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ifの世界線のお話

1:薬師のサイモン

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 出張帰りの薬師サイモンは、彼が仕えるジルフォード侯爵家の当主に仕事の報告を行っていたはずが、逆にとんでもない報告を受けていた。

「旦那様。今、何と…」
「だから、嫁いだよって」
「…へ?」

 あまりの衝撃に彼は開いた口が塞がらない。
 侯爵はまさかと思いつつも、そんな彼に聞いてみた。

「え?もしかして娘から聞いてないの?」
「はい…何も…」
「そ、そうか…。娘が自分から話すと言っていたから、てっきり話したのだとばかり思っていた」

 侯爵は『ごめんね、サイモン』とぺろっと舌を出して謝るが、呆然と立ち尽くすしかないサイモンにその謝罪は届いていない。

(…嘘だろ)

 サイモンは信じられなかった。
 そんな事あってたまるかと思う。
 しかし、侯爵の申し訳なさそうな顔がそれが真実だと物語っていた。

 『当主の娘である侯爵令嬢シャロン・ジルフォードは少し前に烏公爵と呼ばれている変人公爵の元へと嫁いだ』

 この事実は彼にとってはとても受け入れ難いものだった。


***


 ジルフォード侯爵家の敷地内にある使用人棟の自分の部屋に戻ったサイモンは、少し硬いベッドにダイブした。
 そして、枕にその整った造形の顔を埋める。

(…は?何考えてんの、お嬢のやつ)

 こんな仕打ちはあんまりだ、と彼は思う。
 長年、大切に大切に接してきた可愛いお嬢様が、自分に何も言わずに嫁いで行ったのだ。
 嫁ぐにしても普通は世話になった人間に、一言くらい声をかけてから出て行くだろう。とんだ恩知らずな娘である。

 しかも相手はずっと亡き前妻を想い続けていことで有名はウィンターソン公爵。
 彼の後妻に収まるなど、絶対に幸せになれない。サイモンにはその確信があった。

「せめて幸せになって欲しかったんだけどな…」

 昔からずっと大切にしてきたサイモンのお嬢様。願うならば自分の手で幸せにしたかったと彼は思う。
 けれど薬師のサイモンは平民で、シャロンお嬢様は貴族だ。

 平民は平民と結ばれ、貴族は貴族と結ばれる。それがこの国、或いはこの世界の常識。どう足掻いても、彼が大切な彼女を娶ることはできない。

 だから、シャロンが自分以外の人間のところに嫁ぐことも十分に理解していたつもりだし、その事実はきちんと受け入れていた。
 いつかその時がきたら、笑って送り出すつもりだった。

 けれど…。

「これは笑えないよ…。お嬢…」

 サイモンは仰向けになり天井を見上げると、深くため息をついた。



 
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