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第二章 マリーナフカの棺とハルの妖精

1:アッシュフォードの冬(1)

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 アッシュフォードはその地形から、冬になると他領との行き来が困難になる。
 故に、通行者の安全を保証できないからと本格的に雪が降り始める前には、他領に通じる全ての関所の門を閉じられるのだが、本当の理由は他にもあった。



「哨戒に出ていた部隊からの報告です。投石機らしき物が確認されましたっ!」

 アイシャがアッシュフォードの地を踏んでから10日程が過ぎた日の朝。
 半分寝たままのイアンの頭を報告書の束で張り倒し、テオドールはそう宣言した。
 イアンは後頭部を押さえ、抗議の眼差しを彼に向ける。

「…………台数は?」
「とりあえず目視で2台。完成間近なようですが、どうします?」
「こちらから手を出すと面倒なんだがなぁ。かと言って放っておくわけにもいかんし……」
「潰しますか?」
「そんな簡単にいうなよ。潰したらまた始まるだろう、冬が」
「潰さなくとも始まりますけどね、冬は」
「はあ……。まあ完成すると面倒だし、潰しとくか……」
「ですね。はあ……」

 顔を見合わせた二人は大きなため息をこぼした。
 そう、アッシュフォードが冬になると自ら門を閉じて孤立する理由は、寒さが厳しいからだけではない。未だ魔族の襲撃があるからだ。
 彼らは冬になると必ず、こちらに来ようとする。おそらくは食糧を求めているのだろう。
 アッシュフォードは彼らが南下作戦を決行するたびに、応戦してきた。
 公式的に戦争の犠牲者とならない犠牲が今もこの地からは出ており、多くの人が他領に移り住んだ。
 幸いにも周辺の領地から大量の支援物資は届くため、今まではなんとかギリギリのところで攻防を続けられていたのだが、正直それもいつまで持つかわからない。 
 魔族が恐ろしいのか、何度報告をあげても、すでに戦争は終わったとして皇室は現実を見ようとせず。
 イアンとアッシュフォードの民の、義務感と正義感によってかろうじて守られているこの国境はいつ崩壊してもおかしくはない。
 

「門は?そろそろか?」
「はい、奥様がお越しになるタイミングで子爵家の志願兵はこちらに入りましたし、支援物資も全て運び込まれています。物好きな傭兵たちも結構前に来てますね。一昨日から来ている隊商は今朝引き上げましたし……、あとはマダム・キャロルが最後かと」
「里帰りしていた奴らは戻ったのか?」
「昨夜、最後だったリズベットら7名が関所を通過したことを確認しました」
「そうか、わかった」
「ちなみに、リズベットは何やら不機嫌だそうです」
「知らねーよ。アイシャに出くわす前にあいつに礼儀を叩き込んどけよ」
「旦那様の結婚話を聞いたその日から指導はしています。ただ成長は見られません」
「最悪だな、おい」

 ただでさえ頭が痛いのに、爆弾娘が帰ってくるとなり、イアンはさらに痛みが増す額を抑えて項垂れた。


「あのー、よろしいでしょうか?」

 二人が今後について頭を悩ませていると、アイシャが執務室を訪れた。
 ひょっこりと扉の隙間から顔を出す彼女は、おさげ髪にブルースターの髪飾りをつけている。
 それはアイシャには内緒で、マダムから追加で買ったものだ。
 イアンはやっぱりよく似合うと、選んだ自分を心の中で褒めた。

「どうした?」
「マダムがお帰りになるそうです」
「もう?泊まっていけばいいのに」
「私もそう言ったのですが、マダムが関所の門を閉じねばならないから急ぐと」

 急なお願いにも関わらず、休みなしでここまで来てくれたのだから、少しくらいゆっくりすればいいのに。アイシャは不思議そうに首を傾げた。

「門はそんなに急ぐのですか?」
「いえ、一日二日くらいなら待てますよ。もしかしたら、マダムは急ぎの用事があったのかもしれませんね」
「そうなのかしら」
「とりあえず、見送りに行こう。マダムはもう出るのだろう?」
「はい、下におられます」
「では行こうか」

 イアンは机に広げられていた報告書を隠すように裏返し、部屋を出た。
 ちなみに、彼が部屋の外で『俺の一押し』を着たアイシャを褒め称え、彼女を赤面させたのは言うまでもない。

 *

「わざわざお見送り、ありがとうございます。男爵様」
「いや、こちらこそ急なお願いだったのに、ありがとう。感謝する」
「帰りもどうかお気をつけて」
「ありがとうございます、奥様。帰りにエレノア子爵夫人のところに寄る予定なのですが、何かお伝えしておくことはありますか?」
「そうですね……」

 叔母に伝えたいこと、と言われると山ほどあるのだが。
 アイシャはチラリとイアンの方を見上げ、ジッと見つめた。
 イアンは少し頬を染め、不思議そうに彼女を見下ろす。するとアイシャは彼の手をさりげなく、キュッと握った。

「えっ!?アイシャ?」
「叔母様と叔父様には、アイシャは幸せにやっているとお伝えいただけますか?」
「ふふっ。かしこまりましたわ」

 繋がれた手を見て、マダムは嬉しそうに微笑んだ。
 きっとその光景はあの優しい夫妻が心から望んでいた光景だろう。
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