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本編
【幕間】エミリア・カーティス(1) *アルフレッド視点です
しおりを挟むエミリアはとても美しい女性だった。
艶のある蜂蜜色のまっすぐな髪に、海に近い澄んだ瞳。恐ろしいほど左右対称な顔と体。全てが完璧だった。
だが、彼女の1番の魅力はその声だと思う。
柔らかく優しく、低すぎず高すぎない心地よい彼女の声は、私の心を癒した。
***
エミリアと初めて出会ったのは、国王陛下の護衛として、彼女の両親が治めるハイゼル伯爵領を訪れた時だった。
伯爵領の視察を終えた国王陛下と私は、伯爵家の屋敷に戻った際、庭園から見上げた先にいた窓の縁に座る彼女を見つけた。
この時、彼女の姿に見惚れる陛下を『浮気はダメですよ』揶揄ったことは今でも覚えている。
『窓辺で本を読んでいた女性は娘さんですか?』
晩餐の際に尋ねると、伯爵は申し訳なさそうに頷いた。
『娘は病弱でして、ご挨拶もできずに申し訳ありません』
帰りには一緒に見送りをさせますから、と頭を下げる伯爵に陛下も私も気にすることはないと返した。
そして城へ帰る日、エミリアは伯爵夫妻とともに伯爵邸の正門まで見送りに来た。
愛想のない顔でふてぶてしくカーテシーを披露する彼女への第一印象は、正直最悪だった。
だが、彼女は車に乗り込む直前、唐突に『王都に青い薔薇はあるのか』と尋ねてきた。
私も陛下も戸惑いながら、『ない』と答えた。
あるという回答を期待していたのか、『そうですか』とあまりに大袈裟に肩を落とすものだから、私は『今度探しておくよ』と返した。
すると、彼女は『約束ですよ、ウィンターソン公爵様』とあどけない笑顔を見せた。
たったその2往復半の会話で私は恋に落ちた。
何故かわからない。
けれど、その瞬間に心惹かれた。きっと彼女のあの笑顔にやられたのだろう。
それからしばらくして、私はエミリアの家を訪ねた。
本当は彼女が求めていた青い薔薇を見つけてこれたらよかったのだろうが、あいにく見つけることが出来ず、仕方なく真っ赤な薔薇の花束を持って行った。
私の訪問に伯爵夫妻はとても怪しんでいたが、病気がちな彼女を少しでも元気付けたくてと尤もらしい理由を並べ、彼女の元へと案内してもらった。
エミリアの部屋に案内された私が見たのは、壁一面の本棚に敷き詰められた大量の本。
作家別の出版日順に並べられたそれは、彼女が几帳面な女性であることを表していた。
『何しにきたんですか?』
相変わらずのふてぶてしい態度でそう言うエミリアは、青い顔でベッドに横たわっているのに生き生きと輝いて見えた。
彼女のその尊大な態度は、病弱な自身を強く見せるための虚勢なのだろうか。不思議なことに、私はその強がる姿さえも可愛らしく見えた。
『青い薔薇、見つけられなかった』
『そうですか』
『ねえ、どうして青い薔薇を探しているんだい?』
『…幸せになれるから』
エミリアは少し恥ずかしそうに青い薔薇について話し始めた。
彼女が言う青い薔薇は、彼女が子どもの頃に読み聞かせてもらった物語に出てくるらしい。
その物語は2人の幼い兄妹が“幸せの青い薔薇”を探し、旅に出るという話なのだそうだ。
『最近ふと、その話を思い出して見てみたくなったんです。幸せの青い薔薇』
そう言ってはにかむ彼女に私は首を傾げた。それは幸せの青い鳥の事じゃないかだろうか、と。
『え?いやいや、青い薔薇ですよ』
『いやぁ、多分鳥だよ』
『いいえ!薔薇です!』
私はベッドから起き上がり、本を探そうとするエミリアを諌めた。そして、彼女の代わりに本棚を漁った。
壁一面の本棚には冒険譚、伝記、童話など様々な本があったが、恋愛小説は特に多かった。
『恋愛小説好きなの?』
『恋愛ができないから、物語の中で経験しているだけです』
『どうして?』
『体が弱いから。もう数年しか生きられない女なんて、誰も欲しがりませんもの』
エミリアは余命も短く、外を出歩くことも、子を産むことさえできない。そんな女を欲しがる男はいないし、そもそも、屋敷から出られないから出会いもない。
自分を愛してくれるのは両親だけ。だけど、それで十分なのだと彼女は言う。
両親は両手に抱えきれないほどの愛を自分に注いでくれるから、それ以上は何も望まない。そう語る少し寂しそうな横顔が、とても美しかったせいか、私は思わず口走しってしまった。
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