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本編
62:ただ息をしているだけ(1)
しおりを挟む「何してるんですか?クラーク様」
ヘンリーが見つけた部屋にとりあえず足を踏み入れたシャロンは、ベッドに横たわるエミリアの容態を確認しつつ、首輪をつけられたままのエディを蔑みの目で見ていた。
「おい、ルビを変態にするのやめろ」
「どう見ても変態でしょう」
「誤解だって言ってるだろう!」
「どの辺が誤解ですか?」
上半身裸で首輪つけて鎖で柱に繋がれているのにどの辺が誤解なのか。シャロンはハッと鼻で笑った。
そんな彼女にエディは『やっぱり可愛くない』と喚く。
「この間、お前のことを少し可愛いと思った自分が信じられん」
「この間?」
「王太子殿下の部屋の前で会った時」
「…嘘でしょ。貴方本当に魔術師?」
「は?」
あの時は魔術師なら誰でも見抜けるレベルの幻術を自分にかけただけだ。
まさかそれに騙されていたとは知らず、シャロンは絶句する。
一方、「引くわー」という目で自分を見てくるシャロンに、エディはまた喚き散らした。
2人がそんな言い合いをする中、ヘンリーは半裸の首輪男をマジマジと見つめ、つぶやいた。
「意外だ」
さすが軍属と言うべきか、どうやら6つに割れた腹筋に感動したらしい。
ヘンリーは彼の腹と自分の腹を交互に触り、「少し鍛えるべきか」と悩む。
「…あの…できれば…これを外して欲しいんですけど…」
普通この状況なら真っ先に助けてくれるだろうと思っていたのに、なかなか首輪を外しもらえないエディは鎖を指差しつつ、戸惑い気味にお願いした。
「外して欲しいのか?」
「そうですね、できれば」
「それはすまない。こういうのが趣味かと思っていた」
「そんな趣味はないです…」
仕方がない、と首輪を外してやるヘンリー。ここでようやく、『そもそも何故柱に繋がれているのか』かと尋ねた。
そしてエディの説明を聞いたヘンリーはもうすぐここに国王が来ることを悟り、少し焦る。
「ハディス、どうする?」
「騎士団もまだ到着できていませんし、とりあえず隠れて様子を伺うのはどうでしょう」
部屋を一通り調べたハディスは、人差し指を立て『名案』とでも言いたげに首を傾げた。
しかし、ヘンリーは難しい顔をする。
「どうやって隠れるんだよ」
この部屋に隠れられそうな場所は無い。あったとしても、せいぜいベッド下くらいだろうが、大の大人が3人も隠れられるほどスパースはない。
顎に手を当てて考え込むヘンリーにハディスはチッチっと舌を鳴らした。
そして、懐からハンカチを3枚取り出した。
「ジャーン!試作品の魔具です!」
「何だこれ」
「これは、諜報活動に役立てることができればと思って部下に作ってもらってたんです」
ハディスはハンカチを広げるとそこに魔力を流し込んだ。
その瞬間、青白い光を帯びてそのハンカチは人をひとり包めるくらいの大きな布へと姿を変えた。
大きくなった布をハディスは頭からかぶる。すると…。
「消えた!?」
布を被った瞬間に姿を消したハディス。
ヘンリーとエディが当たりを見渡すが姿は見えない。
「どういうことだ!?」
エディは助けを求めるように、エミリアに水を飲ませるシャロンの方を振り返った。
シャロンは少し煩わしそうにしながらも「仕方がない」とハディスがいたあたりに近づき、そして思いっきり蹴りを入れた。
すると、微かに「ぐふっ」という音が聞こえた。
シャロンは「ここかな?」と声が聞こえたあたりを手探りで探しだした。
その姿は傍目から見ると、何もない宙を蹴り上げ、ただ腕をパタパタと動かしている怪しいやつだ。
「な、何してるんだ?シャロン」
「ありました」
何かを掴むようにして腕を上げるシャロン。
すると先程は消えたハディスが、股間を押さえ蹲った状態で姿を現した。
エディは彼の痛みを想像してしまったのか、反射的に自身の股間を押さえた。
「あ、すみません。見事にヒットしていたようで」
わざとではありませんよ、と兄を見下ろすも、表情がないから故意なのか否かの判断ができない。ヘンリーは追及すると怖いので、とりあえず判決は過失ということにしておいた。
「で?それは何なんだ?」
「簡単に説明すると、これを被ると他人から認識できないようになるのです。使用方法は先ほど兄様が行ったように、ハンカチに魔力を込めるだけ。大きな布状になったら後はそれを被るだけで身を隠せます」
シャロンは説明しながら、ハディスから取り上げた新品のハンカチをヘンリーに差し出す。
それを広げてじっくりと観察する彼は研究者の顔だった。
「ジルフォード家はこんなものを作っていたのか」
「兄様の完全なる趣味ですよ。手伝わされる部下の方が可哀想」
「しかし、なかなか有用な道具じゃないか」
「一応欠点として、誰でも被れば姿を消せるというものではなく、ハンカチに込められた魔力の持ち主でないと効果が出ないという点があります。ですから、基本的には魔力持ちにしか使えない上に、誰かと共用することもできません」
単独任務向きですね、とシャロンは言う。
「量産できるなら予算を割こうかな」
「その辺はまた後日改めて話し合ってください」
「それもそうだな」
本日の目的は、新しい魔具のお披露目ではない。
ヘンリーはハディスを起こすと、この後の作戦を練った。
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