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第三章 アッシュフォード男爵夫人

10:今日だけですよ

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 結果から言うならば、伯爵夫妻との晩餐は本当に不快なものだった。
 料理の文句から始まり、アッシュフォードやイアンを見下した発言、そしてアイシャを見下した発言の数々。
 予想していたことではあったが、イアンは感情を抑えるのが大変だった。特に……。

『君とて、地味なアイシャより、ベティのように美しく可愛らしい娘が妻になる方が良いだろう?美しい妻を持つのが男の幸せというものだ。ベアトリーチェが妻となればきっと、皆が羨ましがるぞ?』

 という、伯爵の言葉を聞いた時は本当に無理だと思った。メイド長がタイミングよくワインを注ぎに来てくれなければ、多分殴りかかっていた。
 伯爵夫妻はよく、ベアトリーチェを褒めるときにアイシャと比べて褒める。尤も、褒められるところは容姿や性格といった、個人の主観によるものがほとんどだったのだが。
 それでも幼少期からこんなふうにわかりやすく差別していたのかと思うと、イアンははらわたが煮えくり返る思いだった。

 しかし、イアンがそれよりももっと気に食わなかったのはベアトリーチェだ。
 彼女は晩餐の席で何も言わなかった。ただニコニコと笑っているだけ。
 自分で自分を売り込むことはなく、けれどチラチラとこちらを見ては「私を選ぶのが当然でしょう?」と言う顔をする。
 それは、何もせずとも全て与えられてきた証拠だった。
 アイシャがいろんな事を我慢してきた横で、平気な顔をして全てを受け取ってきた証拠。
 なぜ誰よりも恵まれた彼女が両親の勝手に文句も言わず、アッシュフォードに嫁ごうとしたがるのかは謎だが、我慢できなかったイアンは思わずこう返した。

『伯爵様は夫人がお美しいからご結婚なさったのですか?自分は、妻とはアクセサリーではなく、運命を共にするパートナーであると考えております』

 と。
 こう言われてしまっては、伯爵は何も言えない。
 否定すればベアトリーチェを勧める理由がなくなり、頷けば夫人をアクセサリー扱いしていることになる。
 伯爵は無礼だと怒鳴っていたが、勝手に屋敷に押しかける男に言われても何も響かない。
 イアンは早々に晩餐の席を立ち、自室に戻った。  


 *
 

「あー……」

 ソファの背もたれに体を預け、苛立ったように深いため息をこぼすイアン。
 テオドールはそんな彼の前に鎮静効果のあるハーブティーを出した。

「……なあ」
「はい」
「言っていいか?」
「今日だけですよ」
「殺したい」
「暗殺します?」
「最終手段だ」
「おや?否定はしないんですね」

 珍しく手荒な手段を残した主人にテオドールは目を丸くした。
 
「皇室が絡んでるからですか?そんなに殺気立ってるのは」
「…….どうだろう」

 貴族社会のことも、領主の仕事のことも何一つわからない平民にアッシュフォードを押し付けて、この地を見捨てた皇室をイアンは許していない。
 そんな彼らが今度はイアンの一番大事なものを奪おうとしているのだ。冷静になれなくても仕方がないと言えるだろう。

「テオ」
「はい」
「俺がもし、冷静さを失ったと思ったら……、その時は止めてくれよ」
「努力はします」

 尤も、戦場で悪魔と呼ばれた男を止められる自信はないが。
 
「あ、そうだ!テオ、リズをベアトリーチェ嬢につけてくれ」
「監視ですか?」
「ああ。彼らは明日以降もここに居座るだろうし、そうなればあの娘は我が物顔でこの屋敷の中を歩き回るだろう?」

 ここには子どもたちもいる。できれば会わせたくない。イアンはベアトリーチェが勝手をしないよう監視しろと命じた。

「理由はわかりますが、何故リズなのです?」
「だってあいつが一番気が利かないだろ?」
「……ああ、なるほど」

 イアンの意図を理解したテオドールはニヤリと口角を上げた。



 
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