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本編
86:知らなくて良いこと(3)
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エミリアは少し勘違いしていたのかもしれない。
シャロンが自分に優しくしてくれるのは自分の魅了にかかっているせいだと思っていた。
けれど、重い過去を吐露した自分に『そんな話をされても困る』と言い放った彼女はきっと魅了にはかかっていない。
彼女の冷たい一言には少し傷ついたが、そう思うと安心した。
『よかった。シャロンは魅了にはかかっていないのね』
「いや、絶賛かかってますよ。貴女に夢中ですよ。フォーリンラブですよ」
真顔でそう言ってくるシャロンに、エミリアの涙は引っ込んだ。
『だって、困るって言って突き放したから』
「突き放してませんよ。困るって言っただけです。あ、もしかしてあれですか?『そんな悲しいことがあったんだね。エミリアたん、かわいそう。よしよし』と頭を撫でた方がよかったですか?お望みならそうさせて頂きますけど、どうします?」
やや早口で捲し立てるシャロンに、エミリアは気圧される。
この女は本当に魅了にかかっているのだろうかと疑いたくなるほどに態度が冷たい。
この話を聞いて嘘でも優しくできないなど、きっと心が凍っているのだ。ブリザードだ。ブリザードシャロン。恐ろしい。
『待って待って待って。シャロンは本当に私のことが好きなの?』
「好きですよ。愛してますよ。ぞっこんですよ」
『ぞっこんの割には冷たくない?そこはもう少し真綿でつつみこむくらいの優しさがあっても良くない?』
「精一杯の柔らかさで包み込んでいるつもりですが」
『これで!?』
あまりの冷たさにタイピングが速くなるエミリア。
彼女の声代わりのクマさんも、若干抑揚が出てきたような気がしてくる。
しかしクマさんの声に抑揚が出てきてもシャロンの冷たさは変わらない。
「そんなに冷たいですか?」
『冷たい。温室にいるのに外にいるような錯覚を覚えるくらいに冷たい』
「そうですか…。しかしながら、私はただ甘やかすだけが愛ではないと持っておりますので」
親指を立てて真顔でそう言うシャロン。
魅了にかかろうとも彼女は通常運転だ。
さすが恋をしてこなかっただけのことはある。
甘い言葉の一つもささやけないのに、よく性別の壁を越えようと思えたものだ。
「今ここで『エミリアたん、かわいそうに。よしよし』って抱きしめて慰めたところで、何も解決しませんよね?」
『それはそうだけど、容赦がなさすぎない?泣きそうなんだけど』
「泣いたら慰めて差し上げます。泣いてる女性を慰めて好感度アップです」
『泣かせた張本人が慰めるとか、それはもうプラスマイナスゼロよ。好感度は現状維持で確定だわ』
容赦のないシャロンに、エミリアは困惑するしかない。
正直に白状するのならば、もう少し自分の気持ちを汲んでもらえると思っていた。
もしかしたら、深層心理の部分では、『あんなに献身的に支えてくれているのだから、シャロンならきっと優しく慰めてくれるはず』という打算があったのかもしれない。
なんせ残り少ない命なのだ。優しくされて当然という思いもあったのだろう。
確かにシャロンの言う通り、彼女相手にこの話をしたところで何も解決しない。強いて言うなら少し心が軽くなるだけだ。
それでも解放されたかった。
アルフレッドを騙したことを後悔していた。
王の口車に乗せられたことを後悔していた。
他人の命を犠牲にした上で生きていることに耐えられなかった。
でももう一度アルフレッドに会えて、もう一度彼と生きたいと願ってしまった。
他人を犠牲にしてきたのに、死にたくないと強く願ってしまう自分が浅ましい。汚い。本当に心からそう思う。
エミリアはこんな事実を、こんな感情を、たった1人で抱えたまま死んでいくのが辛かった。自分のこの気持ちを誰にも知られずに死んでいくのは耐えられなかった。
誰かに同情して欲しかった。可哀想にって、辛かったねって、そう言って欲しかった。
だって実際、本当に死にたくなるほどに辛い人生だったから。
シャロンが自分に優しくしてくれるのは自分の魅了にかかっているせいだと思っていた。
けれど、重い過去を吐露した自分に『そんな話をされても困る』と言い放った彼女はきっと魅了にはかかっていない。
彼女の冷たい一言には少し傷ついたが、そう思うと安心した。
『よかった。シャロンは魅了にはかかっていないのね』
「いや、絶賛かかってますよ。貴女に夢中ですよ。フォーリンラブですよ」
真顔でそう言ってくるシャロンに、エミリアの涙は引っ込んだ。
『だって、困るって言って突き放したから』
「突き放してませんよ。困るって言っただけです。あ、もしかしてあれですか?『そんな悲しいことがあったんだね。エミリアたん、かわいそう。よしよし』と頭を撫でた方がよかったですか?お望みならそうさせて頂きますけど、どうします?」
やや早口で捲し立てるシャロンに、エミリアは気圧される。
この女は本当に魅了にかかっているのだろうかと疑いたくなるほどに態度が冷たい。
この話を聞いて嘘でも優しくできないなど、きっと心が凍っているのだ。ブリザードだ。ブリザードシャロン。恐ろしい。
『待って待って待って。シャロンは本当に私のことが好きなの?』
「好きですよ。愛してますよ。ぞっこんですよ」
『ぞっこんの割には冷たくない?そこはもう少し真綿でつつみこむくらいの優しさがあっても良くない?』
「精一杯の柔らかさで包み込んでいるつもりですが」
『これで!?』
あまりの冷たさにタイピングが速くなるエミリア。
彼女の声代わりのクマさんも、若干抑揚が出てきたような気がしてくる。
しかしクマさんの声に抑揚が出てきてもシャロンの冷たさは変わらない。
「そんなに冷たいですか?」
『冷たい。温室にいるのに外にいるような錯覚を覚えるくらいに冷たい』
「そうですか…。しかしながら、私はただ甘やかすだけが愛ではないと持っておりますので」
親指を立てて真顔でそう言うシャロン。
魅了にかかろうとも彼女は通常運転だ。
さすが恋をしてこなかっただけのことはある。
甘い言葉の一つもささやけないのに、よく性別の壁を越えようと思えたものだ。
「今ここで『エミリアたん、かわいそうに。よしよし』って抱きしめて慰めたところで、何も解決しませんよね?」
『それはそうだけど、容赦がなさすぎない?泣きそうなんだけど』
「泣いたら慰めて差し上げます。泣いてる女性を慰めて好感度アップです」
『泣かせた張本人が慰めるとか、それはもうプラスマイナスゼロよ。好感度は現状維持で確定だわ』
容赦のないシャロンに、エミリアは困惑するしかない。
正直に白状するのならば、もう少し自分の気持ちを汲んでもらえると思っていた。
もしかしたら、深層心理の部分では、『あんなに献身的に支えてくれているのだから、シャロンならきっと優しく慰めてくれるはず』という打算があったのかもしれない。
なんせ残り少ない命なのだ。優しくされて当然という思いもあったのだろう。
確かにシャロンの言う通り、彼女相手にこの話をしたところで何も解決しない。強いて言うなら少し心が軽くなるだけだ。
それでも解放されたかった。
アルフレッドを騙したことを後悔していた。
王の口車に乗せられたことを後悔していた。
他人の命を犠牲にした上で生きていることに耐えられなかった。
でももう一度アルフレッドに会えて、もう一度彼と生きたいと願ってしまった。
他人を犠牲にしてきたのに、死にたくないと強く願ってしまう自分が浅ましい。汚い。本当に心からそう思う。
エミリアはこんな事実を、こんな感情を、たった1人で抱えたまま死んでいくのが辛かった。自分のこの気持ちを誰にも知られずに死んでいくのは耐えられなかった。
誰かに同情して欲しかった。可哀想にって、辛かったねって、そう言って欲しかった。
だって実際、本当に死にたくなるほどに辛い人生だったから。
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