上 下
12 / 129
本編

11:アルフレッドの初夜(2)

しおりを挟む
 それはアルフレッド以外の他の男とそういう行為に及ぶということ。
 思わぬ提案に彼はわかりやすく動揺した。

「…へ?ど、どどどどういう事?」
「あれ?高貴な身分の方でもやはり男性はご存知ないものなんですかね?そういう事専門の業者があるんです。私の知ってる業者さんは、客のプライバシーは絶対に守りますし、事前に検査するので病気持ちの男性はいません。安心安全ですよ?」

 確かにそういう業者がある事は噂では聞いたことがある。だが、まさかそれを使うことを新妻から提案されるとは思わなかったアルフレッドは目を丸くした。

「それ、意味わかってるのか?」
「はい」
「他の男に抱かれるという事だぞ?」
「はい。でも、配偶者が公認した場合は不貞にはなりませんよね?え?違う?」

 違う。全然違う。自分が言っている事はそういうことじゃないとアルフレッドは項垂れた。

「君は嫌じゃないのか?見ず知らずの男に抱かれるのだぞ」

 アルフレッドは苛立ったように口調が少しきつくなる。

「仕方がないと割り切って考えればそれほど…」

 そう答えるシャロンはどことなく寂しそうな顔をしていた。やはり本心では他の男に抱かれるなど嫌なのだろう。
 けれど、後継を産ませたい王とエミリア以外を受け入れたくないアルフレッドの両方の願いを叶えるためにこのような提案をしているのだ。

「私のためにそこまでしてくれなくて良い。もっと自分を大切にしなさい」

 自己犠牲の精神にも程がある。
 優し過ぎるのも考えものだとアルフレッドは小さくため息をついた。

「まだ結婚生活は始まったばかりだ。焦る必要はないだろう。その件に関してはゆっくり考えていこう」
「…それもそうですわね」

 優しくそう言ってアルフレッドが微笑むと、シャロンは安心したようにも悲しそうにも見えるそんな複雑な表情をして、「おやすみなさい」と頭を下げて部屋を出ようとした。

「ちょ、何故帰るんだ!」
「え?何故って、何もしないのであればここにいる意味ありませんよね?」
「いや、確かにそうなんだが…」

 子作りしないのなら彼女がこの部屋にいる意味はない。しかしこの婚姻を喜んでいる使用人の事を考えると、このまま返すわけにもいかない。きっと、朝になってシャロンが自室に戻っていればさぞかしガッカリする事だろう。
 アルフレッドは

「互いのことを知った方が良いだろう?」

 と彼女を引き止めた。
 シャロンは気恥ずかしそうに「公爵様がそれでよろしいのなら」と答えた。

(引き止めたは良いものの…)

 それはつまり朝まで同じベッドで寝るという事。
 アルフレッドは自分の正直な股間と相談し、もう一人の自分が我慢できる事を信じて彼女をベッドへと誘った。

 隣に座ったシャロンはどこか緊張しているようだった。顔も少し赤い。

(…可愛い)

 おそらくこのように露出の多い服を着るのは初めてなのだろう。白い肌がほんのり赤く染まっている。

(耳まで真っ赤だ…初々しい)

 恥じらう姿が実に可愛らしい。
 こうして見ると、シャロンはどこか守ってあげたくなるような雰囲気がある。

 アルフレッドはそんなシャロンを守るためにも、緊張した彼女の手を取り、本能に負けそうな自分に誓うように優しく告げた。

「何もしないから安心しなさい」

 と。


 ***

(…やはり手を出すべきなのか?)

 隣で寝転ぶシャロンがジッと見つめてくる。
 やはり彼女は自分との初夜を求めているのではないかと思うと、先ほどの決意が早くも揺らぎそうだ。

(そんな熱く見つめられても私は君を愛せない…)

 自分のことを思ってくれるシャロンに、アルフレッドは申し訳ない気持ちになる。
 どれだけ彼女が思ってくれようとも、アルフレッドがその気持ちに応える事はない。

 変に期待を持たせるよりかはもう一度『愛せない』と念押ししておくべきかと考えていたところで、シャロンが予想外の事を言ってきた。

「あの…、エミリア様のお話って聞いても良いですか?もし公爵様がよろしければ、エミリア様の事お聞きしたいなって」

 枕を抱きしめて恥じらいながら尋ねるシャロンに、アルフレッドは驚いた顔をした。
 夫がずっと想っている亡き妻の話など、普通の女なら聞きたくはない筈だからだ。

「話すのは構わないが…どうして?」
「えっと、何となく?公爵様はエミリア様のお話したいんじゃないかなと…」

 と、彼女は首を傾げた。

 アルフレッドはその瞬間、恥ずかしさで全身の血が沸騰しているかのように体が熱くなるのを感じた。

(まさか、20も年下の後妻に気づかれるとは思わなかった。恥ずかしい)

 エミリアの話をすると皆、複雑な表情で彼を見る。ずっと彼女を思い喪に服している男に、亡き前妻の話をされても困るのは当然だ。
 皆が可哀想な目で自分を見てくるのが耐えられず、アルフレッドはいつしかエミリアの話をしなくなった。
 だが、本当はずっと誰かに話したかった。愛した人との思い出を聞いて欲しかったのだ。

 それをシャロンに指摘され、アルフレッドは枕に顔を埋め、小さく「ありがとう」と呟いた。


 それからアルフレッドは彼女の優しさに甘え、眠りにつくまでエミリアの話をした。
 特に口を挟むでもなく、「うんうん」と優しく相槌を打ち話を聞いてくれる彼女との夜はアルフレッドにとってとても有意義なものとなった。

 アルフレッドは隣で寝息を立てるシャロンの黒髪を優しく撫でる。
 シャロンは無意識ながらも気持ちよさそうにその手を掴み、頬を擦り寄せた。

(可愛い…)

 その姿が猫みたいで、アルフレッドはふっと笑みをこぼした。

「ごめんね、シャロン」

 愛せなくて。
 そう続くはずの言葉を、何故かアルフレッドは口には出さなかった。


 次の日の朝、アルフレッドとシャロンは手を繋いだ状態で目を覚ました。 
しおりを挟む
感想 150

あなたにおすすめの小説

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない

結城芙由奈 
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒― 私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。 「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」 その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

田舎者とバカにされたけど、都会に染まった婚約者様は破滅しました

さこの
恋愛
田舎の子爵家の令嬢セイラと男爵家のレオは幼馴染。両家とも仲が良く、領地が隣り合わせで小さい頃から結婚の約束をしていた。 時が経ちセイラより一つ上のレオが王立学園に入学することになった。 手紙のやり取りが少なくなってきて不安になるセイラ。 ようやく学園に入学することになるのだが、そこには変わり果てたレオの姿が…… 「田舎の色気のない女より、都会の洗練された女はいい」と友人に吹聴していた ホットランキング入りありがとうございます 2021/06/17

【完結】伯爵令嬢の格差婚約のお相手は、王太子殿下でした ~王太子と伯爵令嬢の、とある格差婚約の裏事情~

瀬里
恋愛
【HOTランキング7位ありがとうございます!】  ここ最近、ティント王国では「婚約破棄」前提の「格差婚約」が流行っている。  爵位に差がある家同士で結ばれ、正式な婚約者が決まるまでの期間、仮の婚約者を立てるという格差婚約は、破棄された令嬢には明るくない未来をもたらしていた。  伯爵令嬢であるサリアは、高すぎず低すぎない爵位と、背後で睨みをきかせる公爵家の伯父や優しい父に守られそんな風潮と自分とは縁がないものだと思っていた。  まさか、我が家に格差婚約を申し渡せるたった一つの家門――「王家」が婚約を申し込んでくるなど、思いもしなかったのだ。  婚約破棄された令嬢の未来は明るくはないが、この格差婚約で、サリアは、絶望よりもむしろ期待に胸を膨らませることとなる。なぜなら婚約破棄後であれば、許されるかもしれないのだ。  ――「結婚をしない」という選択肢が。  格差婚約において一番大切なことは、周りには格差婚約だと悟らせない事。  努力家で優しい王太子殿下のために、二年後の婚約破棄を見据えて「お互いを想い合う婚約者」のお役目をはたすべく努力をするサリアだが、現実はそう甘くなくて――。  他のサイトでも公開してます。全12話です。

雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜

川奈あさ
恋愛
セレンは前世で夫と友人から酷い裏切りを受けたレスられ・不倫サレ妻だった。 前世の深い傷は、転生先の心にも残ったまま。 恋人も友人も一人もいないけれど、大好きな魔法具の開発をしながらそれなりに楽しい仕事人生を送っていたセレンは、祖父のために結婚相手を探すことになる。 だけど凍り付いた表情は、舞踏会で恐れられるだけで……。 そんな時に出会った壁の花仲間かつ高嶺の花でもあるレインに契約結婚を持ちかけられる。 「私は貴女に触れることもないし、私にも触れないでほしい」 レインの条件はひとつ、触らないこと、触ることを求めないこと。 実はレインは女性に触れられると、身体にひどいアレルギー症状が出てしまうのだった。 女性アレルギーのスノープリンス侯爵 × 誰かを愛することが怖いブリザード令嬢。 過去に深い傷を抱えて、人を愛することが怖い。 二人がゆっくり夫婦になっていくお話です。

乙女ゲームの正しい進め方

みおな
恋愛
 乙女ゲームの世界に転生しました。 目の前には、ヒロインや攻略対象たちがいます。  私はこの乙女ゲームが大好きでした。 心優しいヒロイン。そのヒロインが出会う王子様たち攻略対象。  だから、彼らが今流行りのザマァされるラノベ展開にならないように、キッチリと指導してあげるつもりです。  彼らには幸せになってもらいたいですから。

「君以外を愛する気は無い」と婚約者様が溺愛し始めたので、異世界から聖女が来ても大丈夫なようです。

海空里和
恋愛
婚約者のアシュリー第二王子にべた惚れなステラは、彼のために努力を重ね、剣も魔法もトップクラス。彼にも隠すことなく、重い恋心をぶつけてきた。 アシュリーも、そんなステラの愛を静かに受け止めていた。 しかし、この国は20年に一度聖女を召喚し、皇太子と結婚をする。アシュリーは、この国の皇太子。 「たとえ聖女様にだって、アシュリー様は渡さない!」 聖女と勝負してでも彼を渡さないと思う一方、ステラはアシュリーに切り捨てられる覚悟をしていた。そんなステラに、彼が告げたのは意外な言葉で………。 ※本編は全7話で完結します。 ※こんなお話が書いてみたくて、勢いで書き上げたので、設定が緩めです。

前世の旦那様、貴方とだけは結婚しません。

真咲
恋愛
全21話。他サイトでも掲載しています。 一度目の人生、愛した夫には他に想い人がいた。 侯爵令嬢リリア・エンダロインは幼い頃両親同士の取り決めで、幼馴染の公爵家の嫡男であるエスター・カンザスと婚約した。彼は学園時代のクラスメイトに恋をしていたけれど、リリアを優先し、リリアだけを大切にしてくれた。 二度目の人生。 リリアは、再びリリア・エンダロインとして生まれ変わっていた。 「次は、私がエスターを幸せにする」 自分が彼に幸せにしてもらったように。そのために、何がなんでも、エスターとだけは結婚しないと決めた。

貴方が側妃を望んだのです

cyaru
恋愛
「君はそれでいいのか」王太子ハロルドは言った。 「えぇ。勿論ですわ」婚約者の公爵令嬢フランセアは答えた。 誠の愛に気がついたと言われたフランセアは微笑んで答えた。 ※2022年6月12日。一部書き足しました。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。  史実などに基づいたものではない事をご理解ください。 ※話の都合上、残酷な描写がありますがそれがざまぁなのかは受け取り方は人それぞれです。  表現的にどうかと思う回は冒頭に注意喚起を書き込むようにしますが有無は作者の判断です。 ※更新していくうえでタグは幾つか増えます。 ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

処理中です...