【完結】烏公爵の後妻〜旦那様は亡き前妻を想い、一生喪に服すらしい〜

七瀬菜々

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本編

48:かもしれない(2)

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 思わぬ回答に、アルフレッドはシャロンの頬を掴んでいた手に力が入る。
 シャロンの頬はむにっと潰れた。

「いたいれふ」
「す、すすすすすす好き!?好きなのか!?」
「人間とひてって意味でふよ。いたい。はなひて」
「しかし、ずいぶん気安く話していたではないか!やはりそういう仲なんじゃ!?」
「それは…」

 咄嗟に否定できないシャロン。
 何故なら確かにサイモンは気安いなと思うからだ。
 重要なのは『気安い』という部分ではなく『そういう仲』という部分なのだが、シャロンは前者の単語だけを聞き取り、考え込んでしまった。

 彼はほぼ敬語とは言えない敬語を使うし、シャロンの頭をよく小突く。それは身分が上の人間に対する態度としては完全にアウトだ。階級に厳しい人なら不快に思うのも仕方がない。
 
(サイモンのあの感じが気に入らないのか…)

   しかし、彼は昔からなのだ。今更それを改めさせるのは難しいだろう。
   それに何より、シャロンはあの態度で接してくれることに救われている。
 友達のいない彼女にとって、友達のような兄のような関係の彼はかけがえのない存在だ。
 
 シャロンは頬を掴む手に自分の手を添えると、ゆっくりと引き剥がした。そして神妙な面持ちで交渉する。

「…確かに公爵夫人に対する態度としてはなっていないかもしれません。けれど彼のあの態度については容認していただきたいです」
「え、待って。何の話?」
「え?サイモンが気に食わないという話でしょう?」
「概ね正解だが、なんか微妙に会話が噛みあっていない気がする」
「と言いますと?」
「その、つまり、私が聞きたいのは彼は君にとって特別な男なのかということだ」
「特別、と言えばそうかもしれませんね。付き合いも長いですし…」
「や、やはり付き合っているのか!?」

 アルフレッドは絶望した顔をして後ずさる。
 シャロンは「めんどくせぇ」という言葉をなんとか飲み込んだ。

「…いや、あの。何を勘違いしていらっしゃるのかは知りませんが、男女のお付き合いとかそういう意味ではないですからね?単純に出会ってからの年数が長いという意味ですからね」
「そうだとしても仲が良すぎではないのか?」
「そんな事言われても…。サイモンとは兄妹のように育ってきましたから…」

 サイモンはもう家族のようなものだ。家族と仲が良いことを何故咎められなければならないのか。
 そもそも実家の人間との関係など、悪いよりは良い方が好ましいはず。この男は何が不満なのだろう。

(結婚の時、私も『こちらの交友関係には口出しするな』と誓約書を書かせておけばよかったかしら)

 今更不公平な契約だったと気づき、若干苛立ってきたシャロンは思わず舌打ちをしてしまった。

「舌打ちした?ねぇ、舌打ちした?」
「ああ、すみません。つい」
「…ついって」
「しつこいので少しイラっとしてしまいました」

 眉間に皺をつくり、シレッとそう返すシャロン。
 彼女のその態度にアルフレッドのお豆腐なメンタルは粉砕された。
 粉砕された豆腐はひき肉に混ぜてハンバーグにすれば良いと思う。

(明日の晩餐はハンバーグをリクエストしよう)

    そんな事を考えながら、シャロンは床で丸まってめそめそする、もうすぐ四十路になる男を可哀想なものを見るような目で見ていた。

「…旦那様は私とサイモンの中を疑っておられるのでしょうが、私と彼の間には何もありませんよ」

 呆れたようにため息混じりに身の潔白を主張するシャロン。
 公爵家の恥になるような事はしていない。胸を張ってそう言える。
 しかし、アルフレッドは疑り深かった。

「信用できない」

 シャロンは彼のその言葉に目を見開いた。
 そして俯き、拳を握りしめて肩を震わせる。

「ならもういいです。信じていただかなくても結構です」

 疑われているのなら仕方がない。
 そもそもシャロンはアルフレッドの子を産むために嫁がされただけ。二人の間に信頼関係などあるはずがなかった。
 どれだけ『何もない』と主張しようとも、彼が信用できないのなら仕方がない。

「もう面倒くさい…」
「え?」
「もう本当にめんどくさいです」
「…めんど?え?めんどくさい?」
「何で私はこんな人を好きかもとか思ってるのかしら」

 シャロンはぽつりと呟いた。
 やっぱり正気の沙汰じゃない。サイモンの言う通りただの情なのだろう。

 アルフレッドは彼女の予想外のセリフに、目を大きく見開いてパチパチとさせている。


「シャロンは…私のことが好きなのか?」
「勘違いしないでください。好きじゃないです。好きというだけです」

 感情のない目でアルフレッドを見下ろすシャロン。
 明らかに好きかもしれない相手に負ける視線ではない。どちらかというと地を這う毛虫に向ける視線だ。



「もう面倒くさいので離縁してください」


 シャロンは大きなため息をつき、心底面倒臭そうに言い放った。
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