に帰るのよ」
「か、帰る!? 何故!?」
「ヨハネス殿下と婚約を解消することになりそうなの。正式な通達はまだだけど、ほぼ決定事項だわ」
「こ、ここここ婚約……、解消……?」

 『今日の晩御飯は何?』くらいの軽さで婚約を解消すると告げられ、ケイトは固まってしまった。

「信じられませんわ……」

 二人は成婚間近だった。確かにヨハネスは少し女好きのきらいがあるし、リリアンは冷めた性格をしているが、それでも2人一緒にいる時は仲睦まじい姿しか見せていなかった。

(ヨハネス殿下と喧嘩でもしたのかしら……)

 しかし乳母としてリリアンが幼い頃からお世話をしてきたが、彼女が怒ったところなど、ケイトは見たことがない。
 そんな方が皇城を出て行くほど怒っているということは……。

(ヨハネス殿下が何かやらかしたのだろう。間違いない)

 ケイトはそう結論づけて、袖を捲ってぐっと拳を握った。

りますか?」
「はい?」
「浮気ですか?」
「ん?」
「浮気男はその相手もろとも、このシュナイダー伯爵家の名にかけて根絶やしにします。さあ、お嬢様。お命じください。れと」
「おまちなさい、ケイト。なんの話?」
「婚約の解消だなんて。どうせ、ヨハネス殿下が浮気でもしたんでしょう」
「不敬よ、ケイト」
「いつかはやると思っていました。殿下は皇帝陛下に似て無類の女好きですもの」
「不敬罪で死にたいの? 皇帝陛下もヨハネス殿下も、女性に歯の浮くようなセリフを吐いて黄色い声援を浴びたいだけで、実際は浮気なんてできるような方々じゃないわ」

 実際にキザで寒いセリフを吐いて『きゃー!素敵ー!』と言われることはあれど、ヨハネスが浮気したことは一度もない。
 また、皇帝もなんだかんだと病に伏せる皇后に尽くしている。
 リリアンは変な妄想は良しなさいとケイトを諌めた。

「普通に婚約を解消するだけよ」
「普通にって、来年の春には成婚の儀が……」
「なんかね、エルデンブルグ公国のお姫様を娶るらしいわよ」
「……やはり浮気でしたか。どうせ子どもでもできたんでしょう」
「だから違うって。本当に政略的なことよ。とりあえず、急ぐ必要はないけど、出ていけと言われた時に直ぐに出ていけるようにしておくべきだと思うの」
「納得できませんが、かしこまりました。こんな所、すぐに出ていけるよう、夜までには荷造りを完了させてみせます」
「いや、だから急がなくて良いってば」

 全く納得していない様子のケイトに、リリアンは思わず笑ってしまった。
 乳母であった彼女はきっと、娘が結婚間際に捨てられたような気分なのだろう。
 だが、ケイトの怒りとは裏腹に当の本人はむしろ肩の荷が降りたように清々しい気分だった。

(何しようかなぁ)

 リリアンはゴロンと仰向けになり、天井を見上げる。
 6年前のあの婚約式から、やりたい事は全部我慢した。
 本当はジェレミーのように魔獣の討伐に参加したかったし、せっかく魔力持ちとして産まれたのだから魔塔に入ってもっと魔法の研究もしたかった。
 他にも同年代の貴族子女のように、観劇に行ってお友達と好きな役者について語り合ったり、お忍びで街のお祭りに行ったりしたかった。
 けれど、安全面もそうだし、何よりその行動は皇后として相応しくないからとずっと我慢してきた。

(….…でも、これからは違う)

   別にヨハネスとの婚約に不満はなかったが、ここにきてまさかの自由になれるチャンスを得た今、この機会を逃すわけにはいかない。
 これからは目一杯やりたいことは全部やろうと、彼女は心に決めた。

「あ、ケイト」
「はい、なんでございましょう」
「とりあえず、一旦公爵邸に帰らないと」
「ご報告なさるのですか?」
「一応ね。陛下から連絡がいくらしいけど、お父様が今回のことをどのくらいご存知かはわからないし。それに何より、久しぶりにあなたの息子にも会いたいし」
「……ベルンハルトですか?」
「あの引きこもりのベルンが、珍しく領地から出てきたのでしょう?どうせなら城下を連れ回してやろうかと思って」

 乳兄妹である伯爵家の次男ベルンハルトは、ずっと領地にこもって公爵家の臣下として食物の研究をしていたが、何故か最近になって首都に出てきたらしい。
 その話を聞いていたリリアンはむくりを起き上がると、いたずらな笑みを浮かべた。

「お忍びで屋台を食べ歩きしてみたかったの。連れ回してもいい?」
「あー……。確かに首都に出てきてはおりますが、今日から数日、留守にすると聞いています」
「えー。つまんないの!」
「申し訳ありません」
「まあ、いいや。ケイト、準備してくれる?」
「かしこまりました。明日の朝の出立でよろしいですか?」
「ええ、それでお願い」
「では、お屋敷に遣いを出しておきます」

 小さくため息をついたケイトが、パンパンと手を叩くと、どこからともなく現れた忍びのようなメイドたちがそそくさとトランクに2、3日分の荷物を詰め込みはじめた。
 皇城のメイドは隠密の訓練を受けているのかと思うくらいに、隙がなく足音もない。
 リリアンは大変な仕事だなぁと感心しながら、彼女たちの手際の良い仕事を眺めていた。

「……あーあ。誰とお忍び食べ歩きツアーしようかなぁ」

しおりを挟む
感想 15

あなたにおすすめの小説

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

キャンプに行ったら異世界転移しましたが、最速で保護されました。

新条 カイ
恋愛
週末の休みを利用してキャンプ場に来た。一歩振り返ったら、周りの環境がガラッと変わって山の中に。車もキャンプ場の施設もないってなに!?クマ出現するし!?と、どうなることかと思いきや、最速でイケメンに保護されました、

選ばれたのは私ではなかった。ただそれだけ

暖夢 由
恋愛
【5月20日 90話完結】 5歳の時、母が亡くなった。 原因も治療法も不明の病と言われ、発症1年という早さで亡くなった。 そしてまだ5歳の私には母が必要ということで通例に習わず、1年の喪に服すことなく新しい母が連れて来られた。彼女の隣には不思議なことに父によく似た女の子が立っていた。私とあまり変わらないくらいの歳の彼女は私の2つ年上だという。 これからは姉と呼ぶようにと言われた。 そして、私が14歳の時、突然謎の病を発症した。 母と同じ原因も治療法も不明の病。母と同じ症状が出始めた時に、この病は遺伝だったのかもしれないと言われた。それは私が社交界デビューするはずの年だった。 私は社交界デビューすることは叶わず、そのまま治療することになった。 たまに調子がいい日もあるが、社交界に出席する予定の日には決まって体調を崩した。医者は緊張して体調を崩してしまうのだろうといった。 でも最近はグレン様が会いに来ると約束してくれた日にも必ず体調を崩すようになってしまった。それでも以前はグレン様が心配して、私の部屋で1時間ほど話をしてくれていたのに、最近はグレン様を姉が玄関で出迎え、2人で私の部屋に来て、挨拶だけして、2人でお茶をするからと消えていくようになった。 でもそれも私の体調のせい。私が体調さえ崩さなければ…… 今では月の半分はベットで過ごさなければいけないほどになってしまった。 でもある日婚約者の裏切りに気づいてしまう。 私は耐えられなかった。 もうすべてに……… 病が治る見込みだってないのに。 なんて滑稽なのだろう。 もういや…… 誰からも愛されないのも 誰からも必要とされないのも 治らない病の為にずっとベッドで寝ていなければいけないのも。 気付けば私は家の外に出ていた。 元々病で外に出る事がない私には専属侍女などついていない。 特に今日は症状が重たく、朝からずっと吐いていた為、父も義母も私が部屋を出るなど夢にも思っていないのだろう。 私は死ぬ場所を探していたのかもしれない。家よりも少しでも幸せを感じて死にたいと。 これから出会う人がこれまでの生活を変えてくれるとも知らずに。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

じゃない方の私が何故かヤンデレ騎士団長に囚われたのですが

カレイ
恋愛
 天使な妹。それに纏わりつく金魚のフンがこの私。  両親も妹にしか関心がなく兄からも無視される毎日だけれど、私は別に自分を慕ってくれる妹がいればそれで良かった。  でもある時、私に嫉妬する兄や婚約者に嵌められて、婚約破棄された上、実家を追い出されてしまう。しかしそのことを聞きつけた騎士団長が何故か私の前に現れた。 「ずっと好きでした、もう我慢しません!あぁ、貴方の匂いだけで私は……」  そうして、何故か最強騎士団長に囚われました。

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

廃妃の再婚

束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの 父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。 ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。 それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。 身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。 あの時助けた青年は、国王になっていたのである。 「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは 結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。 帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。 カトルはイルサナを寵愛しはじめる。 王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。 ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。 引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。 ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。 だがユリシアスは何かを隠しているようだ。 それはカトルの抱える、真実だった──。

人生の全てを捨てた王太子妃

八つ刻
恋愛
突然王太子妃になれと告げられてから三年あまりが過ぎた。 傍目からは“幸せな王太子妃”に見える私。 だけど本当は・・・ 受け入れているけど、受け入れられない王太子妃と彼女を取り巻く人々の話。 ※※※幸せな話とは言い難いです※※※ タグをよく見て読んでください。ハッピーエンドが好みの方(一方通行の愛が駄目な方も)はブラウザバックをお勧めします。 ※本編六話+番外編六話の全十二話。 ※番外編の王太子視点はヤンデレ注意報が発令されています。

処理中です...