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本編

60:その頃の餌 その2

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「…どこに行くんですか、ジルフォード侯爵」
「んー?秘密」

 エディに手枷に加えて、魔力封じの首輪もつけたジルフォード侯爵は、首輪の鎖を手に持ちながらひんやりとした暗い廊下を進む。
 エディはおとなしく彼の後ろについて歩いた。

(…何故首輪を追加したのか)

 聞きたいが恐ろしくて聞けないエディは小刻みに体を震わせていた。

「君は女性を笑わせるような面白い話ってできるかい?」
「…へ?」
「実は少し話し相手になってほしい人がいるんだ」
「ま、まあ人並みに女性とはお付き合いしてきましたので…」

 余裕です、とエディは胸を張って答えた。
 本当のところは付き合っても毎回『自慢話がうざい』と振られてきたのだが、それを言うのはプライドが許さず、つい見栄を張ってしまった。

(…嘘ついたのバレたかな)

 「それは頼もしい」と振り返った侯爵の不敵な笑みに、見栄を張ったことを後悔したエディだがもう遅い。
   侯爵は「それならばと」と踵を返し、とある部屋へとエディを案内した。

 扉に複数の鍵がつけられたその部屋は窓ひとつなく薄暗い。
 所々に置かれたランプの明かりが、寂しく光るその部屋、絨毯も花瓶も絵画も時計も、ソファのクッションも、全て落ち着きのある色合いで統一されていた。
 暗いこと以外は中々趣味の良いコーディネートだとエディは思う。


「エミリー、体調はどうだい?」

 ジルフォード侯爵は部屋の奥にあるベッドに向かって声をかけた。
 するとベッドから女性が1人、むくりと起き上がる。

「エミリア…カーティス…?」

 エディの目に飛び込んできたのは白いワンピースを着た黒髪の美女。痩せ細り衰弱しているように見えるが、かつて傾国と謳われたほどの面影は確かに残っていた。

「ゆ、幽霊…?」
「失礼なことを言うんじゃない。ちゃんと生きているよ」
「え、だって…」

 姿絵しか見たことがないが、彼女は5年前に死んだと聞いている。それは色んな人が言っていたからそれは間違いないはず…。

(…どういうことだ?)

 エディの頭は混乱していた。
 今回の囮作戦は魔術師失踪事件を解決するためのもので、容疑者はここにいるジルフォード侯爵と国王に近い高位貴族と聞いている。
 エミリアは魔術師でもなければ王に近い高位貴族でもない。
 ぐるぐると、さほど皺のない脳をフル回転させて彼は考えた。
 そしてふと、今回の作戦の説明を受けた時、ヘンリーが言葉を濁した場面が多々あったことを思い出した。

「…そうか、俺は全てを聞かされたわけではないのか!」

 閃いたようにポンと手を叩くと、スッキリした顔をするエディ。
 何となくの事情を察したジルフォード侯爵は、『こいつ、要らないから囮にされたんだな』と思った。正解である。


「エミリー。この子はエディと言ってね、それは腹が捩れるくらいに面白い話ができる男の子だよ」
「え、待って。そんなこと言ってな…」
「ん?」
「いや、そんな腹が捩れるほど面白い話は…」
「ん?」
「…できないなーって」
「ん?」
「超余裕っす!」

 首を傾げながら顔を近づけてくる侯爵の笑顔に気圧され、エディは親指を立てて話し相手を引き受けてしまった。
 侯爵はエディの手枷を外すと、エミリアのいるベッドの近くの柱に首輪の鎖をくくりつける。

(…まるで犬だ)

 エディはシクシクと涙を流した。

「流石はクラーク家の男だ。頼んだよ」
「お、お任せくださいぃ…」
「泣いてないで、ちゃんと笑わせてあげてね。そろそろこの国で一番尊いお方がここにくるから、それまでに彼女を笑顔にしといてね。できてなければ…ね?」

 そう言い残すと、侯爵は彼を部屋に残して部屋を後にした。
 外側からガチャガチャと複数の鍵を閉める音が聞こえる。
 静かな室内には換気扇の音だけがうるさく鳴っていた。

「あのー、エミリーさん?」

 エディは様子を伺うように彼女に声をかけるが返事はない。

(すっげー綺麗な人だなぁ。でも何だろう。そそられない…)

 恐ろしいほどに左右対称の顔に、雪のように白い肌と艶やかな漆黒の長い髪。透き通るような青い瞳は海の色に近く、

 -------生気を宿していない。

 その目は学院時代のシャロンと同じだった。
 死んだ魚のような目をしたエミリアはぼーっと遠くを眺めていた。

「これ、笑わせるとか無理だろ…」

 エディは絶望した。

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