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CASE2:木原愛花
7:蓄積(3)
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ギリギリの日々の中、あずさと千景がお祝いを持って遊びにきてくれた。
二人が来るからと寝不足の体に鞭を打ち、いつもよりも綺麗に掃除をした。
あずさはすぐにそのことに気づいてくれて、自分たちのために頑張らなくてもいいのにと呆れたように笑いつつも、私の頭を撫でて『ありがとう』と言ってくれた。
優しい。あずさは出会ったころからずっと変わらずに優しい。
無神経に傷つけた私にも、以前と変わらず接してくれる。
「あ、そうだ。これ、お祝い」
「ありがとう。なんだろー?」
「スタイとおもちゃだよ。二人で買いに行ったの」
「可愛すぎて全種類買ってしまったわ」
紙袋の封を開けたら、有名ブランドのスタイが5枚も入っていた。
私はそのうちの一枚、フリルのつけ襟のようなスタイを翠につけた。
すると、あずさも千景もスッとスマホを取り出した。そしてものすごい勢いで翠の写真を撮り始めた。
「やっば。可愛い。孫可愛い」
「孫て」
「待って!これも持って、翠ちゃん!」
あずさはプレゼントしてくれた、音が鳴る芋虫のぬいぐるみを翠の小さな手に握らせる。
翠が手を動かすたびに、ぬいぐるみは鈴の音を響かせた。
二人は心臓を打たれたようにその場に倒れ込む。なんだ、この状況。
「やばいわ。孫の破壊力やばい。語彙力なくなるわ」
「翠ちゃん可愛い……。食べたい」
「食べたいは危ない発言だよ、あずちゃん!」
恐ろしいことを言うものだ。私は二人から引き剥がすように翠を抱き上げた。
どうしよう、泣きそう。
こんなに娘の誕生を喜んでくれるとは思わなかった。
我が子の誕生を自分のことのように喜んでくれる友達がいるなんて私は幸せ者だ。
「愛花、おめでとう。無事に産まれて良かった」
そう言ってあずさは翠ごと私を抱きしめた。千景はそんなあずさごと、私たちを抱きしめる。
私は嬉しくて耐えきれず泣いてしまった。
その日の帰り際、あずさは私にもう一つのプレゼントをくれた。
それはおしゃれなお弁当専門店のギフト券だった。
「ここのお弁当、すごく美味しいらしいから良かったら使って。デリバリーもしてるみたいだから」
「あずちゃん……」
「……愛花、頑張りたい気持ちはわかるけど、体を壊すと元も子もないからね」
「うん……。そうだね、ありがとう」
どうしてご飯を作るのがしんどいこと、わかったんだろう。
やっぱりあずさには何もかも、見透かされてる気がする。
私はその日の夜、さっとくこのお店のお弁当を注文した。
「あれ?今日は手抜き?」
帰宅後、お弁当を見た隆臣くんが不満げに言った。
彼に悪気はない。実際に手抜きであることに変わりはないし、腹を立てるようなことじゃない。
だが私はその言葉を聞いた瞬間、息ができなくなった。
「俺は愛花の手料理が食べたいなー。俺、愛花の里帰り中はずっとお弁当で我慢してたんだよ?」
「…………そっか」
「まあ美味しそうな弁当だから許すけどさー」
「…………うん」
手抜きって何?我慢って何?許すって何?
叫びたいのに、言葉が喉の奥につっかえて出てこない。
私は温めたばかりのお弁当に蓋をして、リビングから出て行った。
鍵をかけて寝室に篭る。暗闇の中、耳を塞いで目を閉じる。今はもう何も考えたくない。
でも、母親である私にはそれが許されるはずもなく、しばらくするとリビングの方から泣き声が聞こえてきた。
「愛花ー、翠が泣いてるよー?」
隆臣くんが翠を連れて寝室の前までやってきた。なんか匂うし、オムツかもーだって。
大きなため息と一緒にモヤモヤを吐き出した私は、笑顔を貼り付けて寝室の鍵を開けた。
「あ、出てきた。どうしたの?何かあった?」
「別に何もないよ。少し疲れてるだけ」
「そっか、じゃあもう休むといいよ。翠と一緒に寝たら?」
「……一緒に、ねえ?」
「ん?」
「いや、なんでもない。じゃあそうさせてもらうわ。晩御飯の後片付けだけよろしくね」
「えー、俺がするの?」
「……じゃあいい。もういい。何もしなくていい」
「ま、愛花?」
「おやすみ」
「う、うん。おやすみ……」
私は隆臣くんから翠を受け取ると、また寝室に鍵をかけた。
笑顔のまま語気が強くなる私の様子に、隆臣くんは困惑した様子だった。でももういい。知らない。イライラする。
今日はこのまま寝てしまおう。隆臣くんが寝室に入って来れないとか、もう知らない。
二人が来るからと寝不足の体に鞭を打ち、いつもよりも綺麗に掃除をした。
あずさはすぐにそのことに気づいてくれて、自分たちのために頑張らなくてもいいのにと呆れたように笑いつつも、私の頭を撫でて『ありがとう』と言ってくれた。
優しい。あずさは出会ったころからずっと変わらずに優しい。
無神経に傷つけた私にも、以前と変わらず接してくれる。
「あ、そうだ。これ、お祝い」
「ありがとう。なんだろー?」
「スタイとおもちゃだよ。二人で買いに行ったの」
「可愛すぎて全種類買ってしまったわ」
紙袋の封を開けたら、有名ブランドのスタイが5枚も入っていた。
私はそのうちの一枚、フリルのつけ襟のようなスタイを翠につけた。
すると、あずさも千景もスッとスマホを取り出した。そしてものすごい勢いで翠の写真を撮り始めた。
「やっば。可愛い。孫可愛い」
「孫て」
「待って!これも持って、翠ちゃん!」
あずさはプレゼントしてくれた、音が鳴る芋虫のぬいぐるみを翠の小さな手に握らせる。
翠が手を動かすたびに、ぬいぐるみは鈴の音を響かせた。
二人は心臓を打たれたようにその場に倒れ込む。なんだ、この状況。
「やばいわ。孫の破壊力やばい。語彙力なくなるわ」
「翠ちゃん可愛い……。食べたい」
「食べたいは危ない発言だよ、あずちゃん!」
恐ろしいことを言うものだ。私は二人から引き剥がすように翠を抱き上げた。
どうしよう、泣きそう。
こんなに娘の誕生を喜んでくれるとは思わなかった。
我が子の誕生を自分のことのように喜んでくれる友達がいるなんて私は幸せ者だ。
「愛花、おめでとう。無事に産まれて良かった」
そう言ってあずさは翠ごと私を抱きしめた。千景はそんなあずさごと、私たちを抱きしめる。
私は嬉しくて耐えきれず泣いてしまった。
その日の帰り際、あずさは私にもう一つのプレゼントをくれた。
それはおしゃれなお弁当専門店のギフト券だった。
「ここのお弁当、すごく美味しいらしいから良かったら使って。デリバリーもしてるみたいだから」
「あずちゃん……」
「……愛花、頑張りたい気持ちはわかるけど、体を壊すと元も子もないからね」
「うん……。そうだね、ありがとう」
どうしてご飯を作るのがしんどいこと、わかったんだろう。
やっぱりあずさには何もかも、見透かされてる気がする。
私はその日の夜、さっとくこのお店のお弁当を注文した。
「あれ?今日は手抜き?」
帰宅後、お弁当を見た隆臣くんが不満げに言った。
彼に悪気はない。実際に手抜きであることに変わりはないし、腹を立てるようなことじゃない。
だが私はその言葉を聞いた瞬間、息ができなくなった。
「俺は愛花の手料理が食べたいなー。俺、愛花の里帰り中はずっとお弁当で我慢してたんだよ?」
「…………そっか」
「まあ美味しそうな弁当だから許すけどさー」
「…………うん」
手抜きって何?我慢って何?許すって何?
叫びたいのに、言葉が喉の奥につっかえて出てこない。
私は温めたばかりのお弁当に蓋をして、リビングから出て行った。
鍵をかけて寝室に篭る。暗闇の中、耳を塞いで目を閉じる。今はもう何も考えたくない。
でも、母親である私にはそれが許されるはずもなく、しばらくするとリビングの方から泣き声が聞こえてきた。
「愛花ー、翠が泣いてるよー?」
隆臣くんが翠を連れて寝室の前までやってきた。なんか匂うし、オムツかもーだって。
大きなため息と一緒にモヤモヤを吐き出した私は、笑顔を貼り付けて寝室の鍵を開けた。
「あ、出てきた。どうしたの?何かあった?」
「別に何もないよ。少し疲れてるだけ」
「そっか、じゃあもう休むといいよ。翠と一緒に寝たら?」
「……一緒に、ねえ?」
「ん?」
「いや、なんでもない。じゃあそうさせてもらうわ。晩御飯の後片付けだけよろしくね」
「えー、俺がするの?」
「……じゃあいい。もういい。何もしなくていい」
「ま、愛花?」
「おやすみ」
「う、うん。おやすみ……」
私は隆臣くんから翠を受け取ると、また寝室に鍵をかけた。
笑顔のまま語気が強くなる私の様子に、隆臣くんは困惑した様子だった。でももういい。知らない。イライラする。
今日はこのまま寝てしまおう。隆臣くんが寝室に入って来れないとか、もう知らない。
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