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第一章 輪廻の滝で

24:罪深い(1)

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 それから、アイシャは可能な限りイアンと食事を共にし、時間を見つけてはイアンとお茶をしたり散歩したりしながら過ごした。
 彼は相変わらず目が合えば顔を顰めるし、手が触れれば体を強張らせるが、5日もすれば慣れてきたのか、急に手を振り払われたり、目を逸らされたりすることは無くなった。会話の中でふと、柔らかく微笑む場面もあったりして、アイシャは叔母の言っていた『笑うと可愛い』が本当であった事を知った。
 穏やかな日常。自分が見つめる相手が自分を見つめ返してくれる喜び。家族となる人と視線が合い、対等に会話ができることで満たされていく心。
 アイシャは徐々にアッシュフォードの屋敷に馴染みつつあった。

 そんな日常が続いていたある日のこと。イアンの執務室を訪れたアイシャは、そろそろアッシュフォードにも慣れたので、男爵夫人として何かさせて欲しいと願い出た。
 彼女は優秀だが、何の事前準備もせずに領主夫人の仕事がこなせるほど抜きん出たものがあるわけでもない。せっかく冬からここにいるのだから、春に正式な夫人となる前に少しずつ仕事を覚えておきたいのだ。

 しかし、そう言ったアイシャにイアンはこんな質問を返した。

「なあ、アイシャ。輪廻の滝って知っているか?」

 唐突で脈絡のない質問にアイシャは首を傾げる。質問の意図がわからない。何かのテストのようなものだろうか。

「輪廻の滝のことなら知っています。有名ですし……。それが何か?」
「行ったことはあるか?」
「……何故、そんなことを聞くのですか?」

 アイシャは怪訝に眉を寄せた。どう答えるべきかわからないのだ。
 輪廻の滝は観光地ではあるが、同時に自殺の名所でもある場所。そんなところに行ったことがあるなど、良い印象を与えない。けれど、嘘をつくのも気が引ける。彼は善良な人だから、出来るなら嘘はつきたくない。

(どうしよう……)

 アイシャは悩んだ。
 すると、アイシャの表情が曇ってしまったことに気づいたイアンは慌てて謝った。

「ご、ごめん!そんな顔をしないでくれ!その、俺も昔行ったことがあって、アイシャ嬢もエレノア子爵の家で過ごしたことがあると聞いたから、もしかしたらと思っただけというか……」
「え……?男爵様は行ったことがあるのですか?」
「ああ、昔な。どうしても生きていくことに希望が持てなくて」

 イアンは照れ臭そうに笑った。
 その過去を恥じているわけではないらしい。むしろ、懐かしい思い出を語っているような雰囲気だ。
 自殺しようとした過去など、その人にとって黒歴史でしかないはずなのに、本当に変な人だとアイシャは思った。

「……私もありますよ、行ったこと」

 アイシャはいつの間にか、無意識にあの日のことを語り始めた。
 イアンになら話しても良いと思えたのだ。何故だかわからないけれど、多分彼は馬鹿にしたりせずに聞いてくれるような、そんな気がしたから。

 
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