【完結】社会不適合者の言い分

七瀬菜々

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【幕間】駅まで徒歩2分

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 駅まで徒歩2分のマンション。
 人通りも多く、夜でもまだ明るいこの場所は藤野ふじの家にとって安心できる立地だったのだろう。
 ゆいの兄である晴人はるとの部屋からは駅が見え、電車を降りてこのマンションに帰ってくる人が確認できる。
 

大志たいしって呼んでくれるっとことは、俺は義弟として認められたんでしょうか?」

 藤野ふじの家を出た大志たいしは、隣を歩く将来の義兄に揶揄うように尋ねた。
 すると彼は小さく舌打ちをしつつも『仮採用だ』と返す。

「仮っすか」
「仮だ。どうせ付き合うとかもフリだけなんだろ」
「あ、バレてました?」
「バレバレだ」

 あの、恋愛音痴の世界選手権があれば間違いなく世界チャンピョンになれそうなくらいに恋愛に興味のない妹が、誰かと付き合うなんてありえないと晴人はるとは言う。
 はっきりとそう言い切る彼に大志たいしは、これからその気にさせてみせると笑った。 
 

 そこから駅までの距離、二人は他愛もない話しかしなかった。
 不自然なほどに、さっき家で話したことには一切触れず、駅に向かって歩くこと約2分。 
 晴人はるとは駅の時刻表を確認すると、まだ時間に余裕があるからとコンビニに入った。
 コンビニで缶コーヒー2本とタバコを買い、外の灰皿の前でタバコに火をつける。
 大志たいしは彼に奢ってもらったコーヒーの缶を開けると、ごくごくと喉を鳴らして一気に飲み干した。

「タバコ、吸うんですね」
「あいつには内緒な」

 微妙に気まずい空気の中、タバコの煙をふぅっと吐いた晴人はるとは徐に口を開く。
 
「…なあ」
「はい」
「…あいつ、さ。俺が家から出ない理由に気づいているのか?」
「今日の昼間、自分のせいかもしれないとは言ってました」
「そうか…」
「何も思い出してはいませんが、多分本能的にわかっているんだと思います」

 だから、兄の異常なまでの過保護にも嫌な顔一つせずに従っているのだと彼は言う。
 晴人はるともその通りだと思った。そうじゃなきゃ普通の女子高生があんな厳しい条件を飲むはずがない。 

「ま、そう考えるのが自然か」
「俺はそう思います」
「あいつ、何かおかしい所はないか?最近」
「いいえ、特には。いつも通りですよ」

 中学の卒業アルバムを見られたときはかなり焦ったが、あれ以降もゆいに大きな変化はない。
 晴人はるとはタバコのひを消すと、手を頭の上で組んで大きく背伸びをした。
 
「お前はあのアルバム見てピンときたのにな。ほんとあの瞬間は焦ったわ」
「俺はまあ、当時はネットが友達みたいなものやったんで…。多分多くの人はピンと来ないんじゃないですか?」
「そうかな?」
「世の中そんなもんっすよ。みんな一時は騒ぐけど、すぐに忘れる」

 人の噂は七十五日とよく言うが、まさにその通りだ。
 たとえば一時的に話題になった芸能人の不倫問題も、多くの場合が半年も経たずしてワイドショーに取り上げられなくなるように、大体の話題は皆んなすぐに忘れる。
 人の不幸を散々弄んでおいて、すぐに興味を無くすのだ。

「あいつも、できることなら一生忘れててほしい」
「思い出す可能性、あるんですか?」
「どうだろう。あの頃の自分の姿を見ても思い出さなかったから、大丈夫だとは思いたいけど…」

 医者からは思い出す可能性はゼロじゃないと言われている。ただ、思い出したとしてもそれは悪いことではないらしい。

「仮に思い出したとして、あの時の事がゆいの中で過去になって、あいつが笑顔で前に進めるのならそれでもいい事だって医者は言ってた」
「まあ、そうっすね…俺もそう思います」
「だから、まあ思い出したならそれはそれで良いんだけど…なんていうか……俺さ、あいつには幸せになって欲しいんだよ」

 晴人はるとはマンションの方を眺めて、とても優しい目でそう呟いた。
 その瞳にはただ、妹への情だけが宿っていた。
 
「それ、妹も同じこと思ってると思いますよ」
「俺は…、そんな資格ないからさ」
「そんなこと…」
「そんなことあるんだよ…話したろ?」
「…まあ、聞きましたけど」

 藤野ふじの家の過去はあの電話の時に全て聞いた。
 妹が知らないことも、兄の懺悔も全部聞いた。
 聞いた上で、それでも大志たいしは彼にだって幸せになる権利はあると思うし、ゆいだってきっとそれを望んでいるとも思う。
 ひどく自罰的な晴人はるとの考え方に、大志たいしは納得できない。
 
 大志たいしが不服そうな顔をしていると、彼はフッと穏やかな優しい笑みをこぼして、電車が来ると駅の方を指さした。

「帰れば?」
「ういっす」
「じゃあな」
「…また来ます」
「おう」
「今度来るとき、俺と結はイチャイチャするんで外出しといてくださいね」
「余計家に引きこもるわ、馬鹿か」

 駅に向かう大志たいしを追い払うように手を振ると、晴人はるとは小さく呟いた。

「余計なお世話だ」
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