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番外編 ビターチョコレート
7:自己満足な贖罪(2)
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「黙れよ」
テオドールはベッドに叩きつけるようにランを押し倒した。
「わかったような口を聞くな。さっきからずっと不愉快なんだよ」
ランは彼を怒らせてしまったようだ。こちらを見下ろすテオドールはかつて見たことがないほどに顔を歪めていた。
「……何よ。不愉快なのはこっちの方よ。中途半端に巻き込みやがって」
「巻き込んだつもりはない」
「巻き込んでるでしょうが。じゃなきゃ私はこうしてあなたのことを気にかけたりなんかしないのよ」
「気にかけてくれと頼んだ覚えはないよ」
「嘘ばっかり。こっちが気になるようなことだけ言って、大事なことは何も教えないなんて。わざとやってるようにしか見えないんだけど。何なの?子どもなの?かまってちゃんなの?面倒臭いことこの上ないわ」
そう。本当にこの男は死ぬほど面倒くさい。でも、そういうところは別に嫌いじゃなかった。
決して好きにはならない。けれど、自分にだけ見せてくれる弱い一面が可愛く思えた。
だから、ランは勘違いしていた。自惚れていた。
(結局、この人にとって私は他人なんだ)
差し出された手が他でもない自分のものなら、取ってくれるとランは思っていた。
そんなわけないのに。主人であるイアンの手さえ取らない人が、つい最近知り合ったばかりの小娘の手を取るわけがない。
ランはテオドールの視線に耐えきれず、目を逸らせた。
すると、テオドールは内圧を下げるように長く息を吐き、冷たく笑う。
「ランはこんなふうに他人の領域に土足で踏み込んでくるような人ではないと思っていました」
酷くガッカリしたような声色に、ランはカッと体が熱くなるのを感じた。恥ずかしさと怒りが混ざり合って、苦しい。
「自分でもどうしてこんなに首を突っ込みたくなるのか、どうしてこんなに苛立つのかわからない。けど、私はあなたを助けたいと思う」
「……僕はランに助けて欲しいなんて思ってませんよ」
救われたいだなんて、思っていない。
テオドールはそう言いながらも、辛そうな顔をして徐にランの髪に触れる。
そして指に毛先を絡めるようにして弄ぶ。
まるで恋人に触れるみたいに、優しく、艶かしく。
「……やめてよ」
ランは小さく呟いた。本当は自分が何に苛立っているのか、よくわかっている。
ランは何よりも一番、この男がこんな風に気安く触れてくることが腹立たしくて仕方がないのだ。
「流石に割に合わないわ」
面倒くさい男のお守り代はランの給金には含まれていない。
「そうやって私を身代わりにするのはもうやめて」
「……え?」
「はじめは小動物を愛でてるような気分にでもなってるのかと思っていたけど、やっぱりただの身代わりだったのね。ようやく合点がいったわ」
「何?何の話?」
「同じ赤髪だから?たったそれだけの理由で亡霊に囚われて振り向いてくれない彼女の身代わりにでもしようって?」
薄々気づいていたが、ニックたちからテオバルトの話を聞いて確信した。
眼前のこの男は、自分をリズベットの代わりにしているだけだ。
(恋なんてしたことないからわからないけれど、多分間違ってない)
そうじゃなきゃ、子どもだと思っている相手にこんな風に触れたりしない。
ランは自嘲するような笑みを浮かべた。
「好きになるなと言ったのは、すでに想う人がいたからでしょう?」
「ち、違……」
違う。それだけは、本当に違うのに。テオドールは言葉を詰まらせた。
ランはその反応で自分の推測が正しかったのだと悟った。
「何が違うのよ。違う違うばっかり……」
我慢できなくなったランはテオドールの右頬に向かって大きく手を振り上げた。
平手打ちされると思ったテオドールはギュッと目を瞑る。
しかし、頬は痛みを感じなかった。
彼が恐る恐る目を開けると、ランの手はいつのまにか彼女の胸元に置かれていた。
「殴られるとでも思った?」
「……思った」
「殴ってなんてやらないわ。だって、それが一番痛いでしょう?」
罰を求め続けるやつには罰なんて与えてやらない。
罰せられないことが、何よりの罰だ。責められないことが何よりの罰。
「退いてください」
「あ……。ご、ごめん……」
ランの気迫に押され、テオドールは素直にベッドから離れる。
ランは彼の手を掴むと、乱暴に引っ張り、そのまま部屋の外へと追い出した。
そして、
「しばらく、業務連絡以外で話しかけないで」
と、言い放ち、勢いよく扉を閉めた。
バタンと閉まる扉の音が静かな廊下に響いた。
「………………どうしよう」
閉じられた扉を見つめるテオドールの顔は見る見るうちに青くなる。
本気で怒らせた。
「……き、嫌われた?」
思い返してみれば、嫌われるようなことしかしていない気がする。
それでもいつも、ランはその広い心で全部受け流してくれるから。だから甘え過ぎていた。
何も聞いてこない彼女のとなりは居心地が良かった。
でも彼女にとっては、ずっと何も聞かされない事がもどかしかったのだろう。
当たり前だ。あんな接し方をして気にならないはずがない。
「確かに、自分のことばかりだ」
何も言わずに都合よく扱っているだけなのに、勝手に手に入れた気になっていた。
その結果、最悪な方向に拗れた。
***
「ぬおおおおおお!あんのクソ野郎があああ!」
速攻でお仕着せに着替えたランは部屋を飛び出し、まだ廊下で呆然としたままのテオドールをスルーして、ニックの元へと向かった。
まだ日も昇りきらないうちから現れたランにニックは不思議そうに首を傾げたが、そのただならぬ雰囲気にストレスが溜まっているのだなと察し、とりあえず薪割りの仕事を与えた。
結果、木材に罵詈雑言を浴びせながら薪割りをするメイドの図が出来上がった。
「きらい!きらいきらいきらい!だいっきらーい!!」
「おーい、ラーン」
「ウジウジウジウジ、女々しいんだよ!はっきりしろやぁ!クソがああああ!」
「ラン、うるさいぞー」
「ああああああ!腹立つううううう!!」
「ランさーん」
「まっじで面倒くせぇんだよ、ばっかやろー!!!」
「聞こえてねーな、こりゃ……」
早朝からうるさいとメイド長あたりから苦情が来そうだが、全部テオドールのせいにしておこう。
ニックは孫娘を見るような温かい目でランを見守りつつ、彼女の気が済むまでやらせてやろうと小さくため息をこぼした。
テオドールはベッドに叩きつけるようにランを押し倒した。
「わかったような口を聞くな。さっきからずっと不愉快なんだよ」
ランは彼を怒らせてしまったようだ。こちらを見下ろすテオドールはかつて見たことがないほどに顔を歪めていた。
「……何よ。不愉快なのはこっちの方よ。中途半端に巻き込みやがって」
「巻き込んだつもりはない」
「巻き込んでるでしょうが。じゃなきゃ私はこうしてあなたのことを気にかけたりなんかしないのよ」
「気にかけてくれと頼んだ覚えはないよ」
「嘘ばっかり。こっちが気になるようなことだけ言って、大事なことは何も教えないなんて。わざとやってるようにしか見えないんだけど。何なの?子どもなの?かまってちゃんなの?面倒臭いことこの上ないわ」
そう。本当にこの男は死ぬほど面倒くさい。でも、そういうところは別に嫌いじゃなかった。
決して好きにはならない。けれど、自分にだけ見せてくれる弱い一面が可愛く思えた。
だから、ランは勘違いしていた。自惚れていた。
(結局、この人にとって私は他人なんだ)
差し出された手が他でもない自分のものなら、取ってくれるとランは思っていた。
そんなわけないのに。主人であるイアンの手さえ取らない人が、つい最近知り合ったばかりの小娘の手を取るわけがない。
ランはテオドールの視線に耐えきれず、目を逸らせた。
すると、テオドールは内圧を下げるように長く息を吐き、冷たく笑う。
「ランはこんなふうに他人の領域に土足で踏み込んでくるような人ではないと思っていました」
酷くガッカリしたような声色に、ランはカッと体が熱くなるのを感じた。恥ずかしさと怒りが混ざり合って、苦しい。
「自分でもどうしてこんなに首を突っ込みたくなるのか、どうしてこんなに苛立つのかわからない。けど、私はあなたを助けたいと思う」
「……僕はランに助けて欲しいなんて思ってませんよ」
救われたいだなんて、思っていない。
テオドールはそう言いながらも、辛そうな顔をして徐にランの髪に触れる。
そして指に毛先を絡めるようにして弄ぶ。
まるで恋人に触れるみたいに、優しく、艶かしく。
「……やめてよ」
ランは小さく呟いた。本当は自分が何に苛立っているのか、よくわかっている。
ランは何よりも一番、この男がこんな風に気安く触れてくることが腹立たしくて仕方がないのだ。
「流石に割に合わないわ」
面倒くさい男のお守り代はランの給金には含まれていない。
「そうやって私を身代わりにするのはもうやめて」
「……え?」
「はじめは小動物を愛でてるような気分にでもなってるのかと思っていたけど、やっぱりただの身代わりだったのね。ようやく合点がいったわ」
「何?何の話?」
「同じ赤髪だから?たったそれだけの理由で亡霊に囚われて振り向いてくれない彼女の身代わりにでもしようって?」
薄々気づいていたが、ニックたちからテオバルトの話を聞いて確信した。
眼前のこの男は、自分をリズベットの代わりにしているだけだ。
(恋なんてしたことないからわからないけれど、多分間違ってない)
そうじゃなきゃ、子どもだと思っている相手にこんな風に触れたりしない。
ランは自嘲するような笑みを浮かべた。
「好きになるなと言ったのは、すでに想う人がいたからでしょう?」
「ち、違……」
違う。それだけは、本当に違うのに。テオドールは言葉を詰まらせた。
ランはその反応で自分の推測が正しかったのだと悟った。
「何が違うのよ。違う違うばっかり……」
我慢できなくなったランはテオドールの右頬に向かって大きく手を振り上げた。
平手打ちされると思ったテオドールはギュッと目を瞑る。
しかし、頬は痛みを感じなかった。
彼が恐る恐る目を開けると、ランの手はいつのまにか彼女の胸元に置かれていた。
「殴られるとでも思った?」
「……思った」
「殴ってなんてやらないわ。だって、それが一番痛いでしょう?」
罰を求め続けるやつには罰なんて与えてやらない。
罰せられないことが、何よりの罰だ。責められないことが何よりの罰。
「退いてください」
「あ……。ご、ごめん……」
ランの気迫に押され、テオドールは素直にベッドから離れる。
ランは彼の手を掴むと、乱暴に引っ張り、そのまま部屋の外へと追い出した。
そして、
「しばらく、業務連絡以外で話しかけないで」
と、言い放ち、勢いよく扉を閉めた。
バタンと閉まる扉の音が静かな廊下に響いた。
「………………どうしよう」
閉じられた扉を見つめるテオドールの顔は見る見るうちに青くなる。
本気で怒らせた。
「……き、嫌われた?」
思い返してみれば、嫌われるようなことしかしていない気がする。
それでもいつも、ランはその広い心で全部受け流してくれるから。だから甘え過ぎていた。
何も聞いてこない彼女のとなりは居心地が良かった。
でも彼女にとっては、ずっと何も聞かされない事がもどかしかったのだろう。
当たり前だ。あんな接し方をして気にならないはずがない。
「確かに、自分のことばかりだ」
何も言わずに都合よく扱っているだけなのに、勝手に手に入れた気になっていた。
その結果、最悪な方向に拗れた。
***
「ぬおおおおおお!あんのクソ野郎があああ!」
速攻でお仕着せに着替えたランは部屋を飛び出し、まだ廊下で呆然としたままのテオドールをスルーして、ニックの元へと向かった。
まだ日も昇りきらないうちから現れたランにニックは不思議そうに首を傾げたが、そのただならぬ雰囲気にストレスが溜まっているのだなと察し、とりあえず薪割りの仕事を与えた。
結果、木材に罵詈雑言を浴びせながら薪割りをするメイドの図が出来上がった。
「きらい!きらいきらいきらい!だいっきらーい!!」
「おーい、ラーン」
「ウジウジウジウジ、女々しいんだよ!はっきりしろやぁ!クソがああああ!」
「ラン、うるさいぞー」
「ああああああ!腹立つううううう!!」
「ランさーん」
「まっじで面倒くせぇんだよ、ばっかやろー!!!」
「聞こえてねーな、こりゃ……」
早朝からうるさいとメイド長あたりから苦情が来そうだが、全部テオドールのせいにしておこう。
ニックは孫娘を見るような温かい目でランを見守りつつ、彼女の気が済むまでやらせてやろうと小さくため息をこぼした。
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