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ifの世界線のお話
6:分岐(1)
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その日は快晴だった。
天気が良かったので久しぶりに薬草園の近くにある調剤小屋の大掃除をしていたサイモンは、薬学書の虫干しを終え、薬膳茶を飲みながら一息ついていたところだった。
彼はふと、机の上にあった発注書を閉じたファイルを手に取る。
本来ならそろそろ、シャロンから薬草の発注がある頃だ。
「次の配達、別の人に行ってもらおうかな…」
発注書をペラペラとめくりながら、サイモンはぽつりと呟いた。
彼女のことは心配だが、これ以上彼女に関わると本気で分を弁えていない行動に出てしまいそうだ。この辺で距離をとっておくべきなのかもしれない。
「冷静にならなきゃなぁ…」
「はぁー」と深くため息をついたサイモンは、机に突っ伏した。
どうして好きになってしまったんだろうか。兄のままでいればこんな風に苦しまずに済んだのに。
どうして自分は平民なのだろうか。もし低くても爵位があればどうにでもできたかもしれないのに。
この間から、そんな考えても仕方のないことばかり考えてしまう。
「馬鹿みたいだ…」
サイモンは現実逃避するように、発注書を読み上げ始めた。
「ゴア草、曼荼羅草、グロイシア、ユキシグレ、ジェンキンソン草…。何だよ、ジェンキンソン草って。言いにくいわ!」
早口言葉かよ、と軽快にツッコミを入れるサイモン。
シャロンが1番最近発注した薬草は、ジェンキンソン博士が見つけたからジェンキンソン草というらしい。
新種の植物を発見した際に自分の名前を付けたがる学者は多いが、後世の薬剤師のことを考えて名付けてほしいものだ。
「…ん?ジェンキンソン草?」
サイモンは何か妙な違和感を感じ、体を起こした。
そして、外に出て虫干し途中の薬草図鑑を手に取る。
「なんでジェンキンソン草なんて発注してるんだ?」
この薬草は麻酔薬に使われる薬草の一種だが、シャロンはあまり使わない。
痛み止めなどの役割で調合することもあるが、彼女が好むのは同じ効能のあるユキシグレの方だ。
サイモンは首を傾げつつ、図鑑の文字をなぞる。
すると、薬草の効能の下に、この薬草の名付け親ジェンキンソン博士に関する記述を見つけた。
そこにはジェンキンソン博士が仮死状態の薬を作ろうとして、彼が人体実験を行なっていたという史実が書かれていた。
「マッドサイエンティストかよ…」
だからシャロンはこの薬草を毛嫌いしていたのかもしれない。
しかし、マッドサイエンティストという点ではシャロンもさほど変わりない。
その昔、彼女が独自の調合をした薬膳茶を飲んで腹を壊した過去を思い出し、サイモンはフッと笑みをこぼした。
「おーい、調合器具の洗浄終わったぞ…って、何してるんだ?」
「ちょっと調べ物をしています」
大掃除を手伝わされているハディスは、芝生の上で複数の薬学書や図鑑を横に並べて見比べているサイモンの隣に座ると図鑑を覗き込んだ。
「何調べてんの?」
「ジェンキンソン草の使い方についてです」
「ジャンキンソンソン?」
「ジェンキンソン草です」
「ジェンキンション草?」
「ジェンキンソン草」
「ジャンケン草?」
「…そうそう。そんな感じ」
「そんな感じってなんだよ。諦めるな。俺を諦めるな」
『ジェンキンソン草』が言えないハディスはムキになったのか、ひたすらに『ジェンキンソン草』と繰り返す。
傍で聞いているサイモンは『ジェンキンソン草』がゲシュタルト崩壊しそうだった。
(…うるせぇ)
頭がおかしくなる前に作業に戻ろうと、サイモンは立ち上がる。
その時、ふと違う薬学書の別の記述が目に入った。
それはジェンキンソン博士が作ったとされる仮死状態にする薬についての記述。
調合の比率などは流石に書いていないが、使った薬草として並べられていたのが『ゴア草、グロイシア、曼荼羅草、ジェンキンソン草』。
(あれ?)
どこかで見たことのある並びだ。サイモンは首を傾げた。
「あ、そういえば一つ聞きたいことがあるんだけど、いいか?」
「…どうぞ?」
妙に先程の記述が気になるサイモンはハディスの話を軽く聞き流しながら、どこで見たのかと本をペラペラをめくり始める。
「父上ってまだ外科手術ができると思うか?」
「難しいと思いますよ」
「そうだよなぁ」
「執刀の依頼ですか?ならユアン様に代理で行ってもらうしかないかと…」
技術面では父に劣るかもしれないが、長兄ユアンもなかなかの腕前だから心配ないだろうとサイモンは言う。
「いや、そういうわけじゃないんだ。ただ、この間シャロンが聞いてきたものだから」
「…お嬢が?なんで?」
「わからん。父上に憧れてたし、心配なんじゃないのか?」
「そう、ですか…」
確かにシャロンは父である侯爵に憧れていた。
だが、なぜが違和感が拭えないサイモンはうーんと唸るような声を出して、眉間に皺を寄せる。
そして、気づいた。
「あ!!」
突然大きな声をあげて突然焦り出すサイモンに、ハディスはビクッと肩を硬らせた。
サイモンは発注書を確認すると、白衣を脱ぎ、ジャケットを羽織る。
「お、おい。どうした!?」
「ハディス様、車貸して!」
「いいけど、ほんとにどうした!?」
「公爵邸に行きます!」
「は?この間、分を弁えろと言ったところだろう?」
公爵邸に行くというサイモンにハディスの顔は険しくなる。
すると、彼はハディスの前にシャロンの発注書を突き出した。
「俺の思い過ごしならそれでいいんです!でも思い越しじゃなかったら俺はここで会いに行かなかったことを一生後悔する」
「…もっとわかるように説明しろ」
「これは最近のお嬢からの発注です。これらの薬草をどう混ぜて出来上がるのかはわかりませんが、うまくいけば、おそらく脳死状態の人間を作ることができます」
「それがどうした?」
「この間、お嬢は突然血液検査を受けました」
「そうだな」
「エミリア・カーティスは現在、外科手術に耐えられるくらいには回復しているとユアン様は言ってました」
「それで?」
「さっき、旦那様が外科手術に耐えられるのかと聞かれたとハディス様は言いました」
「だから?」
察しの悪いハディスに、サイモンは大きく舌打ちした。
「お嬢は死ぬつもりだと思います」
天気が良かったので久しぶりに薬草園の近くにある調剤小屋の大掃除をしていたサイモンは、薬学書の虫干しを終え、薬膳茶を飲みながら一息ついていたところだった。
彼はふと、机の上にあった発注書を閉じたファイルを手に取る。
本来ならそろそろ、シャロンから薬草の発注がある頃だ。
「次の配達、別の人に行ってもらおうかな…」
発注書をペラペラとめくりながら、サイモンはぽつりと呟いた。
彼女のことは心配だが、これ以上彼女に関わると本気で分を弁えていない行動に出てしまいそうだ。この辺で距離をとっておくべきなのかもしれない。
「冷静にならなきゃなぁ…」
「はぁー」と深くため息をついたサイモンは、机に突っ伏した。
どうして好きになってしまったんだろうか。兄のままでいればこんな風に苦しまずに済んだのに。
どうして自分は平民なのだろうか。もし低くても爵位があればどうにでもできたかもしれないのに。
この間から、そんな考えても仕方のないことばかり考えてしまう。
「馬鹿みたいだ…」
サイモンは現実逃避するように、発注書を読み上げ始めた。
「ゴア草、曼荼羅草、グロイシア、ユキシグレ、ジェンキンソン草…。何だよ、ジェンキンソン草って。言いにくいわ!」
早口言葉かよ、と軽快にツッコミを入れるサイモン。
シャロンが1番最近発注した薬草は、ジェンキンソン博士が見つけたからジェンキンソン草というらしい。
新種の植物を発見した際に自分の名前を付けたがる学者は多いが、後世の薬剤師のことを考えて名付けてほしいものだ。
「…ん?ジェンキンソン草?」
サイモンは何か妙な違和感を感じ、体を起こした。
そして、外に出て虫干し途中の薬草図鑑を手に取る。
「なんでジェンキンソン草なんて発注してるんだ?」
この薬草は麻酔薬に使われる薬草の一種だが、シャロンはあまり使わない。
痛み止めなどの役割で調合することもあるが、彼女が好むのは同じ効能のあるユキシグレの方だ。
サイモンは首を傾げつつ、図鑑の文字をなぞる。
すると、薬草の効能の下に、この薬草の名付け親ジェンキンソン博士に関する記述を見つけた。
そこにはジェンキンソン博士が仮死状態の薬を作ろうとして、彼が人体実験を行なっていたという史実が書かれていた。
「マッドサイエンティストかよ…」
だからシャロンはこの薬草を毛嫌いしていたのかもしれない。
しかし、マッドサイエンティストという点ではシャロンもさほど変わりない。
その昔、彼女が独自の調合をした薬膳茶を飲んで腹を壊した過去を思い出し、サイモンはフッと笑みをこぼした。
「おーい、調合器具の洗浄終わったぞ…って、何してるんだ?」
「ちょっと調べ物をしています」
大掃除を手伝わされているハディスは、芝生の上で複数の薬学書や図鑑を横に並べて見比べているサイモンの隣に座ると図鑑を覗き込んだ。
「何調べてんの?」
「ジェンキンソン草の使い方についてです」
「ジャンキンソンソン?」
「ジェンキンソン草です」
「ジェンキンション草?」
「ジェンキンソン草」
「ジャンケン草?」
「…そうそう。そんな感じ」
「そんな感じってなんだよ。諦めるな。俺を諦めるな」
『ジェンキンソン草』が言えないハディスはムキになったのか、ひたすらに『ジェンキンソン草』と繰り返す。
傍で聞いているサイモンは『ジェンキンソン草』がゲシュタルト崩壊しそうだった。
(…うるせぇ)
頭がおかしくなる前に作業に戻ろうと、サイモンは立ち上がる。
その時、ふと違う薬学書の別の記述が目に入った。
それはジェンキンソン博士が作ったとされる仮死状態にする薬についての記述。
調合の比率などは流石に書いていないが、使った薬草として並べられていたのが『ゴア草、グロイシア、曼荼羅草、ジェンキンソン草』。
(あれ?)
どこかで見たことのある並びだ。サイモンは首を傾げた。
「あ、そういえば一つ聞きたいことがあるんだけど、いいか?」
「…どうぞ?」
妙に先程の記述が気になるサイモンはハディスの話を軽く聞き流しながら、どこで見たのかと本をペラペラをめくり始める。
「父上ってまだ外科手術ができると思うか?」
「難しいと思いますよ」
「そうだよなぁ」
「執刀の依頼ですか?ならユアン様に代理で行ってもらうしかないかと…」
技術面では父に劣るかもしれないが、長兄ユアンもなかなかの腕前だから心配ないだろうとサイモンは言う。
「いや、そういうわけじゃないんだ。ただ、この間シャロンが聞いてきたものだから」
「…お嬢が?なんで?」
「わからん。父上に憧れてたし、心配なんじゃないのか?」
「そう、ですか…」
確かにシャロンは父である侯爵に憧れていた。
だが、なぜが違和感が拭えないサイモンはうーんと唸るような声を出して、眉間に皺を寄せる。
そして、気づいた。
「あ!!」
突然大きな声をあげて突然焦り出すサイモンに、ハディスはビクッと肩を硬らせた。
サイモンは発注書を確認すると、白衣を脱ぎ、ジャケットを羽織る。
「お、おい。どうした!?」
「ハディス様、車貸して!」
「いいけど、ほんとにどうした!?」
「公爵邸に行きます!」
「は?この間、分を弁えろと言ったところだろう?」
公爵邸に行くというサイモンにハディスの顔は険しくなる。
すると、彼はハディスの前にシャロンの発注書を突き出した。
「俺の思い過ごしならそれでいいんです!でも思い越しじゃなかったら俺はここで会いに行かなかったことを一生後悔する」
「…もっとわかるように説明しろ」
「これは最近のお嬢からの発注です。これらの薬草をどう混ぜて出来上がるのかはわかりませんが、うまくいけば、おそらく脳死状態の人間を作ることができます」
「それがどうした?」
「この間、お嬢は突然血液検査を受けました」
「そうだな」
「エミリア・カーティスは現在、外科手術に耐えられるくらいには回復しているとユアン様は言ってました」
「それで?」
「さっき、旦那様が外科手術に耐えられるのかと聞かれたとハディス様は言いました」
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察しの悪いハディスに、サイモンは大きく舌打ちした。
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