【完結】社会不適合者の言い分

【幕間】佐藤大志

　漫画を15冊持って帰宅した佐藤大志さとうたいしは、その重さに一気に借りるのではなかったの後悔しつつ、ベッドの上に漫画の入った紙袋を置いた。
　中身は自分が貸していたヒーロー漫画に、彼女から借りた小説のコミカライズ作品とおススメの少女漫画。
　その中から少女漫画を手に取った彼はベッドに仰向けに寝転がると、本を開いた。
　少し癖のついた状態の本を見る限り、結構読み込んだのだろう。

　彼女の貸してくれる少女漫画はイケメンだけにしか許されない俺様系のヒーローよりも、イケメンだけにしか許されない愛が重めのヒーローが多い。重めの愛情を向けられたい願望があるらしい。
　どのみちイケメンにしか許されないのだから参考にはならないが、それでも彼女の胸キュンポイントが知れればと彼は少女漫画を読み進めた。

「このヒロイン…。結ゆいみたいやな…」
　
　ペラペラとページをめくりながら、大志たいしはぽつりと呟いた。
　この少女漫画のヒロインはどことなく彼女と重なる。


　例えば、朝は元気に挨拶をする。
　何かしてもらったたらお礼を言う。
　困っていそうな人を見つけたら声をかける。
　ゴミが落ちていたら拾ってゴミ箱に捨てる。

　それらは至極当たり前のことで、みんな子どもの頃から大人に教えられてきたことだ。
　けれど、多くの人は他人の目が気になり、それを当たり前にするのは難しい。

　だが、藤野結ふじのゆいはそれを息をするように当たり前にできる女の子だった。

　あれは高校に入学してすぐの頃、教室でカバンを落として中身をぶちまけてしまった時。
　近くておしゃべりをしていたクラスメイトは誰も大志たいしに手を貸さなかった。
　そのシーンは日常においてよくある光景で、クラスメイトはおしゃれべりを中断したくなかったから手を貸すことをしなかっただけの話であり、別にいじめられていたわけじゃない。
　だから、彼自身も誰かに手伝って欲しいなんて思っていなかった。
　しかし、彼女だけは話を中断し、スッとしゃがんで『大丈夫？』と声をかけてきたのだ。

　『はい、どうぞ』と彼女が筆箱を渡すと、大志たいしは吃りながらも『ありがとう』と言った。そうすると、彼女はにこっと微笑み『どういたしまして』と言った。
　
　たったそれだけのこと。たったそれだけのことなのに、この瞬間に彼は恋に落ちた。
　
　これを一目惚れと表現して良いのかわからなかったが、大志たいしはその日から藤野結ふじのゆいを目で追うようになった。
　そして彼女が選択の授業を美術にするというと、自分も美術を選択し、彼女が放送部に入るというと、放送部に入った。今思うと気持ち悪がられてもおかしくはないくらいにストーカーしていたと思う。
　けれど、彼女は自分と同じ選択をする大志たいしに『また一緒だね』と笑って返した。

　飛び抜けて美人なわけでもなく、何か特技があるわけでもない。また、誰とでも仲良く慣れるほど社交的なわけでもない。けれど仲良くなると口が悪くなりがち。
　
　そんな本当に、どこにでもいる普通の女の子。

　でも、大志たいしは日を追うごとに彼女に惹かれていった。
　

「くそー！付き合いてー！！」

　漫画を横に置くと、彼は枕に顔を埋めて叫んだ。
　出会ってから約3年。おそらく彼女の1番の親友というポジションにはなれたと思う。
　だが、そろそろ男として見てほしい。意識してほしい。仲を進展させたい。
　そう思うのに行動を起こせないのはあの過保護な兄のせいだ。
　帰り際、あの引きこもり兄貴に渡されたメモ用紙を紙袋の中から取り出した大志たいしはスマホとそれを並べて深くため息をついた。

「電話してこいってか…」

　おそらくさっき見たことについて何か話したいのだろう。
　電話番号だけが書かれた容姿と自分のスマホを交互に見て、数分。
　大志たいしは意を決してスマホのキーパッドを開いた。