上 下
6 / 129
本編

5:烏公爵、最初の勘違い

しおりを挟む
 
 皆が『もう忘れろ』と言う。
 もう5年も経つのだからと。

 忘れられるなら苦労はしていないし、忘れたいとも思わないのに世間はそれを許さない。
 アルフレッドは喪が明けても、まるで自分の心を守るように毎日黒い服を身に纏うようになった。

 そんな中、唐突に持ち上がった縁談。
 押し付けるように送られてきた後妻は亡き妻と同じ艶のある黒髪の女。それもジルフォード侯爵家の女。

(馬鹿にしているのか)

 初めて顔を合わせた時、何とか平静を装い無難に挨拶をしたがアルフレッドははらわたが煮えくり返りそうな思いだった。

『シャロン・ジルフォードはやさしく誠実で、年の割には落ち着いているが気立が良い。良い妻となるだろう』

 王はそう言ってシャロンを送り込んできたが、本音は黒髪がエミリアと同じだから代わりにしろという事だろう。
 黒髪というだけで似ても似つかない。

(何故よりによってジルフォードの娘を娶らねばならない…)


 5年前、アルフレッドは治癒魔術の権威であるジルフォード侯爵にエミリアの容体を見て欲しいと頼んだ。
 当時まだ国に認められたばかりの治癒魔術に頼るのは少々不安だったが、どんな治療を施しても衰弱していく一方のエミリアを見て、アルフレッドは藁にもすがる思いでジルフォード家の治癒魔術を頼った。

 だが、ジルフォード侯爵はエミリアの病気に精通する異国の医師を紹介するだけで、彼女の容体を見てはくれなかった。

(いや、わかってる。侯爵は悪くない)

 元々、病弱なエミリアとアルフレッドの結婚は誰にも祝福されないもので、アルフレッドが周囲の反対を押し切り強引に結婚したために彼の周りには敵が多い。
 ジルフォード侯爵に治療を断られた時も彼の苦しそうな表情を見て、すぐに王家は侯爵家に圧力をかけてエミリアの治療を拒否するよう仕向けたのだと悟った。
 侯爵領の民を人質に取られては、アルフレッドに手を貸すことはできない。それは彼も理解していた。
 だから、実際には社交界で噂されるほどジルフォード家を恨んではいない。  
 けれど、それとジルフォード侯爵の娘を後妻として受け入れられるかは別の話だ。
 ましてや憎き王の差金。到底納得できるはずもない。


(愛せないのだからせめて優しくしないと…)

 公爵邸に向かう車の中でアルフレッドは悶々とそんなことを考えていた。
 目の前に座るシャロン・ジルフォードは王の勝手で、未だ亡き妻を愛する20も年上の男のところに無理矢理嫁がされる可哀想な女の子だ。
 彼女とてこの結婚の被害者。

(そんなに熱を帯びた目で見ないでくれ…。私は君を愛せない)

 ジーッと自分を見つめるシャロンから、アルフレッドは思わず目を逸らせた。
 自分はエミリア以外愛せない。
 それは今後も揺るぎない事実で、初婚である彼女には愛されないことがわかっている結婚など酷だと理解しつつも、変に期待を持たせるよりはマシだと判断し、あらかじめ誓約書を渡したのだ。

『実家に帰りたければいつでも帰って良いからね』

 それは、せめて彼女の安らげる場所に自由に帰れるよう配慮しなければならないという思いで口から出た言葉だった。
 アルフレッドのその優しさが伝わったかは定かではないが、シャロンは目を丸くしながらも、小さく「ありがとうございます」と呟いた。

 公爵邸に着いたアルフレッドはシャロンを【公爵夫人の部屋】へと案内した。
 違う女がエミリアの部屋を使うこともなど本当は耐えられないけれど、シャロンに罪はないのだからと自分に言い聞かせ、アルフレッドは彼女にその部屋を使うように言った。

 しかし…。

『公爵様の奥様はずっとエミリア様だけでしょう?』

 そう言って、シャロンはエミリアを忘れられないアルフレッドごと全てを受け入れた。
 皆が「忘れろ」という中で彼女だけが「忘れなくて良い」と言ってくれた。
 その事がどうしようもなく嬉しくて、アルフレッドは年甲斐もなく涙を流した。

 ***

「情けなくてごめんね」
「い、いえ」

 シャロンは動揺しつつも、静かに涙を流すアルフレッドにハンカチを差し出した。

「…君は優しいね」 
「そうでしょうか?」
「だって普通は嫌だろう?前妻を忘れられない男なんて」
「まあ嫌かどうかと聞かれたら嫌かもしれません。でも、簡単に忘れられるのなら苦労はしませんよね?それにもし自分が死んだ後、夫がすぐに自分を忘れてしまったら私なら悲しいです」

 エミリアだって忘れて欲しい何て思っていないだろうと、当たり前のようにシャロンは言う。

「出来た娘さんだ」

 アルフレッドはぽつりと呟いた。自分よりずっと大人な彼女に、彼は少し恥ずかしくなる。

(不思議な子だ)

 シャロンの目は、心の中を見透かされているような気分になるのに何故だかそれが不快ではない。

 アルフレッドは別の部屋にシャロンの荷物を移動させるようメイドたちに言いつけ、「一通り屋敷を案内する」と言って彼女の手を引いた。

 本当は夫が前妻を未だに愛しているなど嫌なはずなのにエミリアを忘れてとは言わず、それどころかエミリアを忘れられない自分ごと愛そうとしてくれるシャロンをアルフレッド大切にしようと心に誓った。
しおりを挟む
感想 150

あなたにおすすめの小説

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない

結城芙由奈 
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒― 私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。 「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」 その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

強い祝福が原因だった

恋愛
大魔法使いと呼ばれる父と前公爵夫人である母の不貞により生まれた令嬢エイレーネー。 父を憎む義父や義父に同調する使用人達から冷遇されながらも、エイレーネーにしか姿が見えないうさぎのイヴのお陰で孤独にはならずに済んでいた。 大魔法使いを王国に留めておきたい王家の思惑により、王弟を父に持つソレイユ公爵家の公子ラウルと婚約関係にある。しかし、彼が愛情に満ち、優しく笑い合うのは義父の娘ガブリエルで。 愛される未来がないのなら、全てを捨てて実父の許へ行くと決意した。 ※「殿下が好きなのは私だった」と同じ世界観となりますが此方の話を読まなくても大丈夫です。 ※なろうさんにも公開しています。

田舎者とバカにされたけど、都会に染まった婚約者様は破滅しました

さこの
恋愛
田舎の子爵家の令嬢セイラと男爵家のレオは幼馴染。両家とも仲が良く、領地が隣り合わせで小さい頃から結婚の約束をしていた。 時が経ちセイラより一つ上のレオが王立学園に入学することになった。 手紙のやり取りが少なくなってきて不安になるセイラ。 ようやく学園に入学することになるのだが、そこには変わり果てたレオの姿が…… 「田舎の色気のない女より、都会の洗練された女はいい」と友人に吹聴していた ホットランキング入りありがとうございます 2021/06/17

雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜

川奈あさ
恋愛
セレンは前世で夫と友人から酷い裏切りを受けたレスられ・不倫サレ妻だった。 前世の深い傷は、転生先の心にも残ったまま。 恋人も友人も一人もいないけれど、大好きな魔法具の開発をしながらそれなりに楽しい仕事人生を送っていたセレンは、祖父のために結婚相手を探すことになる。 だけど凍り付いた表情は、舞踏会で恐れられるだけで……。 そんな時に出会った壁の花仲間かつ高嶺の花でもあるレインに契約結婚を持ちかけられる。 「私は貴女に触れることもないし、私にも触れないでほしい」 レインの条件はひとつ、触らないこと、触ることを求めないこと。 実はレインは女性に触れられると、身体にひどいアレルギー症状が出てしまうのだった。 女性アレルギーのスノープリンス侯爵 × 誰かを愛することが怖いブリザード令嬢。 過去に深い傷を抱えて、人を愛することが怖い。 二人がゆっくり夫婦になっていくお話です。

【完結】伯爵令嬢の格差婚約のお相手は、王太子殿下でした ~王太子と伯爵令嬢の、とある格差婚約の裏事情~

瀬里
恋愛
【HOTランキング7位ありがとうございます!】  ここ最近、ティント王国では「婚約破棄」前提の「格差婚約」が流行っている。  爵位に差がある家同士で結ばれ、正式な婚約者が決まるまでの期間、仮の婚約者を立てるという格差婚約は、破棄された令嬢には明るくない未来をもたらしていた。  伯爵令嬢であるサリアは、高すぎず低すぎない爵位と、背後で睨みをきかせる公爵家の伯父や優しい父に守られそんな風潮と自分とは縁がないものだと思っていた。  まさか、我が家に格差婚約を申し渡せるたった一つの家門――「王家」が婚約を申し込んでくるなど、思いもしなかったのだ。  婚約破棄された令嬢の未来は明るくはないが、この格差婚約で、サリアは、絶望よりもむしろ期待に胸を膨らませることとなる。なぜなら婚約破棄後であれば、許されるかもしれないのだ。  ――「結婚をしない」という選択肢が。  格差婚約において一番大切なことは、周りには格差婚約だと悟らせない事。  努力家で優しい王太子殿下のために、二年後の婚約破棄を見据えて「お互いを想い合う婚約者」のお役目をはたすべく努力をするサリアだが、現実はそう甘くなくて――。  他のサイトでも公開してます。全12話です。

忘却令嬢〜そう言われましても記憶にございません〜【完】

雪乃
恋愛
ほんの一瞬、躊躇ってしまった手。 誰よりも愛していた彼女なのに傷付けてしまった。 ずっと傷付けていると理解っていたのに、振り払ってしまった。 彼女は深い碧色に絶望を映しながら微笑んだ。 ※読んでくださりありがとうございます。 ゆるふわ設定です。タグをころころ変えてます。何でも許せる方向け。

前世の旦那様、貴方とだけは結婚しません。

真咲
恋愛
全21話。他サイトでも掲載しています。 一度目の人生、愛した夫には他に想い人がいた。 侯爵令嬢リリア・エンダロインは幼い頃両親同士の取り決めで、幼馴染の公爵家の嫡男であるエスター・カンザスと婚約した。彼は学園時代のクラスメイトに恋をしていたけれど、リリアを優先し、リリアだけを大切にしてくれた。 二度目の人生。 リリアは、再びリリア・エンダロインとして生まれ変わっていた。 「次は、私がエスターを幸せにする」 自分が彼に幸せにしてもらったように。そのために、何がなんでも、エスターとだけは結婚しないと決めた。

乙女ゲームの正しい進め方

みおな
恋愛
 乙女ゲームの世界に転生しました。 目の前には、ヒロインや攻略対象たちがいます。  私はこの乙女ゲームが大好きでした。 心優しいヒロイン。そのヒロインが出会う王子様たち攻略対象。  だから、彼らが今流行りのザマァされるラノベ展開にならないように、キッチリと指導してあげるつもりです。  彼らには幸せになってもらいたいですから。

処理中です...