45 / 129
本編
44:白か黒か(3)
しおりを挟む「と、いうわけで旦那様は白よ」
何故か公爵邸の端の端、エミリアの墓周辺の草抜きをさせられているサイモンは、仁王立ちで自分を見下ろすシャロンを半眼で見上げた。
「いやいや、どういうわけですか」
「旦那様は事件に関与していないわ」
「閣下の前妻の死に関してはヤバめの匂いしかしないんですけど…。本気で言ってます?」
つい先ほど、シャロンがこの数日で入手した状況証拠を聞いていたサイモンは呆れてため息も出ない。
「情に流されるなんてらしくないですよ」
「流されてないわ。客観的な事実よ」
「どの辺が客観的なんですか」
「だって考えてみてよ。仮にエミリア様が生きていたとして、彼女が事件に関与していたとしても何故それが旦那様を疑うことに繋がるの?」
「そもそもエミリア・カーティスが生きている時点で、ウィンターソン公爵には彼女の死を偽装したという疑惑がかけられます。疑うには十分でしょうが!」
サイモンは立ち上がると、シャロンの額にデコピンをかました。
そもそも死を偽装すること自体も犯罪だ。
「むぅ」
「むぅ、じゃねーよ。いつの間にそんなに情が移ったんですか…」
どこか悔しそうな顔をするサイモンに、シャロンは「そういうのじゃない」と切なげに笑った。
そして持ってきていたバケツの水を墓石にかけると、タオルで丁寧に磨きながらつぶやく。
「別に情とかじゃないわ。ただ、もし仮にエミリア様が生きていたとするならば彼女が旦那様のそばにいない事、旦那様が彼女をそばに置いていないことが不思議で仕方ないのよ」
サイモンが次兄からの指令を持ってきてからエミリアのことを調べたが、そこからわかったのは『エミリアが本当に死んだのかどうかが怪しい』ということと…
『ウィンターソン公爵夫妻が本当に愛し合っていたという事実』。
「私、エミリア様の遺品である日記を見せてもらったの」
エミリアの死の前後のことがうろ覚えなセバスチャンが、過去を確かめるために金庫から出してきたエミリアの日記。
そこに書かれていたのは、アルフレッドへの深い愛情と彼からもらった愛情への感謝。ペンが持てなくなる直前まで、エミリアがずっとアルフレッドのことを思っていたことが伺えた。
「エミリア様の死後の旦那様の様子をいろんな人から聞いたけれど、憔悴しきっていたそうよ。使用人たちの話を聞く限り、とても彼女の死を偽装した人の反応とは思えない」
「…その使用人たちの証言が正しいのか怪しいじゃないですか。記憶が曖昧なんだから」
「そうよ。だからこれなの」
そう言うとシャロンは、サイモンが持ってきた箱の中から丁度自分の顔と同じくらいの大きさの円錐状の陶器を取り出した。
真っ白な陶器の下部には、小さな円形の穴が等間隔に10箇所空いている。
その中を覗き込むと、無数の魔法陣が見えた。
「この屋敷の使用人は不自然にエミリア様の死の前後の記憶がない。もし仮にその原因が外的要因によってもたらされたものならば、魔術の使用を疑うべきでしょう?だからこれ。残留魔力の検出装置よ!」
「これが魔術の使用された形跡を調べるための魔具ですか…ちょっとした装飾品みたいに綺麗ですね」
サイモンは美しい真っ白な陶器を手に取りまじまじと眺める。
シャロンがサイモンに手紙を出したのは、これを持って来させるためだった。
「これはね、使用した術の規模が大きければ最大で5年くらい遡って調べることができる優れものよ?今回の場合は年数的にかなりギリギリだけど、まあ何とかなるでしょ!」
腰に手を当て、胸を張って威張るシャロン。サイモンはそんな彼女をまた半眼で見る。
「何でこんなもの持ってるんですか」
「…医者になれないなら、せめてハディス兄様みたいに諜報部隊で活躍できればと思って買ったのよ」
高かったんだから、と遠い目をして言うシャロン。
サイモンは慰めるように背中をぽんぽんと2回叩いた。
結局道具を揃えようとも魔術師になれないほどの魔力量しかない彼女には、無駄な出費だったようだ。
「さ、気を取り直して…ここに魔力持ちの血液を少し垂らせば使えるわ」
「もし、墓から魔力の反応があれば、彼女の死に何かしらの細工がされてあることの証明になると」
「そういうこと」
シャロンは、サイモンから魔具を受け取るとそれを墓石のすぐ横に置いた。
そして胸ポケットに隠し持っていたメスで人差し指を切ると、それを魔具に垂らす。
すると、魔具の穴から薄い白煙がもくもくと吹き出すよに出てきた。
その白煙は次第に薄い桃色へと変化する。特に墓石付近の靄はより濃く色づいていた。
サイモンは少し幻想的にも見えるその光景に感嘆の息を漏らした。
「…これはどう見れば良いのでしょう?」
「微かだけど魔力の反応が残っているわね」
「魔力の痕跡が残っていると言うことはつまり…」
「ここで何らかの魔術が使われたことは間違いないわ。術の特定までは難しそうだけど」
シャロンは魔具に水をかけると煙はすうっと魔具の中へと吸い込まれ、跡形もなく消えた。
この屋敷にはシャロンが来るまでも魔力持ちは1人もいなかった。
エミリアとアルフレッドの結婚は周囲に反対されていたため、葬儀に参列した人間は公爵邸の使用人を除けばアルフレッドと医師のデイモンのみだった。
そして、この墓は公爵邸の奥の奥にある。公爵家を訪れた客人がここに来ることはまずない。
状況的に見て、ここから魔力の反応があるのは明らかに不自然だ。
「お嬢はエミリア・カーティスの死は何らかの魔術を用いて偽装が行われていると可能性が高いと考えるんですね」
「そうよ!」
それはつまり、同時に、アルフレッドへの疑いも強まったということ。
サイモンは怪訝な顔でシャロンを見つめる。
「公爵閣下のどの辺が白なんすか?」
13
お気に入りに追加
2,791
あなたにおすすめの小説
【完結】捨てられた双子のセカンドライフ
mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】
王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。
父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。
やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。
これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。
冒険あり商売あり。
さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。
(話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)
タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒―
私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。
「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」
その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。
※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています
さよなら、皆さん。今宵、私はここを出ていきます
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【復讐の為、今夜私は偽の家族と婚約者に別れを告げる―】
私は伯爵令嬢フィーネ・アドラー。優しい両親と18歳になったら結婚する予定の婚約者がいた。しかし、幸せな生活は両親の突然の死により、もろくも崩れ去る。私の後見人になると言って城に上がり込んできた叔父夫婦とその娘。私は彼らによって全てを奪われてしまった。愛する婚約者までも。
もうこれ以上は限界だった。復讐する為、私は今夜皆に別れを告げる決意をした―。
※マークは残酷シーン有り
※(他サイトでも投稿中)

今更ですか?結構です。
みん
恋愛
完結後に、“置き場”に後日談を投稿しています。
エルダイン辺境伯の長女フェリシティは、自国であるコルネリア王国の第一王子メルヴィルの5人居る婚約者候補の1人である。その婚約者候補5人の中でも幼い頃から仲が良かった為、フェリシティが婚約者になると思われていたが──。
え?今更ですか?誰もがそれを望んでいるとは思わないで下さい──と、フェリシティはニッコリ微笑んだ。
相変わらずのゆるふわ設定なので、優しく見てもらえると助かります。

【完結】あなたを忘れたい
やまぐちこはる
恋愛
子爵令嬢ナミリアは愛し合う婚約者ディルーストと結婚する日を待ち侘びていた。
そんな時、不幸が訪れる。
■□■
【毎日更新】毎日8時と18時更新です。
【完結保証】最終話まで書き終えています。
最後までお付き合い頂けたらうれしいです(_ _)
全てを捨てて、わたしらしく生きていきます。
彩華(あやはな)
恋愛
3年前にリゼッタお姉様が風邪で死んだ後、お姉様の婚約者であるバルト様と結婚したわたし、サリーナ。バルト様はお姉様の事を愛していたため、わたしに愛情を向けることはなかった。じっと耐えた3年間。でも、人との出会いはわたしを変えていく。自由になるために全てを捨てる覚悟を決め、わたしはわたしらしく生きる事を決意する。

【完結】魔女令嬢はただ静かに生きていたいだけ
こな
恋愛
公爵家の令嬢として傲慢に育った十歳の少女、エマ・ルソーネは、ちょっとした事故により前世の記憶を思い出し、今世が乙女ゲームの世界であることに気付く。しかも自分は、魔女の血を引く最低最悪の悪役令嬢だった。
待っているのはオールデスエンド。回避すべく動くも、何故だが攻略対象たちとの接点は増えるばかりで、あれよあれよという間に物語の筋書き通り、魔法研究機関に入所することになってしまう。
ひたすら静かに過ごすことに努めるエマを、研究所に集った癖のある者たちの脅威が襲う。日々の苦悩に、エマの胃痛はとどまる所を知らない……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる