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本編
91:シャロン(3)
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屋敷についたアルフレッドは、使用人たちが何事かと騒ぐ声も聞こえず『シャロン』と叫び、彼女を探し回った。
だがどこにもいない。
焦るアルフレッドに、騒ぎを聞きつけてやってきたセバスチャンは声をかける。
「坊っちゃま」
「セバスチャン!シャロンはどこだ!」
「…こちらでございます」
ひどく冷めた目をしたセバスチャンは、彼を温室へと案内した。
そこには初老の庭師デニスが仁王立ちで立っていた。
殺し屋の目をしたデニスはノコノコとやってきたアルフレッドに唾を吐く。
「デニスとは付き合いが長いがこのような扱いを受けたのは初めてだ。一応私が主人だからね?」
「本当なら馬糞まみれにしてやりたい所ですぞ」
「それを実行しない君の理性をありがたく思うよ」
「シノアに感謝することですな」
「…どういうことだ」
「彼女が奥様の異変に気づいていなければ今頃どうなっていたか」
「ど、どうなっていたんだ」
動揺するアルフレッドに、セバスチャンは淡々と説明した。
シャロンは城から帰ると、お茶をしたいから自分の部屋にティーセットを持ってくるようにと使用人に言いつけたそうだ。
ティーセットを持っていった侍女のシノアは、自分で入れるから下がっていいと言われたらしい。
だが、最近のシャロンの様子に違和感を感じていた彼女は部屋から出なかった。
シャロンは少し困ったような笑みを浮かべて、仕方なくシノアの目の前で自らお茶を入れた。
そして、最後の仕上げにと懐から取り出した小瓶に入った液体を自分のティーカップに垂らした。
シノアがそれは何かと尋ねると、シャロンは「美味しくなる魔法のシロップだ」と言った。
シノアは明らかに目がおかしいと思い、そのティーカップを取り上げた。そして、毒味だと言ってそれを飲もうとした。
「奥様はその紅茶を飲もうとするシノアを必死で止めたそうです。そして、観念したように白状されました」
それは脳死状態になれる薬だと。毒だと。
セバスチャンは唇を噛み締めた。
「何があったのかは存じ上げませんが、その後、奥様は壊れたように泣き崩れました」
そして、少し落ち着いた彼女が温室に行きたいというのでこの場所に連れてきたそうだ。
話終えたセバスチャンはデニスの隣に立つと、主人を見据えて言う。
「坊っちゃま。我々は公爵家にお使えしております。ですので、本当はこんなことを申し上げるべきではないのかもしれません…。ですが、言わせてください」
「…何をだ」
「シャロン様をご実家に返して差し上げてください。大切にできないのであれば、もう解放してあげてください」
深々と頭を下げる2人に、アルフレッドは驚いた。
自分に忠誠を誓う2人がこんな風に何かを嘆願することなど、今までなかったからだ。
しかし、2人の願いにアルフレッドは首を振った。
「シャロンに会わせてくれ」
「できません」
「頼む」
「できません」
「そこを何とか」
「…ではこちらを」
セバスチャンはデニスに目配せする。すると、彼は温室からコップ一杯の飲み物を持ってきた。
緑とも青とも赤とも言えそうな見たことのない色をしたそれを、デニスはアルフレッドの前に無言で差し出す。
異臭とも呼べる匂いを漂わせたそれを受け取ると、アルフレッドは顔を顰めた。
「これは一体…」
「先程、泣いて色々と吹っ切れた奥様がお作りになられた、『飲むと元気100倍☆』のドリンクでございます」
「…死ぬやつか?」
「ギリ死なないやつです」
「ギリ…」
ギリ死なないやつは最早死なないだけのただの毒だろうとアルフレッドは思う。
ちなみに中身はすり潰した3種類の虫と苦味の強い薬草が4種類。
セバスチャンとデニスも手伝ったそうだ。
「虫…」
「これを全部飲み干すことができたのならここを通して差し上げましょう」
「む、むむむ、虫…」
いつかシャロンが言っていた。
エディ達いじめっ子へのささやかな復讐として、すり潰した虫を紅茶に混ぜたことがあると。
しかし、それが入っていると認識して飲むのと、知らずに飲むことではわけが違う。
「無理なら無理でよろしいのですよ?今奥様のお兄様であるハディス様から連絡がありまして、サイモン殿がこちらに向かっているそうです」
彼が来たら彼にシャロンを引き渡すとセバスチャンは言う。
「彼は身分こそ平民ですが、坊っちゃまに比べたらよほど頼りになる男です」
「おい、この間まで間男だと怒っていたではないか」
「彼の手土産はとても美味しいので懐柔されました。異国のお煎餅とやらが絶品でして」
「勝手に懐柔されるな馬鹿者」
アルフレッドは絶対にサイモンには渡さないと、ギリ死なない程度の元気100倍ドリンクを一気に飲み干した。
そして吐き戻しそうになるのを我慢し、コップをセバスチャンに差し出す。
「これでいいのか?」
「はい」
「………」
「………」
「おい」
「何でしょう?」
「受け取れよ、コップ」
「臭いので後で自分で洗ってください」
「…流石にひどくない?」
「ひどくない」
アルフレッドは臭いコップを握りしめたまま、温室に入った。
だがどこにもいない。
焦るアルフレッドに、騒ぎを聞きつけてやってきたセバスチャンは声をかける。
「坊っちゃま」
「セバスチャン!シャロンはどこだ!」
「…こちらでございます」
ひどく冷めた目をしたセバスチャンは、彼を温室へと案内した。
そこには初老の庭師デニスが仁王立ちで立っていた。
殺し屋の目をしたデニスはノコノコとやってきたアルフレッドに唾を吐く。
「デニスとは付き合いが長いがこのような扱いを受けたのは初めてだ。一応私が主人だからね?」
「本当なら馬糞まみれにしてやりたい所ですぞ」
「それを実行しない君の理性をありがたく思うよ」
「シノアに感謝することですな」
「…どういうことだ」
「彼女が奥様の異変に気づいていなければ今頃どうなっていたか」
「ど、どうなっていたんだ」
動揺するアルフレッドに、セバスチャンは淡々と説明した。
シャロンは城から帰ると、お茶をしたいから自分の部屋にティーセットを持ってくるようにと使用人に言いつけたそうだ。
ティーセットを持っていった侍女のシノアは、自分で入れるから下がっていいと言われたらしい。
だが、最近のシャロンの様子に違和感を感じていた彼女は部屋から出なかった。
シャロンは少し困ったような笑みを浮かべて、仕方なくシノアの目の前で自らお茶を入れた。
そして、最後の仕上げにと懐から取り出した小瓶に入った液体を自分のティーカップに垂らした。
シノアがそれは何かと尋ねると、シャロンは「美味しくなる魔法のシロップだ」と言った。
シノアは明らかに目がおかしいと思い、そのティーカップを取り上げた。そして、毒味だと言ってそれを飲もうとした。
「奥様はその紅茶を飲もうとするシノアを必死で止めたそうです。そして、観念したように白状されました」
それは脳死状態になれる薬だと。毒だと。
セバスチャンは唇を噛み締めた。
「何があったのかは存じ上げませんが、その後、奥様は壊れたように泣き崩れました」
そして、少し落ち着いた彼女が温室に行きたいというのでこの場所に連れてきたそうだ。
話終えたセバスチャンはデニスの隣に立つと、主人を見据えて言う。
「坊っちゃま。我々は公爵家にお使えしております。ですので、本当はこんなことを申し上げるべきではないのかもしれません…。ですが、言わせてください」
「…何をだ」
「シャロン様をご実家に返して差し上げてください。大切にできないのであれば、もう解放してあげてください」
深々と頭を下げる2人に、アルフレッドは驚いた。
自分に忠誠を誓う2人がこんな風に何かを嘆願することなど、今までなかったからだ。
しかし、2人の願いにアルフレッドは首を振った。
「シャロンに会わせてくれ」
「できません」
「頼む」
「できません」
「そこを何とか」
「…ではこちらを」
セバスチャンはデニスに目配せする。すると、彼は温室からコップ一杯の飲み物を持ってきた。
緑とも青とも赤とも言えそうな見たことのない色をしたそれを、デニスはアルフレッドの前に無言で差し出す。
異臭とも呼べる匂いを漂わせたそれを受け取ると、アルフレッドは顔を顰めた。
「これは一体…」
「先程、泣いて色々と吹っ切れた奥様がお作りになられた、『飲むと元気100倍☆』のドリンクでございます」
「…死ぬやつか?」
「ギリ死なないやつです」
「ギリ…」
ギリ死なないやつは最早死なないだけのただの毒だろうとアルフレッドは思う。
ちなみに中身はすり潰した3種類の虫と苦味の強い薬草が4種類。
セバスチャンとデニスも手伝ったそうだ。
「虫…」
「これを全部飲み干すことができたのならここを通して差し上げましょう」
「む、むむむ、虫…」
いつかシャロンが言っていた。
エディ達いじめっ子へのささやかな復讐として、すり潰した虫を紅茶に混ぜたことがあると。
しかし、それが入っていると認識して飲むのと、知らずに飲むことではわけが違う。
「無理なら無理でよろしいのですよ?今奥様のお兄様であるハディス様から連絡がありまして、サイモン殿がこちらに向かっているそうです」
彼が来たら彼にシャロンを引き渡すとセバスチャンは言う。
「彼は身分こそ平民ですが、坊っちゃまに比べたらよほど頼りになる男です」
「おい、この間まで間男だと怒っていたではないか」
「彼の手土産はとても美味しいので懐柔されました。異国のお煎餅とやらが絶品でして」
「勝手に懐柔されるな馬鹿者」
アルフレッドは絶対にサイモンには渡さないと、ギリ死なない程度の元気100倍ドリンクを一気に飲み干した。
そして吐き戻しそうになるのを我慢し、コップをセバスチャンに差し出す。
「これでいいのか?」
「はい」
「………」
「………」
「おい」
「何でしょう?」
「受け取れよ、コップ」
「臭いので後で自分で洗ってください」
「…流石にひどくない?」
「ひどくない」
アルフレッドは臭いコップを握りしめたまま、温室に入った。
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