52 / 149
第二章 マリーナフカの棺とハルの妖精
19:リズベットの誤解(2)
しおりを挟む「ひどい目にあった……」
「あ、お疲れ様です。思ったより早い帰りですね」
「細江君……。もう店は終わり?」
「はい。ちょっとだけ早いんですけど、お客さんがまた外に並びたさないうちに今日は閉めようって。宮下さんはコカトリスの卵どうでした?」
「駄目だったぁ。何かめっちゃ強い男の人に邪魔されて……」
「あーもしかして『橘フーズ』の人ですか? あそこのダンジョンはあの会社がモンスターの発生を操作してるとか何とかって言いますし。実際俺達も『佐藤ジャーキー』にいた時はドラゴンを狩る時に、『橘フーズ』の探索者に何か言われたら黙っていう事を聞いておけって……」
「ドラゴンのいる階層は頑なに自分達だけのものにしたいって事か。上層階に目ぼしいモンスターの配置をするとかなんとか言って色んな企業と裏で契約でもしてるんかね? 全く、がめついのはどっちだよ」
「相当イラついてるみたいですけど、そんなに『橘フーズ』の探索者はヤバイ奴だったんですか?」
「いや、若くて乱暴で敬語も使えない奴だったけど、無邪気だったからかな、そんなにイライラはしなかった。それより、毒液を吐いてくれたあのコカトリスがもう嫌いで嫌いで」
「毒液……。流石です神様っ!毒もなんともない人間とか俺聞いたことないっすよ!」
「ま、まぁな」
誉めてくれる細江君の手前、毒液を飲んでしまったっていう失敗は話せない。
あー何かまた口の中洗いたくなってきた。
「でもその手……もしかして『橘フーズ』の探索者と?」
「『橘フーズ』っていうかその使役するドラゴンがな……。あそこのダンジョンを踏破するにはもうちょいレベル上げないといけないかも」
「レベル上げ!それなら俺もとことん付き合いますよ!経験値が多いって事考えると【NO9】ですよね! 1回神様とは一緒に探索に行きたいと思って――」
「駄目」
細江君と話していると休憩室に仕事で汗ばんだ景さんが入ってきた。
普通ならその艶やかさに目を奪われるところだけど、いつも以上に目が鋭く怖いからそんな邪な気持ちになる余裕がない。
何で景さんはこんなに不機嫌なんだ?
久々にクレーマーと一悶着あった?
「その駄目っていうのは今日クレーマーとか対応しててやっぱりそういった時の人手が足りないとかっていうと――」
「違う。……まずはその手を見せて。因みに手はもう洗った?」
「……はい」
俺の言葉を一刀両断した景さんは俺の手をとると、じっと見つめた。
そして、休憩室にある棚から救急キットを取り出し、しゅっと消毒液を俺の手に吹き掛けると傷の残らない大きめの絆創膏を貼って包帯を巻く。
「あの、これくらい放っておけば治るからそんなに大袈裟にしなくても」
「油断は駄目。きっとこの怪我も強くなって油断したから。それに私も油断して……。危険な場所って知ってたんだからもっとちゃんと止めて上げれば良かった」
「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。それより卵とってこれなくてすみません」
「そんなの謝らなくていい。……とにかくしばらくは【NO9】は禁止! ドラゴンも禁止っ!」
「「はい」」
景さんは可愛らしく禁止宣言をするとじっと俺と細江君の顔を見つめた。
ドラゴンは別にどうでもいいけど【NO9】はまだ行きたかったなぁ……。
でもこの顔されちゃあなぁ。
仕方ない。今度休みの日によわよわなダンジョンでいそいそと細江君とレベル上げしよ。
「おーいっ! お客さんからいいもんもらったぞ! って何だみんなして黙って……その歳でにらめっこでもやってたのか?」
景さんの膨れっ面にたじろいでいると休憩室の扉が開き今度は店長が満面の笑みで部屋に入ってきた。
掲げられた手には紙袋。
お客さんからの差し入れなんて珍しいな。
「そんなんじゃない。ちょっと宮下君とついでに細江君に注意してただけ」
「そうか。まぁお説教タイムはいいとして、これを見てくれよ! こんなのが店の料理として以外で手に入るなんて中々ないぞ!いやぁ宮下、お前の知り合いにもまともそうな居て良かったな!」
「俺の知り合い?」
大学の時の仲間がSNSでも見て来たのかな?
いや待て、だとしても俺に差し入れなんてしてくれるような気の利いた人間は居なかった筈だぞ。
「『ドラゴン肉が気に入ったら連絡よろ』だってさ。袋の中に紙が入ってたぞ。一応電話番号も書いてある」
「……この字体は」
ドラゴンをテイムしてたあいつか。
また引き抜きの勧誘に来るとは行ってたけどまさかこんなに早いなんて……。
多分動画とかSNSとかで特定したんだろうけど、ここに来ようっていう判断が遅い、じゃない早い!
「後で一言お礼を言っておけよ。俺からはもう言っておいた」
「えーっとぉ……はい」
視界に入った景さんの顔を見て俺は引き抜きの件は伏せておく事にした。
機嫌が悪いのに追い討ちをかけるのも辛いし、しゃーないよな。また後で報告するか。
「――店長、今ドラゴンって言いました?」
「おう! 今日のまかない飯はドラゴン肉のすき焼きだあ!」
細江君の問いに嬉しそうに答えた店長は引き抜きなんて煩わしい事を知らずに紙袋に入れられたドラゴンの肉の入った箱を取り出して、早速その蓋を開けるのだった。
23
お気に入りに追加
2,892
あなたにおすすめの小説

【完結済】政略結婚予定の婚約者同士である私たちの間に、愛なんてあるはずがありません!……よね?
鳴宮野々花@書籍2冊発売中
恋愛
「どうせ互いに望まぬ政略結婚だ。結婚までは好きな男のことを自由に想い続けていればいい」「……あらそう。分かったわ」婚約が決まって以来初めて会った王立学園の入学式の日、私グレース・エイヴリー侯爵令嬢の婚約者となったレイモンド・ベイツ公爵令息は軽く笑ってあっさりとそう言った。仲良くやっていきたい気持ちはあったけど、なぜだか私は昔からレイモンドには嫌われていた。
そっちがそのつもりならまぁ仕方ない、と割り切る私。だけど学園生活を過ごすうちに少しずつ二人の関係が変わりはじめ……
※※ファンタジーなご都合主義の世界観でお送りする学園もののお話です。史実に照らし合わせたりすると「??」となりますので、どうぞ広い心でお読みくださいませ。
※※大したざまぁはない予定です。気持ちがすれ違ってしまっている二人のラブストーリーです。
※この作品は小説家になろうにも投稿しています。

《完結》愛する人と結婚するだけが愛じゃない
ぜらいす黒糖
恋愛
オリビアはジェームズとこのまま結婚するだろうと思っていた。
ある日、可愛がっていた後輩のマリアから「先輩と別れて下さい」とオリビアは言われた。
ジェームズに確かめようと部屋に行くと、そこにはジェームズとマリアがベッドで抱き合っていた。
ショックのあまり部屋を飛び出したオリビアだったが、気がつくと走る馬車の前を歩いていた。

【完結】王太子殿下が幼馴染を溺愛するので、あえて応援することにしました。
かとるり
恋愛
王太子のオースティンが愛するのは婚約者のティファニーではなく、幼馴染のリアンだった。
ティファニーは何度も傷つき、一つの結論に達する。
二人が結ばれるよう、あえて応援する、と。

婚約者を譲れと姉に「お願い」されました。代わりに軍人侯爵との結婚を押し付けられましたが、私は形だけの妻のようです。
ナナカ
恋愛
メリオス伯爵の次女エレナは、幼い頃から姉アルチーナに振り回されてきた。そんな姉に婚約者ロエルを譲れと言われる。さらに自分の代わりに結婚しろとまで言い出した。結婚相手は貴族たちが成り上がりと侮蔑する軍人侯爵。伯爵家との縁組が目的だからか、エレナに入れ替わった結婚も承諾する。
こうして、ほとんど顔を合わせることない別居生活が始まった。冷め切った関係になるかと思われたが、年の離れた侯爵はエレナに丁寧に接してくれるし、意外に優しい人。エレナも数少ない会話の機会が楽しみになっていく。
(本編、番外編、完結しました)

いくら政略結婚だからって、そこまで嫌わなくてもいいんじゃないですか?いい加減、腹が立ってきたんですけど!
夢呼
恋愛
伯爵令嬢のローゼは大好きな婚約者アーサー・レイモンド侯爵令息との結婚式を今か今かと待ち望んでいた。
しかし、結婚式の僅か10日前、その大好きなアーサーから「私から愛されたいという思いがあったら捨ててくれ。それに応えることは出来ない」と告げられる。
ローゼはその言葉にショックを受け、熱を出し寝込んでしまう。数日間うなされ続け、やっと目を覚ました。前世の記憶と共に・・・。
愛されることは無いと分かっていても、覆すことが出来ないのが貴族間の政略結婚。日本で生きたアラサー女子の「私」が八割心を占めているローゼが、この政略結婚に臨むことになる。
いくら政略結婚といえども、親に孫を見せてあげて親孝行をしたいという願いを持つローゼは、何とかアーサーに振り向いてもらおうと頑張るが、鉄壁のアーサーには敵わず。それどころか益々嫌われる始末。
一体私の何が気に入らないんだか。そこまで嫌わなくてもいいんじゃないんですかね!いい加減腹立つわっ!
世界観はゆるいです!
カクヨム様にも投稿しております。
※10万文字を超えたので長編に変更しました。

【完結】さようなら、婚約者様。私を騙していたあなたの顔など二度と見たくありません
ゆうき
恋愛
婚約者とその家族に虐げられる日々を送っていたアイリーンは、赤ん坊の頃に森に捨てられていたところを、貧乏なのに拾って育ててくれた家族のために、つらい毎日を耐える日々を送っていた。
そんなアイリーンには、密かな夢があった。それは、世界的に有名な魔法学園に入学して勉強をし、宮廷魔術師になり、両親を楽させてあげたいというものだった。
婚約を結ぶ際に、両親を支援する約束をしていたアイリーンだったが、夢自体は諦めきれずに過ごしていたある日、別の女性と恋に落ちていた婚約者は、アイリーンなど体のいい使用人程度にしか思っておらず、支援も行っていないことを知る。
どういうことか問い詰めると、お前とは婚約破棄をすると言われてしまったアイリーンは、ついに我慢の限界に達し、婚約者に別れを告げてから婚約者の家を飛び出した。
実家に帰ってきたアイリーンは、唯一の知人で特別な男性であるエルヴィンから、とあることを提案される。
それは、特待生として魔法学園の編入試験を受けてみないかというものだった。
これは一人の少女が、夢を掴むために奮闘し、時には婚約者達の妨害に立ち向かいながら、幸せを手に入れる物語。
☆すでに最終話まで執筆、予約投稿済みの作品となっております☆
【完結】「君を愛することはない」と言われた公爵令嬢は思い出の夜を繰り返す
おのまとぺ
恋愛
「君を愛することはない!」
鳴り響く鐘の音の中で、三年の婚約期間の末に結ばれるはずだったマルクス様は高らかに宣言しました。隣には彼の義理の妹シシーがピッタリとくっついています。私は笑顔で「承知いたしました」と答え、ガラスの靴を脱ぎ捨てて、一目散に式場の扉へと走り出しました。
え?悲しくないのかですって?
そんなこと思うわけないじゃないですか。だって、私はこの三年間、一度たりとも彼を愛したことなどなかったのですから。私が本当に愛していたのはーーー
◇よくある婚約破棄
◇元サヤはないです
◇タグは増えたりします
◇薬物などの危険物が少し登場します

婚約者様は大変お素敵でございます
ましろ
恋愛
私シェリーが婚約したのは16の頃。相手はまだ13歳のベンジャミン様。当時の彼は、声変わりすらしていない天使の様に美しく可愛らしい少年だった。
あれから2年。天使様は素敵な男性へと成長した。彼が18歳になり学園を卒業したら結婚する。
それまで、侯爵家で花嫁修業としてお父上であるカーティス様から仕事を学びながら、嫁ぐ日を指折り数えて待っていた──
設定はゆるゆるご都合主義です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる