【完結】烏公爵の後妻〜旦那様は亡き前妻を想い、一生喪に服すらしい〜

七瀬菜々

文字の大きさ
上 下
113 / 129
ifの世界線のお話

9:サイモンの献身

しおりを挟む
 
 シャロンを連れ帰って数日は大変だった。

 知らぬ間に実家に帰っていたことに対して激怒し、手がつけられないほどに暴れた。
 他にもエミリアの元に行くと言い出し、夜中に屋敷を抜け出そうとしたり、厩に逃げ込み『もう無理だ』『死にたい』と泣きじゃくったり…。

 しばらくは精神的不安定な日々が続いた。

 サイモンはそんなシャロンを献身的に支えた。
 もちろんシャロンの母も兄もジルフォードの薬剤室の面々も彼女のために尽くしたが、最終的に彼女が求めたのはサイモンだけだった。

 だから、サイモンは常にシャロンのそばで彼女の言葉に耳を傾けた。
 食欲が落ちた彼女のために食べやすい食事を作り、定期的に公爵家へ経過報告の手紙を書いた。
 徐々に回復の兆しが見え始めた頃には、彼女が書いたエミリアへの手紙を届けるために王城を往復する日もあった。

 サイモンは、めいいっぱい彼女を甘やかした。

 ハディスはそんな彼の献身をありがたく感じつつも、少し心配にもなっていた。
 これだけ献身的に支えたとしても、妹は公爵夫人だ。
 容体が回復すれば彼女は公爵家へと帰る。

 そして、それを引き止める術を彼は持たない。

 シャロンが再び自分の手を離れることになったとき、彼は果たして耐えられるのだろうか。
 ハディスはその時のことを思うと気が気ではない。

 だから彼は雪が積もる庭でうずくまるサイモンに、申し訳なさそうに声をかけた。


「なあ、サイモン。そこまでしなくても良いよ」
「そこまでって?」
「…シャロンのために真冬の庭でバッタ探すとかしなくていいって言ってるんだよ」

 寒空の下、目を凝らして、いるはずのないバッタを探すサイモンは少し疲れているのかもしれない。
 相変わらず整った造形をしているが、その顔は若干やつれていた。

「だってバッタを愛でたいって言うから…」
「バッタを愛でたいって言ってる時点で、もうほぼ回復しているだろう。もはや通常運転のシャロンだ。元通りだ。そこまで甘やかさなくてもいい」

 サイモンの献身のおかげか、それともエミリアやアルフレッドと距離を置いたおかげか、2ヶ月後にはシャロンはほとんど回復していた。
 食欲も回復しているし、表情も穏やかになった。
 眠る前の睡眠薬は手放せないが、そろそろ公爵家に帰しても問題はないだろう。

 しかしそう主張するハディスに、サイモンは複雑な表情を浮かべた。
 彼の心情を察したハディスは思わず、聞いてはならない事が口から溢れる。

「…帰したくないか?」

 心の中で思っていた言葉が口から漏れてしまったハディスは、「しまった」と両手でその口をふさいだ。
 この質問には悪意を感じるとサイモンはそんなハディスを睨みつける。

 帰したくないかと聞かれれば答えはイエスだ。だが、彼はそれを言える立場にない。

「ごめん。失言だった」
「そういうところ、ほんと嫌い」
「ごめんって」

 反省したハディスは仕方なくその場にしゃがみ込み、真冬のバッタ探しを手伝うことにした。
 そして気まずそうに口を開く。

「…来週あたり、ウィンターソン公爵と話し合いの場を設ける」
「そうですか…」
「…お前も来い」
「わかりました…」
「場所と時間は追って伝える」
「ういっす…」

 何とも言えない表情のハディスを見て、サイモンはゆっくりと目を閉じ深呼吸する。

(帰したくないなぁ…)

 そんな本音をうちにしまい込み、彼は『シャロンのためになるのなら何でもいい』と自分に言い聞かせた。
しおりを挟む
感想 151

あなたにおすすめの小説

あなたのためなら

天海月
恋愛
エルランド国の王であるセルヴィスは、禁忌魔術を使って偽の番を騙った女レクシアと婚約したが、嘘は露見し婚約破棄後に彼女は処刑となった。 その後、セルヴィスの真の番だという侯爵令嬢アメリアが現れ、二人は婚姻を結んだ。 アメリアは心からセルヴィスを愛し、彼からの愛を求めた。 しかし、今のセルヴィスは彼女に愛を返すことが出来なくなっていた。 理由も分からないアメリアは、セルヴィスが愛してくれないのは自分の行いが悪いからに違いないと自らを責めはじめ、次第に歯車が狂っていく。 全ては偽の番に過度のショックを受けたセルヴィスが、衝動的に行ってしまった或ることが原因だった・・・。

退屈令嬢のフィクサーな日々

ユウキ
恋愛
完璧と評される公爵令嬢のエレノアは、順風満帆な学園生活を送っていたのだが、自身の婚約者がどこぞの女生徒に夢中で有るなどと、宜しくない噂話を耳にする。 直接関わりがなければと放置していたのだが、ある日件の女生徒と遭遇することになる。

君のためだと言われても、少しも嬉しくありません

みみぢあん
恋愛
子爵家の令嬢マリオンの婚約者、アルフレッド卿が王族の護衛で隣国へ行くが、任期がながびき帰国できなくなり婚約を解消することになった。 すぐにノエル卿と2度目の婚約が決まったが、結婚を目前にして家庭の事情で2人は……    暗い流れがつづきます。 ざまぁでスカッ… とされたい方には不向きのお話です。ご注意を😓

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒― 私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。 「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」 その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

【完結】二度目の恋はもう諦めたくない。

たろ
恋愛
セレンは15歳の時に16歳のスティーブ・ロセスと結婚した。いわゆる政略的な結婚で、幼馴染でいつも喧嘩ばかりの二人は歩み寄りもなく一年で離縁した。 その一年間をなかったものにするため、お互い全く別のところへ移り住んだ。 スティーブはアルク国に留学してしまった。 セレンは国の文官の試験を受けて働くことになった。配属は何故か騎士団の事務員。 本人は全く気がついていないが騎士団員の間では 『可愛い子兎』と呼ばれ、何かと理由をつけては事務室にみんな足を運ぶこととなる。 そんな騎士団に入隊してきたのが、スティーブ。 お互い結婚していたことはなかったことにしようと、話すこともなく目も合わせないで過ごした。 本当はお互い好き合っているのに素直になれない二人。 そして、少しずつお互いの誤解が解けてもう一度…… 始めの数話は幼い頃の出会い。 そして結婚1年間の話。 再会と続きます。

さよなら、皆さん。今宵、私はここを出ていきます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【復讐の為、今夜私は偽の家族と婚約者に別れを告げる―】 私は伯爵令嬢フィーネ・アドラー。優しい両親と18歳になったら結婚する予定の婚約者がいた。しかし、幸せな生活は両親の突然の死により、もろくも崩れ去る。私の後見人になると言って城に上がり込んできた叔父夫婦とその娘。私は彼らによって全てを奪われてしまった。愛する婚約者までも。 もうこれ以上は限界だった。復讐する為、私は今夜皆に別れを告げる決意をした―。 ※マークは残酷シーン有り ※(他サイトでも投稿中)

【完結】長い眠りのその後で

maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。 でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。 いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう? このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!! どうして旦那様はずっと眠ってるの? 唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。 しょうがないアディル頑張りまーす!! 複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です 全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む) ※他サイトでも投稿しております ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです

貴妃エレーナ

無味無臭(不定期更新)
恋愛
「君は、私のことを恨んでいるか?」 後宮で暮らして数十年の月日が流れたある日のこと。国王ローレンスから突然そう聞かれた貴妃エレーナは戸惑ったように答えた。 「急に、どうされたのですか?」 「…分かるだろう、はぐらかさないでくれ。」 「恨んでなどいませんよ。あれは遠い昔のことですから。」 そう言われて、私は今まで蓋をしていた記憶を辿った。 どうやら彼は、若かりし頃に私とあの人の仲を引き裂いてしまったことを今も悔やんでいるらしい。 けれど、もう安心してほしい。 私は既に、今世ではあの人と縁がなかったんだと諦めている。 だから… 「陛下…!大変です、内乱が…」 え…? ーーーーーーーーーーーーー ここは、どこ? さっきまで内乱が… 「エレーナ?」 陛下…? でも若いわ。 バッと自分の顔を触る。 するとそこにはハリもあってモチモチとした、まるで若い頃の私の肌があった。 懐かしい空間と若い肌…まさか私、昔の時代に戻ったの?!

処理中です...