28 / 39
CASE3:戸村千景
1:誰にも言えない秘密(1)
しおりを挟む神様って優しくない。
だから私は空に中指を立てた。
ーーーーCASE3:戸村千景
ベランダでタバコを吸いながら、躊躇いがちに出る十六夜の月を見上げる。
年々夏が長くなっている気がするのは気のせいだろうか。秋の気配が感じられないまま、ふと気づいたら冬になっていることが多いように思う。
私は風に揺られて遠くに飛んで行こうとする煙を目で追いかけた。
「なーに黄昏れてんの?」
軽薄な声と共に後ろから抱きすくめられる。振り返ることなく、私は答えた。
「颯太、うざい」
「ひっど!?薄着の背中が寒そうだから温めてやろうと思ったのに!」
「この気温で寒いわけないでしょ。暑苦しいから離れて」
私が少し後ろに体を逸らせて颯太の顎に頭突きをかますと、彼はチッと舌を鳴らした。
そして仕返しと言うようにガブリと私の唇に噛み付いた。
舌を絡める長いキスに私は苛立ちを抑えられず、彼の足を思い切り踏んでやった。
「痛ってぇ!?」
「シレッと2回目に持ち込もうとするな」
「いいじゃん、別に。今日は泊まるんだろ?」
「そのつもりだったけど帰る」
「え、なんで?」
「…………なんで、だと?」
キョトンと首を傾げる颯太。何もわからないフリしやがって腹立たしい。私は舌を鳴らし、リビングに戻るとソファのクッションの下に落ちていたネモフィラのピアスを彼に突きつけた。
「誰の?」
「あー、セフレ?」
「本当は?」
「彼女」
「聞いてないんだけど。いつ出来たの?」
「一昨日?」
「何で疑問系なのよ」
「いや、何となく?」
「ニヤニヤしてんなよ、コラ」
「千景さん、もしかしてやきもち?」
「ちげーわ!」
私は片方しかないピアスを颯太に投げつけてやろうと大きく振りかぶった。
しかし、ピアスに罪はないし、何ならこのピアスを忘れた彼女にも罪はない。
結局、私はそのピアスをそっとローテーブルの上に置いた。
「彼女出来たら関係は即解消って言ってるよね?ほら、スマホ出して」
「えー?でも別れたらまた元に戻るじゃん。わざわざ連絡先消す必要なくない?」
「ケジメはつけなきゃいかんでしょうが。私は浮気相手になるつもりなんてないのよ」
颯太は無駄に顔が良いからすぐに彼女が出来るが、どクズなのですぐに別れる。なので彼の言う通り、わざわざ彼女が出来る度に律儀に連絡先を消す必要などないのかもしれない。だが私の中にかろうじて残る倫理観がどうしてもそれを許さない。
私は差し出された颯太のスマホから戸村千景の存在を綺麗さっぱり消し去った。
何故か撮られていた寝顔の写真も含めて全て。
「俺、千景のIDも電話番号も全部覚えてる」
「記憶力いいのね。私は覚えてないわ」
使い捨てのセフレの電話番号を覚えているなんてさすが生粋の女好き。その欲望に忠実な様は尊敬に値する。
「じゃ、帰るわ」
「……ああ」
「今度は長続きするといいわね」
「またすぐ連絡すると思うけど」
「最低ー」
私は荷物をまとめるとスマホでまだ終電があることを確認して靴を履いた。
「なあ、やっぱ泊まっていけよ」
「泊まらないって言ってるでしょ。しつこい」
「でも今から家に帰っても誰もいないんだろ?ほら、この間言ってたじゃん。ルームシェアしてたアシスタントさんが結婚して出て行ったから寂しいって」
「……まあ言ったけど」
「寂しいなら俺が慰めてやるよ」
「いや、いい。帰る」
浮気相手になって修羅場に巻き込まれるのはごめんだ。私は後ろ髪を引かれることなく、颯太に別れを告げて彼のマンションを出た。
「しかしまあ、寂しい……かぁ」
帰り道。最寄駅を降り、街灯の少ない道を歩きながら、去り際に言われた言葉を思い出す。
うん。そうだな。確かに寂しい。寂しかった。
アシスタントの彼女とは結構長く一緒に居たし、何よりも友達とも家族とも違う、相棒みたいな関係が心地よかったから。
だから確かに寂しかったんだよ。
そう、2週間ほど前までは。
「お帰りなさい、千景さん!」
私が玄関の鍵を開けると、隣の家の玄関扉が開いた。そこからひょっこりと顔を出したのは颯太に負けず劣らずの顔面を持つ3つ歳下の会社員、泉日向くんだ。
彼はご主人様の帰りを待ちわびていた犬のように、こちらに満面の笑みを見せた。
「今日は遅かったんですね!」
「……あのね、泉くん。毎度毎度、隣人の帰宅をチェックするのはストーカー以外の何ものでもないと思うんだけど」
「え、嫌でしたか?」
「私は平気だけど、普通の人は普通に嫌だし怖いと思うから辞めた方がいいよ」
「す、すみません」
シュンと肩を落とす泉くん。しょんぼりしてる顔も可愛い。
その顔に絆された私はついうっかり、また彼を部屋に誘ってしまった。イケメンって罪深い。
「これは、誰にも言えないよなぁ」
キッチンで紅茶を淹れながら、リビングで今夜見る映画を選ぶ泉くんの綺麗な横顔を眺める。
鼻筋の通った横顔は日本人離れしていて、ツルツルの陶器肌はほんのり紅く色づいていた。
私の視線に気づいた彼は照れくさそうに、ソファのクッションで顔を隠した。そのあざとい仕草は愛花を思い出す。
「感情がダダ漏れなんだよ、泉くん」
私は小さくため息をこぼし、苦笑した。
13
お気に入りに追加
26
あなたにおすすめの小説

セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
【完結】お飾りの妻からの挑戦状
おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。
「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」
しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ……
◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています
◇全18話で完結予定
命を狙われたお飾り妃の最後の願い
幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】
重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。
イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。
短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。
『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

地獄の業火に焚べるのは……
緑谷めい
恋愛
伯爵家令嬢アネットは、17歳の時に2つ年上のボルテール侯爵家の長男ジェルマンに嫁いだ。親の決めた政略結婚ではあったが、小さい頃から婚約者だった二人は仲の良い幼馴染だった。表面上は何の問題もなく穏やかな結婚生活が始まる――けれど、ジェルマンには秘密の愛人がいた。学生時代からの平民の恋人サラとの関係が続いていたのである。
やがてアネットは男女の双子を出産した。「ディオン」と名付けられた男児はジェルマンそっくりで、「マドレーヌ」と名付けられた女児はアネットによく似ていた。
※ 全5話完結予定
余命-24h
安崎依代@『絶華の契り』1/31発売決定
ライト文芸
【書籍化しました! 好評発売中!!】
『砂状病(さじょうびょう)』もしくは『失踪病』。
致死率100パーセント、病に気付くのは死んだ後。
罹患した人間に自覚症状はなく、ある日突然、体が砂のように崩れて消える。
検体が残らず自覚症状のある患者も発見されないため、感染ルートの特定も、特効薬の開発もされていない。
全世界で症例が報告されているが、何分死体が残らないため、正確な症例数は特定されていない。
世界はこの病にじわじわと確実に侵食されつつあったが、現実味のない話を受け止めきれない人々は、知識はあるがどこか遠い話としてこの病気を受け入れつつあった。
この病には、罹患した人間とその周囲だけが知っている、ある大きな特徴があった。
『発症して体が崩れたのち、24時間だけ、生前と同じ姿で、己が望んだ場所で行動することができる』
あなたは、人生が終わってしまった後に残された24時間で、誰と、どこで、何を成しますか?
砂になって消えた人々が、余命『マイナス』24時間で紡ぐ、最期の最後の物語。

10年間の結婚生活を忘れました ~ドーラとレクス~
緑谷めい
恋愛
ドーラは金で買われたも同然の妻だった――
レクスとの結婚が決まった際「ドーラ、すまない。本当にすまない。不甲斐ない父を許せとは言わん。だが、我が家を助けると思ってゼーマン伯爵家に嫁いでくれ。頼む。この通りだ」と自分に頭を下げた実父の姿を見て、ドーラは自分の人生を諦めた。齢17歳にしてだ。
※ 全10話完結予定

裏切りの先にあるもの
マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。
結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。
【完結】忘れてください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。
貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。
夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。
貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。
もういいの。
私は貴方を解放する覚悟を決めた。
貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。
私の事は忘れてください。
※6月26日初回完結
7月12日2回目完結しました。
お読みいただきありがとうございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる