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本編
34:アルフレッドは堕ちている自覚がない(2)
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執務室で鬼のような速さで決済書類にサインするアルフレッド。
一見仕事に集中しているように見えるが、心ここに在らずなのは丸わかりだ。
新人フットマンは主人がサインしたそれらを、困惑した表情で受け取る。
「セバスさん。旦那様何かあったんですか?」
「何もありません。いつも通りヘタレているだけにございます」
「…はぁ」
主人の後ろで紅茶を入れる執事長に尋ねるも、彼は生暖かい目で主人の背中を見るだけだった。
コンコンと戸が叩かれる。
アルフレッドが「誰だ」と尋ねると、愛らしい声で「シャロンです」と返ってきた。
アルフレッドは慌てて椅子から立ち上がり、机に足をひっかけたりしつつ、扉へと向かう。
戸を開けると、薄く化粧をして緩く巻いた髪を高い位置で一つに縛ったシャロンが、朝とは違うワンピースに身を包んで立っていた。
それは一度だけ二人でデートした際に買った黒のワンピース。
アルフレッドがシャロンに一番似合うと思って買った、サイドに白の生地でプリーツ加工が施されたワンピース。
「可愛い…」
「え?」
感想が思わず声に出てしまっていたことに気づき、アルフレッドは咄嗟に口を押さえる。
「いや、なんでもないんだ。それよりどうした?」
「あ、お忙しいところ申し訳ありません。その、よければ一緒にデニスのところまでお散歩でもどうかと思いまして…」
上目遣いで控えめにそう言う彼女の表情は、相変わらず人形のようにいつもと変わらないのに、何故か好きな相手をデートに誘う時の乙女の顔に見えた。
(だめだ、自惚れるな…)
それで一度恥をかいているアルフレッドは、自分を律するように目をぎゅっと閉じて首を左右に振った。
「あ、やっぱり忙しいですよね…すみません」
彼の行動が自分を拒否しているように見えたシャロンは「失礼します」と頭を下げて帰ろうとする。
アルフレッドは慌てて彼女の手を掴んだ。
「違う違う!大丈夫だ、行こう。そうだ!どうせならデニスのところでお茶しよう。な?」
「は、はい…」
「セバス。そういうことだから頼んだぞ!」
「かしこまりました」
不思議そうに自分を見つめるシャロンの腰を抱くと、アルフレッドはそのまま彼女と執務室を後にした。
「旦那様ってあんな人でしたっけ…」
新人フットマンは執務室を出ていく主人を呆然と眺めていた。
もっと近寄り難く気難しい人だと聞いていたのだが、見る限りはそんな雰囲気を感じない。
「旦那様は元からああいう方ですよ」
セバスチャンは、ほっほっほと笑う。
元々、アルフレッドは顔は良いし仕事もできるが、いつもヘタレで残念な男だ。
新人フットマンの彼が聞いた噂話は、エミリアとの婚姻が話題になった頃からのものだろう。
エミリアと出会って以降、病弱な彼女のことを四六時中考えて常に緊張状態だったアルフレッドは、周りにもそれが伝わるくらいにピリピリしていた。
彼女の死後は抜け殻のように覇気のない目をしていた時期もあったが、ある時からは病的なまでに仕事に打ち込むようになった。おそらくエミリアのことを早く忘れるために。
「ヘタレでちょっとナルシストで残念な旦那様が本来の旦那様です」
セバスチャンは窓から庭を眺めて目を細めた。
酷い評価だが、長く公爵邸にいる人間はそんなアルフレッドが戻ってきたことを喜んでいた。
一見仕事に集中しているように見えるが、心ここに在らずなのは丸わかりだ。
新人フットマンは主人がサインしたそれらを、困惑した表情で受け取る。
「セバスさん。旦那様何かあったんですか?」
「何もありません。いつも通りヘタレているだけにございます」
「…はぁ」
主人の後ろで紅茶を入れる執事長に尋ねるも、彼は生暖かい目で主人の背中を見るだけだった。
コンコンと戸が叩かれる。
アルフレッドが「誰だ」と尋ねると、愛らしい声で「シャロンです」と返ってきた。
アルフレッドは慌てて椅子から立ち上がり、机に足をひっかけたりしつつ、扉へと向かう。
戸を開けると、薄く化粧をして緩く巻いた髪を高い位置で一つに縛ったシャロンが、朝とは違うワンピースに身を包んで立っていた。
それは一度だけ二人でデートした際に買った黒のワンピース。
アルフレッドがシャロンに一番似合うと思って買った、サイドに白の生地でプリーツ加工が施されたワンピース。
「可愛い…」
「え?」
感想が思わず声に出てしまっていたことに気づき、アルフレッドは咄嗟に口を押さえる。
「いや、なんでもないんだ。それよりどうした?」
「あ、お忙しいところ申し訳ありません。その、よければ一緒にデニスのところまでお散歩でもどうかと思いまして…」
上目遣いで控えめにそう言う彼女の表情は、相変わらず人形のようにいつもと変わらないのに、何故か好きな相手をデートに誘う時の乙女の顔に見えた。
(だめだ、自惚れるな…)
それで一度恥をかいているアルフレッドは、自分を律するように目をぎゅっと閉じて首を左右に振った。
「あ、やっぱり忙しいですよね…すみません」
彼の行動が自分を拒否しているように見えたシャロンは「失礼します」と頭を下げて帰ろうとする。
アルフレッドは慌てて彼女の手を掴んだ。
「違う違う!大丈夫だ、行こう。そうだ!どうせならデニスのところでお茶しよう。な?」
「は、はい…」
「セバス。そういうことだから頼んだぞ!」
「かしこまりました」
不思議そうに自分を見つめるシャロンの腰を抱くと、アルフレッドはそのまま彼女と執務室を後にした。
「旦那様ってあんな人でしたっけ…」
新人フットマンは執務室を出ていく主人を呆然と眺めていた。
もっと近寄り難く気難しい人だと聞いていたのだが、見る限りはそんな雰囲気を感じない。
「旦那様は元からああいう方ですよ」
セバスチャンは、ほっほっほと笑う。
元々、アルフレッドは顔は良いし仕事もできるが、いつもヘタレで残念な男だ。
新人フットマンの彼が聞いた噂話は、エミリアとの婚姻が話題になった頃からのものだろう。
エミリアと出会って以降、病弱な彼女のことを四六時中考えて常に緊張状態だったアルフレッドは、周りにもそれが伝わるくらいにピリピリしていた。
彼女の死後は抜け殻のように覇気のない目をしていた時期もあったが、ある時からは病的なまでに仕事に打ち込むようになった。おそらくエミリアのことを早く忘れるために。
「ヘタレでちょっとナルシストで残念な旦那様が本来の旦那様です」
セバスチャンは窓から庭を眺めて目を細めた。
酷い評価だが、長く公爵邸にいる人間はそんなアルフレッドが戻ってきたことを喜んでいた。
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