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シャーロットを妻にするということ
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「こんなことを言われたら、陛下も『なんて謙虚な娘だろうか』と思うだろう?いつか、この娘が自分を頼ってきたときは全力で味方してやろうと思うだろう?」
「ああ。だから、あの手紙ですか…」
ルーカスは、シャーロットに負けたあの日。何食わぬ顔で彼女が持ってきた、王からの手紙を思い出した。
「その話は知りませんでした…」
「まあ、気づかなくても仕方がない。シャーロットも、お前の耳にこの話が入らないようにしてくれと願い出ていたしな」
食事を終えたレオンは、ナプキンで口元を拭きながら、その後の話を続けた。
メイドはプレートを下げ、食後の紅茶を用意し始める。
「どこまで計算していたのかは知らんが、あの一件の真相は、位の高いごく一部の貴族には知られていてる。するとどうなると思う?」
「どうって…シャーロットは目をつけられますね」
「そうだ。聡明で謙虚なシャーロットを息子の嫁に欲しいと考える貴族が出てくる」
幸いなことに、どんなにシャーロットが優秀でも、姉が王太子妃である以上、彼女が王家に嫁ぐことはない。
王家に遠慮しなくて良いとなれば、真相を知る貴族たちは皆、シャーロットを自分の息子の嫁にしたいと考えた。だが、成人を迎えていないシャーロットはまだ婚約ができない。
だから、いずれその時が来たら真っ先に婚約を申し込むことができるように、真実を知る貴族たちは、横領事件を解決したのは彼女だと知りながらも、それを隠した。彼女の優秀さが知れ渡り、ライバルが増えると困るからだ。
そして、貴族たちはシャーロットを無理やり手に入れようとする不届きな輩がいないかを、互いに監視するようになる。
そうやって睨み合いを続けながらも、親に付いて夜会に出てきた彼女に対しては、競い合うように声をかける。自分の息子の名を覚えてもらおうとして。
だから、いつもシャーロットの周りには人が集まっていた。すると当然のように、いつも人々の中心にいる彼女の噂はたちまち社交界へと広がり、更に注目を集める事となる。
「シャーロットは一度でも言葉を交わせば、皆が聡明な娘であると気づく。加えてあの容姿だ。どんな男でも欲しくなるだろう?」
こうして、シャーロットは徐々に自分の価値を高めていったのだと、レオンは言う。
「いつも囲まれているとは思っていましたが、そんな経緯があったとは…」
当時は、ただシャーロットが美しいから人が寄ってきているのだと思っていたが、どうやらそれだけではなかったらしい。
ルーカスは、シャーロットならこのくらいの事はやりそうだと、妙に納得した。
「そして、皆がシャーロットを手に入れようと睨み合いをしている中で、成人を迎えた彼女に、突如として義兄との婚約話が持ち上がる。するとどうだ?こうは思わないか?」
『他家に取られるくらいなら、宮廷でも中立派の侯爵家から出さない方が良い』
価値の上がりすぎたシャーロットは、どの家に嫁いでも貴族社会のパワーバランスを崩してしまう。
そう考えた貴族たちは、ルーカスと彼女の結婚を後押ししたというわけだ。
レオンはメイドが持ってきた紅茶に口をつけ、「そういえば」と呟く。
「お前は、自分が女遊びをしているという噂を流そうと必死になっていたようだが、皆はあれが嘘だと気付いていたぞ?」
「ええ!?」
ルーカスはまた、大きな声を出してしまい、レオンに睨まれた。
咄嗟に目を逸らし、外の景色を見ると遠くで烏の鳴き声が聞こえた。
「烏も阿呆と言ってるぞ」
「最近の烏は無礼なやつが多いです」
「烏に礼儀を求めるなよ」
ルーカスは小さくため息をつく。
彼がシャーロットから逃げようと阿呆な画策をしていることなど、周囲にはバレバレだった。
そして、臣下としては優秀でも、謀りごとなどできそうもないルーカスなら、シャーロットを任せても良いだろうと貴族達は考えた。
そういった事情も後押しして、シャーロットは、ルーカスが望む『皆に祝福される結婚』を実現する事ができたのだ。
往生際の悪いルーカスは、恐る恐る向かいのレオンに尋ねる。
「さ、宰相閣下は、兄妹で結婚など嫌がりそうなものですが…」
「宰相は子爵を重用しているからな。子爵の味方をしたシャーロットが幸せになれるのなら、と言っていた」
「しかし、教会は…」
「大司教とシャーロットは茶飲み友だちだ。3年ほど前から」
なんでも、大司教は孫のようにシャーロットを可愛がっているらしい。
「早くに妻を亡くし、子もいない彼にとってシャーロットは救いだったようだな」
シレッと言うレオンに対し、ルーカスは開いた口が塞がらなかった。
どこまでも用意周到な女、シャーロット。恐るべし。
唖然とするルーカスに、レオンはさらに追い討ちをかける。
「ちなみに、俺はずっと前からシャーロットには逆らえない」
「何故に!?」
「覚えてるだろ?ミリアとの結婚を後押ししたのは彼女だ」
「…そういえばそうでしたね」
ルーカスは姉が婚約した頃の出来事を思い出した。
当時、王太子レオンには王妃の親族があてがわれる予定だった。しかし、レオンはミリアに恋をした。
そして、レオンは馬鹿正直にその事を王妃に告げる。それを知った王妃は、大層怒り狂ったという。
そんな怒れる王妃をなだめたのが、他でもないシャーロットだ。
「はじめて母上の茶会に出席したシャーロットは、その日のうちに母上を篭絡した。次の日、すぐにミリアと婚約するようにと母上が言ってきたときには驚いたよ」
レオンは遠い目をした。
当時、シャーロットは確か10歳になったばかりだったな、などと物思いにふける。
ルーカスは、一体どんな手を使ったのかと考えると鳥肌が立った。
「ああ。だから、あの手紙ですか…」
ルーカスは、シャーロットに負けたあの日。何食わぬ顔で彼女が持ってきた、王からの手紙を思い出した。
「その話は知りませんでした…」
「まあ、気づかなくても仕方がない。シャーロットも、お前の耳にこの話が入らないようにしてくれと願い出ていたしな」
食事を終えたレオンは、ナプキンで口元を拭きながら、その後の話を続けた。
メイドはプレートを下げ、食後の紅茶を用意し始める。
「どこまで計算していたのかは知らんが、あの一件の真相は、位の高いごく一部の貴族には知られていてる。するとどうなると思う?」
「どうって…シャーロットは目をつけられますね」
「そうだ。聡明で謙虚なシャーロットを息子の嫁に欲しいと考える貴族が出てくる」
幸いなことに、どんなにシャーロットが優秀でも、姉が王太子妃である以上、彼女が王家に嫁ぐことはない。
王家に遠慮しなくて良いとなれば、真相を知る貴族たちは皆、シャーロットを自分の息子の嫁にしたいと考えた。だが、成人を迎えていないシャーロットはまだ婚約ができない。
だから、いずれその時が来たら真っ先に婚約を申し込むことができるように、真実を知る貴族たちは、横領事件を解決したのは彼女だと知りながらも、それを隠した。彼女の優秀さが知れ渡り、ライバルが増えると困るからだ。
そして、貴族たちはシャーロットを無理やり手に入れようとする不届きな輩がいないかを、互いに監視するようになる。
そうやって睨み合いを続けながらも、親に付いて夜会に出てきた彼女に対しては、競い合うように声をかける。自分の息子の名を覚えてもらおうとして。
だから、いつもシャーロットの周りには人が集まっていた。すると当然のように、いつも人々の中心にいる彼女の噂はたちまち社交界へと広がり、更に注目を集める事となる。
「シャーロットは一度でも言葉を交わせば、皆が聡明な娘であると気づく。加えてあの容姿だ。どんな男でも欲しくなるだろう?」
こうして、シャーロットは徐々に自分の価値を高めていったのだと、レオンは言う。
「いつも囲まれているとは思っていましたが、そんな経緯があったとは…」
当時は、ただシャーロットが美しいから人が寄ってきているのだと思っていたが、どうやらそれだけではなかったらしい。
ルーカスは、シャーロットならこのくらいの事はやりそうだと、妙に納得した。
「そして、皆がシャーロットを手に入れようと睨み合いをしている中で、成人を迎えた彼女に、突如として義兄との婚約話が持ち上がる。するとどうだ?こうは思わないか?」
『他家に取られるくらいなら、宮廷でも中立派の侯爵家から出さない方が良い』
価値の上がりすぎたシャーロットは、どの家に嫁いでも貴族社会のパワーバランスを崩してしまう。
そう考えた貴族たちは、ルーカスと彼女の結婚を後押ししたというわけだ。
レオンはメイドが持ってきた紅茶に口をつけ、「そういえば」と呟く。
「お前は、自分が女遊びをしているという噂を流そうと必死になっていたようだが、皆はあれが嘘だと気付いていたぞ?」
「ええ!?」
ルーカスはまた、大きな声を出してしまい、レオンに睨まれた。
咄嗟に目を逸らし、外の景色を見ると遠くで烏の鳴き声が聞こえた。
「烏も阿呆と言ってるぞ」
「最近の烏は無礼なやつが多いです」
「烏に礼儀を求めるなよ」
ルーカスは小さくため息をつく。
彼がシャーロットから逃げようと阿呆な画策をしていることなど、周囲にはバレバレだった。
そして、臣下としては優秀でも、謀りごとなどできそうもないルーカスなら、シャーロットを任せても良いだろうと貴族達は考えた。
そういった事情も後押しして、シャーロットは、ルーカスが望む『皆に祝福される結婚』を実現する事ができたのだ。
往生際の悪いルーカスは、恐る恐る向かいのレオンに尋ねる。
「さ、宰相閣下は、兄妹で結婚など嫌がりそうなものですが…」
「宰相は子爵を重用しているからな。子爵の味方をしたシャーロットが幸せになれるのなら、と言っていた」
「しかし、教会は…」
「大司教とシャーロットは茶飲み友だちだ。3年ほど前から」
なんでも、大司教は孫のようにシャーロットを可愛がっているらしい。
「早くに妻を亡くし、子もいない彼にとってシャーロットは救いだったようだな」
シレッと言うレオンに対し、ルーカスは開いた口が塞がらなかった。
どこまでも用意周到な女、シャーロット。恐るべし。
唖然とするルーカスに、レオンはさらに追い討ちをかける。
「ちなみに、俺はずっと前からシャーロットには逆らえない」
「何故に!?」
「覚えてるだろ?ミリアとの結婚を後押ししたのは彼女だ」
「…そういえばそうでしたね」
ルーカスは姉が婚約した頃の出来事を思い出した。
当時、王太子レオンには王妃の親族があてがわれる予定だった。しかし、レオンはミリアに恋をした。
そして、レオンは馬鹿正直にその事を王妃に告げる。それを知った王妃は、大層怒り狂ったという。
そんな怒れる王妃をなだめたのが、他でもないシャーロットだ。
「はじめて母上の茶会に出席したシャーロットは、その日のうちに母上を篭絡した。次の日、すぐにミリアと婚約するようにと母上が言ってきたときには驚いたよ」
レオンは遠い目をした。
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