【完結】烏公爵の後妻〜旦那様は亡き前妻を想い、一生喪に服すらしい〜

七瀬菜々

文字の大きさ
上 下
16 / 129
本編

15:デートのお誘い(1)

しおりを挟む
 朝食という予定を終えた公爵夫人シャロンは自室で服の整理をしていた。
 そろそろ肌寒い季節になってきたので衣替えをしているのだ。

 人懐っこい新人メイドのシノアはその手伝いに来ている…はずなのだが、

「奥様!冬用を新調いたしました!」

 と、何故かベッドの上に夜着を並べている。
 どれも程よく肌が露出されるデザインで、最近朝晩冷えるのにお腹を下しそうだ。

「本日はどれにいたしましょう!?」
「あのね、シノア。その…まだ朝なのだけれど」

 朝っぱらから夜の睦事の相談というのはいかがなものだろうか。シャロンは呆れたようにため息をついた。

「そもそも、シノアは服の整理を手伝いに来てくれたのではないの?」
「お手伝いはします!しかし、その前に今日の夜着を決めておきましょう!」
「何故…」
「今日から、旦那様は久しぶりの連休です!今夜は気合をいれませんと!」
「…そ、そう?」
「旦那様と寝室を共にされるのは3日ぶりのこと。そして明日もお仕事はお休み。きっと今夜、奥様は存分に旦那様に可愛がっていただく予定なのですよね!?ならば存分に可愛くしなくては!」
「それ、意味わかって言ってる?」
「よくわかりませんが、リサさんが言ってました!」
「そ、そう…。あまりリサの言う事を外で言ってはダメよ」

 純粋なシノアがどんどん変な知識をつけている事に、シャロンは複雑な心境になる。
 シャロンはまた深くため息をついた。

(しかし何にせよ、これはもう先に夜着を決めないと進まなさそう…)

 ここに来て約3ヶ月、シャロンはこの様に興奮した様子のシノアにはこれ以上何を言っても無駄な事を学んでいた。

「どれも可愛いわね」
「そうでしょう、そうでしょう?奥様がなんでも良いとおっしゃるので、リサさんが気合を入れて選んだそうです!」
「まあ、そうなの。ちなみに貴女のおすすめは?」
「私のおすすめはこちらです!可愛いでしょう!?」

 そう言ってシノアかおすすめするのはフリルとリボンが盛りだくさんの可愛らしくもいやらしい夜着。布地は少ないがもこもこ素材でいつもきているものよりは暖かそうだ。

「そうね、可愛いわね。ではシノアが持っているものにするわ」

 シャロンは服を仕分けながら、興味なさそうにオススメの夜着を選んだ。
 シノアは「もう」とため息をつく。

「…結局いつもお任せじゃないですかぁ」
「だって拘りなんてないもの、仕方がないじゃない」
「新婚ですよ?蜜月期ですよ!?」
「では一番暖かそうなそれで」

 シャロンが指差したのはドット柄のもこもこの長袖に、もこもこのショートパンツのセット。
 シノアは不服そうに頬を膨らませた。

「何でそんなに適当なんですかぁ!」
「あのね、シノア。何を着ても結局脱がされるのだから同じじゃない?」

 本当は脱がされたことなど一度もないが、シャロンは息を吐く様に嘘をつく。
 シノアはシャロンの発言に耳まで真っ赤に染め上げた。

(可愛い。妹がいたらこんな感じかなぁ)

 これで15かと疑いたくなるほどに初々しいシノアがシャロンは可愛くて仕方がない。
 顔を両手で隠して、何やらいかがわしい妄想をしてはモジモジと体を左右に揺する彼女を見て、シャロンは微かに微笑んだ。

(シノアの妄想通りの夜なんて来た事ないけど、まあ妄想するのは自由よね)

 シノアだけでなく、この屋敷の使用人は皆、アルフレッドとシャロンが仲睦まじく過ごしていると思っている。
 たしかに、多忙なはずのアルフレッドが出来る限り夕食と寝室をシャロンと共にしていたり、今までエミリアを忘れられずどこか寂しげにしていた彼がシャロンと楽しそうに話している姿を見てそう思うのも無理はない。使用人の中にはアルフレッドが喪服を脱ぐ日も近いのではと噂している者も出てきていると言う。
 だが、シャロンはそんなことはあり得ないと断言できてしまう。
 何故ならアルフレッドと話す内容は前妻エミリアの話をばかりだからだ。
 一緒に庭園を散歩しているときも、お茶をしているときも、2人きりになれば基本的な話題はエミリアのこと。特に夜は人目がないので、永遠とエミリアとの思い出話をしている。
 そしてシャロンは毎回、そんな彼の話に適当に相槌を打ちつつ、右から左へと聞き流しているうちに眠りにつくというのがお約束となっている。


(わかってた事だけど、何だかなぁ)

 アルフレッドは話し上手で、話題はエミリアの事ばかりだが話自体は面白い。故に彼の話を聞くことは苦ではない。
 けれど、どれだけ魅惑的な夜着を身に纏い寝室を訪れたとしても、彼の目には今もエミリアしか映っていない。
 シャロンはそれを少し虚しいかもしれないと思い始めていた。
 愛せないと初めに言われているし、自身もアルフレッドの事をどうこう思っているわけではない。でもたまに彼の口を縫い付けたくなってしまう。

(そもそもエミリア様の話を聞きたいと言ったのは私なのに…)

 そんなふうに思ってしまうなんて自分もまだまだだなと、シャロンは自嘲じみた笑みを浮かべた。


 すると、不意に扉が開く。
 リサかと思って彼女が振り返ると、そこにいたのは相変わらず黒い旦那だった。

「シャロン、少し良いか……な?」

 布の少ない夜着を体に当てられたシャロンを見て、アルフレッドは固まってしまった。
 そんな彼の反応を見て、シャロンも固まる。

「ノックは、その、出来ればしてくださると、ありがたく思います…」
「そ、そうだな。ごめん…」

 流石のシャロンもほぼ下着同然の布を体に当てられている場面を見られるのは恥ずかしい。顔面は表情がないが、耳から頸にかけては真っ赤に染まっていた。

 部屋には微妙に気まずい空気が流れる。
 その空気をぶち壊したのは、言わずもがなシノアだった。

「旦那様はどれが好みですか!?」
「え!?」
「ちょっと、シノア…」

 肝が据わっているのか、それとも何も考えていないのか、シノアはあろうことかアルフレッドに意見を乞うた。

(やめて!さすがの公爵様も反応に困ってるから!)

 この夜着は月明かり程度の明るさしかない夜の寝室だからこそ何とか見せれるものであり、こんな明るい所でマジマジと見られては今日からどんな顔をしてこの布切れに袖を通せば良いのか。シャロンは恥ずかしさのあまり顔を伏せた。
 対するアルフレッドは、少し頬を染めながらも一着の夜着を指差す。

「これ、かな…」

(答えるんかいっ!)

 シャロンは心の中で盛大に突っ込んだ。
 恐る恐るアルフレッドの指が指し示す先にある布に視線をやると、そこにあったのは小花柄の上品なレースが腹部を覆いつつも、まさかのバストトップをリボンで隠す仕様のベビードール(紐パン付き)。

(マジか…)

 アルフレッドはどこか女に慣れていない様なそんな雰囲気がするのに、彼が選んだのがモノがおそらくこの中では一番露出の多いものだったのでシャロンは思わず目を見開いた。

 純情そうに装っていても大人の男だから、こういうのが好みなのか。いや、むしろ純情だからこそこのチョイスなのか。思春期男子がエロ本に興奮する的なアレなのか。
 シャロンはアルフレッドが理解できずに頭を悩ませた。

「旦那様は、その、セクシー系がお好みなのですね…ははは…」

 シノアから乾いた笑いが漏れる。
 シャロンは後から知ったことだが、これはネタでリサが買ってきたもので、これをシャロンに着せるつもりは無かったらしい。

 2人の微妙な反応を感じとったアルフレッドは『黒だから!黒いからシャロンの黒髪に似合うと思って!』と必死に弁明したが、2人からは『そうですねー、ははは』と乾いた返事しか返ってこなかった。

 その後、あまりに微妙な空気になったので、サロンにお茶の用意をしておくようシノアに言いつけると、シャロンはささっと夜着を片付けてアルフレッドと共に部屋を出た。
しおりを挟む
感想 151

あなたにおすすめの小説

【完結】長い眠りのその後で

maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。 でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。 いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう? このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!! どうして旦那様はずっと眠ってるの? 唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。 しょうがないアディル頑張りまーす!! 複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です 全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む) ※他サイトでも投稿しております ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです

「あなたみたいな女、どうせ一生まともな人からは一生愛されないのよ」後妻はいつもそう言っていましたが……。

四季
恋愛
「あなたみたいな女、どうせ一生まともな人からは一生愛されないのよ」 父と結婚した後妻エルヴィリアはいつもそう言っていましたが……。

【完結】熟成されて育ちきったお花畑に抗います。離婚?いえ、今回は国を潰してあげますわ

との
恋愛
2月のコンテストで沢山の応援をいただき、感謝です。 「王家の念願は今度こそ叶うのか!?」とまで言われるビルワーツ侯爵家令嬢との婚約ですが、毎回婚約破棄してきたのは王家から。  政より自分達の欲を優先して国を傾けて、その度に王命で『婚約』を申しつけてくる。その挙句、大勢の前で『婚約破棄だ!』と叫ぶ愚か者達にはもううんざり。  ビルワーツ侯爵家の資産を手に入れたい者達に翻弄されるのは、もうおしまいにいたしましょう。  地獄のような人生から巻き戻ったと気付き、新たなスタートを切ったエレーナは⋯⋯幸せを掴むために全ての力を振り絞ります。  全てを捨てるのか、それとも叩き壊すのか⋯⋯。  祖父、母、エレーナ⋯⋯三世代続いた王家とビルワーツ侯爵家の争いは、今回で終止符を打ってみせます。 ーーーーーー ゆるふわの中世ヨーロッパ、幻の国の設定です。 完結迄予約投稿済。 R15は念の為・・

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒― 私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。 「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」 その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

さよなら、皆さん。今宵、私はここを出ていきます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【復讐の為、今夜私は偽の家族と婚約者に別れを告げる―】 私は伯爵令嬢フィーネ・アドラー。優しい両親と18歳になったら結婚する予定の婚約者がいた。しかし、幸せな生活は両親の突然の死により、もろくも崩れ去る。私の後見人になると言って城に上がり込んできた叔父夫婦とその娘。私は彼らによって全てを奪われてしまった。愛する婚約者までも。 もうこれ以上は限界だった。復讐する為、私は今夜皆に別れを告げる決意をした―。 ※マークは残酷シーン有り ※(他サイトでも投稿中)

【完結】二度目の恋はもう諦めたくない。

たろ
恋愛
セレンは15歳の時に16歳のスティーブ・ロセスと結婚した。いわゆる政略的な結婚で、幼馴染でいつも喧嘩ばかりの二人は歩み寄りもなく一年で離縁した。 その一年間をなかったものにするため、お互い全く別のところへ移り住んだ。 スティーブはアルク国に留学してしまった。 セレンは国の文官の試験を受けて働くことになった。配属は何故か騎士団の事務員。 本人は全く気がついていないが騎士団員の間では 『可愛い子兎』と呼ばれ、何かと理由をつけては事務室にみんな足を運ぶこととなる。 そんな騎士団に入隊してきたのが、スティーブ。 お互い結婚していたことはなかったことにしようと、話すこともなく目も合わせないで過ごした。 本当はお互い好き合っているのに素直になれない二人。 そして、少しずつお互いの誤解が解けてもう一度…… 始めの数話は幼い頃の出会い。 そして結婚1年間の話。 再会と続きます。

退屈令嬢のフィクサーな日々

ユウキ
恋愛
完璧と評される公爵令嬢のエレノアは、順風満帆な学園生活を送っていたのだが、自身の婚約者がどこぞの女生徒に夢中で有るなどと、宜しくない噂話を耳にする。 直接関わりがなければと放置していたのだが、ある日件の女生徒と遭遇することになる。

全てを捨てて、わたしらしく生きていきます。

彩華(あやはな)
恋愛
3年前にリゼッタお姉様が風邪で死んだ後、お姉様の婚約者であるバルト様と結婚したわたし、サリーナ。バルト様はお姉様の事を愛していたため、わたしに愛情を向けることはなかった。じっと耐えた3年間。でも、人との出会いはわたしを変えていく。自由になるために全てを捨てる覚悟を決め、わたしはわたしらしく生きる事を決意する。

処理中です...