【完結】烏公爵の後妻〜旦那様は亡き前妻を想い、一生喪に服すらしい〜

七瀬菜々

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本編

92:シャロン(4)

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「だんなさま、くっさ!口くっさ!きゃははは」

 温室に入ると花壇の前で地面をバシバシと叩き、笑い転げるシャロンがいた。

 そばのテーブルには半分くらい減ったワインの瓶が置いてある。
 どうやら酒を飲んだらしい。
 思っていた以上に酒癖が悪いシャロンにアルフレッドは驚きを隠せない。

 すると、鼻を摘んだシノアが水の入ったコップを差し出してきた。

「何?これ」

 シノアは鼻を摘んだまま、とりあえず温室の奥にある水場で口を濯いでこいとジェスチャーで促す。
 アルフレッドは少し泣きそうになりつつも口を濯いできた。

 そして戻ってきたら、今度は花壇の前で三角座りをして、地面に落書きするシャロンに遭遇した。

「…何を書いているんだ?」
「エミリアたん」
「エミリアたん…」

 地面に描かれたそれは軽く悪魔だった。
 どうやら絵の才能はないらしい。

「あれ?エミリアたんは?エミリアたんはどした?」
「エミリアたんは、えっと、お城です」
「そう。連れて帰ってくるのかと思ってた」

 アルフレッドの返答に残念がるシャロン。
 一応会話は成立するらしい。
 ならばと、アルフレッドは三角座りのシャロンの前に自主的に正座すると、額を床に擦り付けるようにして謝罪した。

「シャロン、今まで本当に悪かった」
「悪かったって、何が?」
「全部だ」
「全部?全部って何?」
「初めから、全部だ。あんな誓約書を書かせた事から全部」

 結婚してからずっと目の前の若い後妻を傷つけてきた。
 彼女の優しさに強さにずっと甘えてきた結果、ここまで追い詰めてしまった。

「ごめん…。ごめん、シャロン…」

 謝って済むことではないとわかっている。
 けれどアルフレッドには謝ることしかできない。


 シャロンはそんな彼の頭に砂をサラサラとかける。
 無表情でただ砂をかけ続けた。

 この行動にはどういう意味があるのだろう。
 地面の下に埋めてやりたいということだろうか。

 理解できないがアルフレッドはされるがままに耐えた。

 
「普通にさ、ふざけんじゃねーよって話だろ?」
「シャロン…言葉遣いが…」 
「あ?」
「ごめんなさい、なんでもないです」

 頭上から聞こえてくる声は低く、冷たい。
 そしていつもの彼女と同一人物とは思えないほど言葉が汚い。
 ブリザードシャロンの再来である。
 酒のせいだろうか。酒のせいにしておこう。

「知ってるか?後から悔やむから後悔と書くんだよ」
「そう、ですね」
「私の人生で最大の後悔は、あの誓約書を受け入れたことだ」
「…ほんと、すみません」
「あ、違うわ。1番の後悔は結婚したことだわ」

 『そこは後悔しないでほしい』とは思うが、そんな事は口が裂けても言えない。

「そもそも愛せないことを受け入れろってすごい上から言ってくるじゃん?公爵ってそんなに偉いんか?」
「偉くないです。全然偉くないです。上から目線ですみません」
「何で自分だけが被害者だと思ってんの?こちとら嫁いでやったんだぞ?むしろ感謝せんかい、コノヤロー」
「ご、ごもっともです」
「あとさ、確かにエミリアたんの話聞いてやるとは言ったけど、常にその話をしろと言ったか?あ?」
「…言ってません。調子に乗って本当にごめんなさい」
「私はエミリアたんの話聞きすぎて魅了の効果が強くなったと思ってるから。ほんと、一生恨むから」
「本当に申し訳なく思います」
「ほんっと!!どいつもこいつも、自分のことしか考えてねーな!!」
「…すみません。自分のことしか考えてなくて本当にすみません」
「大人ってほんと汚い。自己中の極み」
「汚い大人でごめんなさい。自己中を極めててごめんなさい」
「一番気持ち悪いのはあの狂愛おじさんだけど、旦那様も大概気持ち悪いからな?」
「そうです、私は気持ち悪いです、すみません」 
「ほんと気持ち悪い」
「気持ち悪くてすみません。生きててすみません」
「….気持ち悪い」
「はい、私は気持ち悪いおじさんです。二酸化炭素吐き出して空気を汚すだけの気持ち悪いおじさんです」
「むり、吐く…」
「はい。ほんと、吐きたくなるほどに気持ち悪い…。え!?吐くの!?」

 アルフレッドはガバッと顔を上げる。
 するとそこには顔面蒼白で口を押さえるシャロンがいた。

「で、出る…」
「待って待って待って、水場行こう!もう少し我慢して!耐えて!!」

 髪が砂まみれで一回り老けたような風貌になったアルフレッドは、シャロンを担ぎ上げると、急いで慌てて水場に向かった。
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