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ifの世界線のお話
9:サイモンの献身
しおりを挟むシャロンを連れ帰って数日は大変だった。
知らぬ間に実家に帰っていたことに対して激怒し、手がつけられないほどに暴れた。
他にもエミリアの元に行くと言い出し、夜中に屋敷を抜け出そうとしたり、厩に逃げ込み『もう無理だ』『死にたい』と泣きじゃくったり…。
しばらくは精神的不安定な日々が続いた。
サイモンはそんなシャロンを献身的に支えた。
もちろんシャロンの母も兄もジルフォードの薬剤室の面々も彼女のために尽くしたが、最終的に彼女が求めたのはサイモンだけだった。
だから、サイモンは常にシャロンのそばで彼女の言葉に耳を傾けた。
食欲が落ちた彼女のために食べやすい食事を作り、定期的に公爵家へ経過報告の手紙を書いた。
徐々に回復の兆しが見え始めた頃には、彼女が書いたエミリアへの手紙を届けるために王城を往復する日もあった。
サイモンは、めいいっぱい彼女を甘やかした。
ハディスはそんな彼の献身をありがたく感じつつも、少し心配にもなっていた。
これだけ献身的に支えたとしても、妹は公爵夫人だ。
容体が回復すれば彼女は公爵家へと帰る。
そして、それを引き止める術を彼は持たない。
シャロンが再び自分の手を離れることになったとき、彼は果たして耐えられるのだろうか。
ハディスはその時のことを思うと気が気ではない。
だから彼は雪が積もる庭でうずくまるサイモンに、申し訳なさそうに声をかけた。
「なあ、サイモン。そこまでしなくても良いよ」
「そこまでって?」
「…シャロンのために真冬の庭でバッタ探すとかしなくていいって言ってるんだよ」
寒空の下、目を凝らして、いるはずのないバッタを探すサイモンは少し疲れているのかもしれない。
相変わらず整った造形をしているが、その顔は若干やつれていた。
「だってバッタを愛でたいって言うから…」
「バッタを愛でたいって言ってる時点で、もうほぼ回復しているだろう。もはや通常運転のシャロンだ。元通りだ。そこまで甘やかさなくてもいい」
サイモンの献身のおかげか、それともエミリアやアルフレッドと距離を置いたおかげか、2ヶ月後にはシャロンはほとんど回復していた。
食欲も回復しているし、表情も穏やかになった。
眠る前の睡眠薬は手放せないが、そろそろ公爵家に帰しても問題はないだろう。
しかしそう主張するハディスに、サイモンは複雑な表情を浮かべた。
彼の心情を察したハディスは思わず、聞いてはならない事が口から溢れる。
「…帰したくないか?」
心の中で思っていた言葉が口から漏れてしまったハディスは、「しまった」と両手でその口をふさいだ。
この質問には悪意を感じるとサイモンはそんなハディスを睨みつける。
帰したくないかと聞かれれば答えはイエスだ。だが、彼はそれを言える立場にない。
「ごめん。失言だった」
「そういうところ、ほんと嫌い」
「ごめんって」
反省したハディスは仕方なくその場にしゃがみ込み、真冬のバッタ探しを手伝うことにした。
そして気まずそうに口を開く。
「…来週あたり、ウィンターソン公爵と話し合いの場を設ける」
「そうですか…」
「…お前も来い」
「わかりました…」
「場所と時間は追って伝える」
「ういっす…」
何とも言えない表情のハディスを見て、サイモンはゆっくりと目を閉じ深呼吸する。
(帰したくないなぁ…)
そんな本音をうちにしまい込み、彼は『シャロンのためになるのなら何でもいい』と自分に言い聞かせた。
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