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第一章 輪廻の滝で

16:死にたがりの初恋(4)

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 その後、イアンは教会が用意してくれた馬車に乗ってヴィルヘルムの街へと戻った。
 ヴィルヘルムに戻ると、居酒屋の大将からはゲンコツを食らったし、おばさんや大家さん、幼馴染からは泣かれた。
 自警団の人は夜通し探し回ってくれたのか、寝不足なようで、イアンはみんなに向けて深々と頭を下げた。

『心配かけてごめんなさい。でも、俺はちゃんと生きるよ。強く生きて幸せになる。その父さんとの約束をちゃんと守るよ』

 樹海で何があったのかはわからない。けれど、強い眼差しで『生きること』を約束したイアンに皆は安堵した。そして父の死を乗り越え、父の願いを叶えるために前を向いた彼のことをずっと応援し続けようと強く思った。

 それからひと月ほど経ったある日。ヴィルヘルムの領主と教会の司祭は投獄された。エレノア子爵により、彼らの不正か明るみに出たのだ。
 その結果、ヴィルヘルムはエレノア子爵領に吸収された。教会は平民にも門が開かれ、不当に重かった税は軽くなり、生活が改善された。




「まあ、数年後には魔族の襲撃があってヴィルヘルムの街は一度燃えてしまったけれど、それでもエレノア子爵が戦後の復興に尽力してくれているからか、街の雰囲気は前の領主の時よりも断然明るい」

 これも全て、子爵のおかげであり、子爵とヴィルヘルムを繋いでくれたあの少女のおかげ。結局彼女はイアン一人だけでなく、街そのものを変えてくれたのだ。

「あれから、俺は一日たりとも彼女のことを忘れたことなどないんだ」

 ずっと、あの少女に会うために生きてきた。

 本当は時々、部屋で一人でいる時に父が恋しくなり、やっぱり後を追おうかと考えたこともある。
 魔族との戦いで、多くの仲間と大切だった人たちが死んで、いっそこのまま皆んなと共に……、なんて思ったときもあった。
 けれど、それでも決して諦めずにここまで生き抜くことができたのは彼女との約束があったからだ。
 挫けそうな時はいつも心に彼女がいたから。
 
 あの時出会った少女は、気がついたら自分の核となっていた。生きるための道標となっていた。
 
「……また会えるなんて、奇跡だよなぁ」

 イアンを枕を抱きしめたまま、感慨深そうに呟いた。
 また会おうと約束はしたけれど、まさかこんな形で再会するなど思ってもみなかった。
 あの時、自分に約束をくれた彼女が同じ屋敷の中にいる。自分の妻となるために会いにきてくれた。
 それだけで、イアンはもう胸がいっぱいだ。

 釣書を一目見たあの日から、イアンはずっとこんな調子で浮かれている。

 そして、この話を聞いた使用人達は主人と彼の初恋の人との再会を感動的なものにしようと、庭の手入れや屋敷の掃除、料理に至るまで完璧に準備していたというのに。

「……あんたのせいで全部台無しなのですが?」

 テオドールは呆れ顔で浮かれた主人を見下ろした。
 全部イアンのための努力だったのに、浮かれすぎて馬鹿になっている彼のせいで全てが台無しだ。きっとアイシャにとって、この再会は印象の悪いものになっているに違いない。
 というか、そもそもの話……。
 
「奥様は絶対に旦那様のことを覚えていらっしゃいませんよね?」

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