【完結】社会不適合者の言い分

七瀬菜々

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11:少年よ、大志に縋れ(1)

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 私の兄は過保護だ。
 やむを得ない事情がある場合以外、門限は18:00。バイトは禁止。外出時は常に防犯ベルの所持が義務付けられており、スマホのGPS機能をOFFにするのは禁止。
 遊びに行く時は誰とどこへ何をしに行くのかを逐一伝えなければならないし、外出中は2時間おきには連絡しなければならない。怠ればおびただしいほどの着歴がスマホに残る。
 学校がある日も、学校に着いたら連絡し、帰る時は学校から出たら連絡。
 兵庫に来てからこの生活を続けているのでもう慣れたが、正直に言うと束縛強めの彼氏かよと思う。

「過保護が過ぎる」

    私の話を聞いた大志たいしは豚骨ラーメンを啜りながら、ビックリするくらい真っ青な顔でそう言った。

「色々と厳しそうやなとは思ってたけど、そんな厳しいんか」
「うん」
「…彼氏作られへんな」
「私もそう思う」

   彼氏を作っても、大学生にもなって夜ご飯を一緒に食べることすら出来ないなんて、すぐにフられるに決まっている。
 私はラーメンの味玉を齧り、深くため息をついた。

「して、相談とは?」

 休日にわざわざラーメン食べに行こうと呼び出した理由を尋ねてくる彼に、私は食事を一旦中断し、背筋をただして前を見据えた。

「単刀直入に言うと、しばらく彼氏のフリをしてほしいです」

   私がそう言うと大志たいしは飲んでいた水を吹き出した。汚い。

「はぁ!?何で!?」

 動揺した彼はラーメン屋のおばちゃんから台拭きをもらうと、とりあえずテーブルを拭く。吹き方が雑いので水滴が床に溢れる。

「実は先日、兄が私がいる時は外に出ていないみたいなことを言ってまして」
「おう、それで?」
「それってもしかして、私に一人で留守番させたくないという過保護な理由なのではないかと思いまして」
「…まあ、そうかもしれんな」
「だったら私が家に帰る時間が遅くなれば、兄も外に出られる時間も長くなるのではないかと」

 私が家にいるから、兄が家にいるのであれば、私がいなければ兄は自由ということだ。
 何故そこまで過保護なのかはわからないが、多分そばにいない父の代わりに私を守ってくれているのだろう。
 ありがたいことだが、同時に申し訳ないとも思う。

「そこでに門限を伸ばしたがらないのがお前だよなぁ…」

    私の説明に、大志たいしはフッと優しい笑みをこぼした。
 その柔らかい表情に何故の心臓の鼓動は早くなる。病気かもしれない。

「でも、何でってなるん?関係なくない?」
「門限伸ばしても、彼氏がそばにいるとなればお兄ちゃんも安心するかと」
「友達じゃあかんのか」
「今まで友達が一緒だと言っても頷かなかったから…。多分女の子同士だと私のこと守れないと思ってるのよ」

   その証拠に、昔大志たいしとテーマパークに出かけた時は門限を伸ばしてくれたことがある。

「それはの俺やから許してくれただけかと…」

 彼氏となればまた別だと彼は言う。
 私は渋る彼に身を乗り出して食い下がった。

「大丈夫だよ!お兄ちゃんは私の友達は殆ど認めてないけど、佐藤大志さとうたいしだけは認めてるから」
「認められてる?アレで?」
「だって連絡先交換したんでしょ?」
「いや、まあしたけど…。でも、それはちょっと話すことがあったからやで…」

 大志たいしは連絡先を教えられたのは不可抗力であり、兄が自分を認めているなどありえないと断固として否定したが、兄はそう簡単に他人に連絡先を教えないので、少なくとも友好的に思っているのは間違いない。
 私は残っているもう一つの味玉を彼の器に入れると、にこっと微笑んだ。

「ね?お願い?」
「味玉ひとつで言うこと聞くと思うなよ」
「じゃあ、ここの会計は私がするから」
「ラーメン一杯で命を危険に晒したくはない」
「何それ」
「お前の過保護な兄貴は、俺が『どうもー彼氏ですー』って言い切る前に俺の喉を掻っ切りにくる」
「そんなことするわけないじゃん」
「いや、する。絶対する」

 恐ろしい恐ろしいと言いながら、大志たいしは器に入れてやった味玉を齧った。お願いを聞いてくれないのならその卵返せ、このやろう。

「ねぇー。協力してよー」
「やだよ」
「お願い!私には大志たいししかいないの!他に彼氏のフリを頼めそうなのって言えば、あとはゼミの先輩くらいしか…」
「…え?先輩?」
「うん」

   実は最近仲良くなったゼミの先輩が、兄の過保護について真剣に相談に乗ってくれているのだ。
 先輩はいっそのこと、兄が認めてくれそうな彼氏でも作れば、兄も安心できるのではないかとアドバイスをくれた。

「先輩、優しいから、何なら彼氏のフリしてやろうかって言ってくれて…。その時はお断りしたんだけど…」
「…相談とかするくらい仲良いのか?」
「え?うん。まあ…」

 そう言うと、大志たいしは箸で掴んでいたメンマをぽろりと落とした。
 スープが跳ねて彼のパーカに付着する。

「な、何よ」

    彼はジトっとした目でこっちを見てくる。呆れたような、非難するような複雑な感情がそこにはあった。

「…電話するからちょっと待っとけ」
「へ?」

 大志たいしはスマホを取り出すと立ち上がり、どこかへ電話をかけながら一旦店の外に出た。
 どこにかけているのだろう。先程の彼は何だか怒っているような気がして怖かった。


 
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