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第三章 アッシュフォード男爵夫人
16:魔女(2)
しおりを挟むあの後、やっぱりアイシャが心配になったシュゼットとイリーナは、お菓子を届けにきたランの後をこっそりつけた。
そうすると、庭園で変な女とアイシャが言い争っているのが見えた。
好き勝手に話す変な女はやっぱり悪女で。二人はアイシャを助けねばと急いで離れに戻った。
「おい、何してんだよ」
「武器を集めているのよ!」
「なんで武器?」
血相を欠いて戻ってきたかと思えば、武器になりそうなものを探す二人にレオは首を傾げた。
「奥様がいじめられているの!助けないと!」
「何!?」
事情を聞いたレオは自分も武器を集めた。
とは言え、持てる武器などおもちゃの剣や一生懸命集めた綺麗な小石程度で。
床に広げた頼りない装備に3人は不安げに首を傾げた。
「こんなので大丈夫なのか?」
「わかんない」
「でも行かなきゃ」
多分、自分たちではどうにもできない。彼らはそのことはよくわかっていた。
あの変な女はきっと貴族で、刃向かえばたとえ子どもだろうと容赦ない罰があるだろう。それも理解している。
けれど、守られてばかりではダメだ。アッシュフォードの民ならば。
レオたちは顔を見合わせ、大きく頷いた。
「ジェスター。俺たち、行ってくるから少し待っててくれるか?」
レオがそう言うと、ジェスターは扉を2回叩いた。
そして、ゆっくりとドアノブを回した。
「ジェスター?」
長く伸びた白髪。長く日に当たっていないせいか、雪のように白い肌と、細い手足。
恐る恐る部屋から出てきた頼りない風貌のジェスターは、俯いたままレオに近づき、彼の服の裾を引っ張る。
「……お前も行くのか?」
レオがそう聞くと、ジェスターはこくりと頷いた。
「外は怖いことがたくさんあるぞ」
「……」
「また傷つくかもしれないんだぞ」
「……」
「それでも、行くのか?」
レオは膝をつき、ジェスターの目線を合わせ、彼の手を握った。
ジェスターはゆっくりと顔を上げると、レオの瞳をしっかりと見据えて大きく頷いた。
「よっしゃ!行くぞ!!」
「「おー!」」
こうして、彼らは変な女を退治しに向かったのだったが……。
大事な奥様をいじめる奴は変な女だけではなかった。
*
ジェスターの獣の雄叫びにも似た泣き声があたりに響き渡る。
騒ぎを聞いたのか、アイシャやエレノア子爵たちが全員屋敷から出てきた。
騒ぎの元凶のベアトリーチェも伯爵夫妻の後ろに隠れて、歩いてくる。
アイシャは呆然とするロディたちなど気にも留めず、すぐに子どもたちに駆け寄った。
「ジェスター。落ち着いて。大丈夫だから」
怒ってくれてありがとう。守ってくれてありがとう。
アイシャはそう囁きながら、優しくジェスターを抱きしめる。
抵抗され、爪で引っ掻かれようとも気にしない。
「ラン、お風呂の用意をして。リズは離れの部屋を温めておいて。ニーナは温かい飲み物と甘いお菓子を。用意ができたらリズ以外は離れに近づかないで」
「はい!」
「了解!」
「すぐご用意します!」
「イアン様、叔父様。すみません、少し失礼します」
「あ、ああ」
「こちらのことは気にしなくていい」
「ありがとうございます」
アイシャは無理をしたせいかパニックを起こしているジェスターを抱き上げると、急いでその場を離れた。
他の子どもたちも彼女についていく。
その場にいた者たちはその後ろ姿をじっと眺めることしかできなかった。
「…….彼は、あのジェスターか?」
ロディがつぶやいた。彼の言葉に他の者たちは顔を見合わせる。
皆、その昔にジェスターを見かけたことがあった。
あれは母親の命と引き換えに生まれた子どもだ。
父と子、二人きりの家族で……。
近所に住んでいたロディたちはその子どもを『母親殺し』と忌み嫌った。
だから、救助が遅れた。
終戦間際、唯一無事だった集落が襲われた日。
魔族が去ったあとのことだ。彼らは誰も気に留めなかった父子の家を一応確認した。
そして崩れた家の、唯一奇跡的に無事だった押し入れの中で、涙も枯れ、虚な目をしてただ呆然と宙を眺めていたジェスターをロディは見つけた。
何があったのかは状況からおおよそ理解できた。
空腹も、喉の渇きも、寒さも暑さも、父親の断末魔の叫びも血の匂いも、魔族の雄叫びも。ジェスターは全部、一人で体験してしまったのだろう。
そんな彼を流石に哀れに思い、ロディたちはジェスターを保護した。
だが保護した後は大変だった。
ジェスターは混乱しているのか、突然泣き喚き、暴れ出したかと思えば自分を傷つけ、周りを傷つける。
そして一通り暴れて落ち着いたら、今度は宙を見上げて動かない。
可哀想な子だとは思った。
けれど誰も彼のような子どもに構ってやる余裕もなくて、結局は司祭に押し付けた。
はじめは近所に住んでいた者たちが見舞ってやっていたが、やがてそれもしなくなり。
「まだ、そんな状態なのか……?」
あれからどれだけの月日が流れただろう。
大人たちが復興の喧騒の中で悲しみと憎しみを誤魔化しながら、少しずつ前に進んでいるその後ろで。
あの子どもは今も、取り残されたまま。ずっと押し入れの中にいる。
「そんな……」
ロディは膝から崩れ落ちた。
彼は振り返ろうとしなかった。振り返って駆け寄って、手を引いてやらなかった。
自分には関係ないからと、何もせず。
ーーー見捨てた。
そんな彼の手を掴んだのは結局、この地とは縁もゆかりもないアイシャ・ブランチェットだった。
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